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彩遊記

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宇宙の不思議

f0084105_14102099.gif東京目黒の祐天寺に住んでいたころ、下の部屋にいる若井卓美クンが、よく天体観測に誘ってくれた。

生徒のいなくなった目黒五中学の校門前に天体望遠鏡をすえつけ、土星の環を見させてもらったものだ。若井クンは天文写真を一見して、宇宙の住所じゃないけれど、それがどこを撮影したかを知っていた。これには驚かされた。

彼はその後、早稲田を卒業後シチズンの研究所からアメリカへと渡っていった。ぼくはそれ以来、“天文ガイド”が毎月購入する月刊誌となった。今から思えば、マニアックだ。当時はどうやらワビやサビをかなり遠くへ求めていたらしい。

さて、佐治晴夫さんの“宇宙の不思議”だ。ぱらぱらめくると、俳句や詩がきらめく星屑のように散りばめられている。凹んだときなど読むといい。宇宙時間に比べてみれば、いっときの凹みなんて、なんてことないと思ってしまう。ひとかけらのパワーに満ち満ちたロマン溢れる宇宙論だ。

僕らを乗せた地球は秒速30メートルの速さで太陽の回りをまわり、太陽は太陽系の惑星たちを引き連れて秒速20キロのはやさでヘラクレスの星団めがけて宇宙空間を駆け抜けている。

ヘラクレスの星団たちは、太陽系をまきこんだまま銀河の中心のまわりを半径3万光年の円を描きながら秒速300キロというすさまじいスピードで移動している。このことを意識して生活していることなどまずはない。


宇宙は今からおよそ150億年の昔、『無の揺らぎ』から突如としてかぎりなくまばゆきそして熱い小さなひとつぶの光として誕生した。そう『ビッグバン』である。

急速に膨張しながら冷えてゆく過程で、光のしずくは原始のもととなる小さな基本粒子を生み、粒子の「密度の揺らぎ」は銀河となり、銀河は星を、星は僕たちを造った。

1月1日午前零時に宇宙が誕生したとして、桜の季節前後の4月中旬にわたしたちの銀河が形成され、はじめて恒星が輝きだすのが菖蒲の咲く五月の中旬。アジサイの藍がみずみずしい6月の初めには、それらの中で、巨大な星は超新星爆発をおこして最期をむかえた。この超新星の“かけら”から太陽系ができはじめたのは初秋、9月にはいってからだ。やがて10月の足音が近づいてくるころ地球が誕生する。





そして、師走も中旬をすぎたころ原始生物である三葉虫が動き出し、12月31日、つまり大晦日の午後9時すぎに人類の祖先がアフリカあたりに猿人として誕生した。

さらに大晦日の午後11時59分50秒ころに人間文明のあかしとしてのピラミッドなどがつくられ、現代科学が急速に進歩してからは、わずか0.1秒しか経過していないわけだ。

これは人の一生の長さにも相当する。このわずか、0.1秒をどのようにとらえるが。わずか0.1秒だが、それを取り去ってしまえば、一年の時もなく宇宙が誕生して以来連続して続いている時間もありえないことになる。

僕らの存在の大きさはとは、物理的な時間、空間の大きさではかるべきでなく、“宇宙のひとかけら”であると同時に、“宇宙そのもの”でもある。宇宙は時間、空間において、人間をのみこんでいるが、人間は思考によって宇宙を理解しのみこんでもいるのだ。

ところで、いちばん近い未来の“あした”とは何だろう。いつの時点で“きょう”から“あした”へとかわるのかを考えると、とても一筋縄ではいかないことがわかる。

たとえば、時間がとぎれることなく流れているのであれば、“今日のおわり”があれば、“あしたのはじまり”はないわけであり。“あしたのはじまり”があれば、“今日のおわり”は定義できないはずである。

僕たちの宇宙は今からおよそ15-億年の昔、無としかいいようのない真空に、“ぽっと芽生えたそよ風のようなエネルギーの“小さなゆらぎ”がきっかけとなって、限りなくまばゆき、熱い小さな光の恥部として生まれたと考えれれる。つまり、風とは目にはみえないなにかかがゆらいでいるものだとすれば、宇宙もまた風から生まれたことになる。

一方、僕らに体は、それ自身におよって“内なる宇宙”と“外なる宇宙”を別けている。つまり、体内と体外の世界です。この二つの世界は、呼吸という風をとおしてつながっていた、しかも呼吸することによって生きているのだから、宇宙それ自身と直接、呼応することのできる最も根拠的ないとなみが呼吸という風である。

ところで、風は、空気自身の変動、あるいは流れだ。空気はたくさんの分子からできている。、1立方センチの堆積を考えると1兆のそのまた1000万倍にあたる数の原子が含まれている。

しかもそれらをつくっている基本粒子は宇宙が膨張を開始してから、わずか3分ちょっとでつくられ、それから数十億年かけて星の中で合成されたものである。

星が自らの週末を迎えて大爆発をしたとき(超新星)宇宙空間のまきちらされた原子たちがひたたびあつまって地球となり、わたしたちを創りました。だから、僕らはすなわち、そのすべてが“星のかけら”なのだ。

よく見れば薺(なずな)花咲く垣根かな。(松尾芭蕉『続虚栗』)

謝謝大家!
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by ogawakeiichi | 2009-03-03 14:36 | サイエンス
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