3・11の1周年を迎えた。
個展を控えて制作のまっただ中、家人が東北でたいへんなことがあったらしいと外出先から駆け込んできた。
テレビ画面からは、これが現実なのかという画像がこれでもか、これでもかと押し寄せ、制作に向かう高揚した気分は一転してかき乱されていく。いってみれば、個展という個に属する高揚のOSエンジンで絵筆をとらねばいけない瀬戸際に国家の一大事が起こった。(※
三週間後のブログ)
地震は津波となり、福島第一原発事故へと連鎖していった。
以来、気持ちの中に得体のしれないたいへんな暗雲が立ち込めてきた。
平成5年鹿児島を襲った8・6水害でメチャメチャになった自宅周辺、アジアを彷徨して訪れた世界最貧国の異臭とシーンがオーバーラップをはじめた。もちろんその現場の切り取り方で状況は違うのだが、その規模はともかく、そのイメージはなんとなく掴めた。
地震と津波の天災なら、復興へイザ!の勢いだけでよかったのが、一触即発のメドもたたない福島原発がそれにのしかかってきた。
すぐに、ラジオで聞いた小出裕章氏(京大原子炉実験所助教)の情報を渉猟した。
小出非公式まとめ←見といたほうがいい。
以来、この状態をなんとか整理しなくてはと思いながらも、整理できないままでいた。
広瀬隆の著作『原子炉時限爆弾』は、なんの因果が大震災直前に発売され、書店で偶然にもにパラパラとめくっていたこともあり、この符合に少々驚いた。
広瀬隆講演←これは見といたほうがいい。
彼の著書『地球のゆくえ』『赤い盾』『持丸長者』は、世界構造を渉猟していた当時、触れたことがある。しかし、まさか原発の科学的領域まで踏み込んだ本があるとは思わなかった。
広瀬文脈は支配構造が閨閥によってなされており丹念な調査からロスチャイルド財閥という一本の鎖で世界の支配構造はつながっていると説いた。陰謀論とは一線を画す膨大な資料を元に書かれた本である。
原発や核事業もロスチャイルド系の独占企業。脱原発の廃炉ビジネスも太陽エネルギーなどにもロスチャイルドやロックフェラーなどの影もある。
地震から原発事故にかけて、ツイッターのタイムラインではリアルの津田大介、情緒の内田樹と論理の池田信夫が頻繁に流れていった。
内田樹の脱原発の文章には情緒があって、池田信夫の難解な原発擁護の高飛車論理には頭脳の回転がついていけない。
しかし池田の言う原発の論理も丹念に丹念に読めば次第に輪郭が見えてきた。
3・11以降、原発関連で早期に出版されたのは武田徹『私たちはこうして原発大国を選んだ』だ。

『私たちはこうして原発大国を選んだ』のタイトルには、原発を選択した覚えのない人には少々不満があるものの、原子力が日本に芽生えた経緯を書く。
第五福竜丸の被曝事故で、反アメリカ、反核感情が高まる日本に対し、アメリカ政府のワトソンが、反米感情の高まりを鎮めるために、柴田秀利という人物に何か妙案はないかと頼み込んだことにはじまる。
キーマンは柴田秀利。
柴田は日本にテレビを導入する過程で、アメリカから1000万ドルの借款をと引換に、反核のイメージを一新させる原子力の平和利用という面からも正力松太郎と組んで、読売新聞を用いた空前絶後の原子力平和利用のキャンペーンをはじめる。
正力松太郎が原子力発電・生みの親と言われれる所以だ。
仕掛け人・柴田秀利。メディアと警察権力・正力松太郎。政治・中曽根康弘の三羽烏は、原発を推進していく。
読売新聞のキャンペーンは功を奏し、戦後の原子力の平和利用という文脈のなか、発展の礎として熱狂的に受け入れられてきた。
しかし、次第にエコロジーの考え方や不安が広まっていくにしたがって、原発の意味というものが揺らいでいく。
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70年代は環境の時代と呼ばれるようになって、周りの様子は経済成長一本やりではなくなっていく。でも原発は残った。地域振興策が進められ、立地の地元では原発なしにはやっていけない経済構造ができていく。こうなると地域周辺の反対運動は、原発をなくすような先鋭的なものではなくて、ある種の条件闘争のような、交付金を視野に入れたものになってくる。
21世紀になると、地球温暖化が危惧視されるようになってきて、市民運動は温暖化対策に熱狂的になる。たとえば、「チーム・マイナス6%」という自民党の政策にのった市民運動家はたくさんいた。でもそれを実現するためには、当時はまだ再生可能エネルギーはほとんどなく原発依存なわけである。チーム・マイナス6%、温暖化反対といった時点でじつは原発賛成だった。
また、民主党に政権が変わったときも、民主党は基本的に原発推進政党でしたから、政権交代を望んだ人は原発賛成。しかし、そうしたことはつねに意識されない。『私たちはこうして原発大国を選んだ』
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石井彰は著書「エネルギー論争」のなかで、電力問題のみを論ずるのではなく、電力を含む全体のエネルギー論の観点から包括的に検討すべき点を主張している。(電力消費は全体の2-3割)
将来のエネルギー選択に関して。原発擁護派と再生可能エネルギー推進派で繰り広げられる白か黒かの議論にも警鐘をならす。
筆者は現時点では、魔法の解決策はどこにもなく、幾分ベターな現実的な選択肢をもって、英語でいう「マドリングスルー(なんとかかんとか折り合いをつけていく)」方策をとるしかないと訴える。
そのカギとなるのが、天然ガスの積極的活用と、エネルギー源と地域の分散化、多様化である。副題「天然ガスと分散化が日本を救う」が内容を端的に示している。
かくして、どの説を信じるかで、原子力を巡る評価は異なる。
計器の正しさを経験的に信頼し、この人は信頼できると感じられる人を信じ、手持ちの放射線の関する知識を信じる。
こうして確立された「信頼」の機能は、ニコラスルーマンによれば「複雑性を縮減させる」ことだという。つまり、「信頼」するにあったって「行為者は情報の不足をあえて無視」する。
本当の意味で十分に吟味された科学的演繹を行なっている人は反対、推進にも実は少ないのかも知れない。
何を信ずるか、何に気づき、何を忘れれるかなどによって、安心から不安まで揺れる大きな振幅の中でぼくたちは生きているのだ。
脱原発では中沢新一が緑の党をつくり、思想家・吉本隆明は反原発運動を憂う。ふたりともぼくが大きく影響を受けた思想家たちだ。
『松岡正剛』はこう言う。
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ぼくは混乱しそうになるアタマを整理しながら、3つのストリームが自分のなかで錯綜しているのを見た。
(1)この災害が東北を襲ったことについて、ずっと考えて行かなければならないだろう。それには蝦夷の歴史から今日の町村の現実まで眺め渡さなければならないだろう。
(2)国家と原子力のことについて、何らかの見通しと判断をしなければならないだろう。それには世界のエネルギー問題や環境問題まで見渡す必要がある。
(3)危難とリスクとその解消と保持の関係について、かなり深い問題を浮上させなければならないだろう。
それには資本主義経済下の社会学や現代思想の根本をぐりぐり動かすべきだろう。
いずれも厄介な難題だ。が、ぼくは時間をかけてでもこの難問を考えていこうと思った。
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我が師も、おなじようなところで立ち止まり、難問に取り組んでいた。