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彩遊記

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デザインの自然学

f0084105_9491194.gif今年2009年は世界天文年。ガリレオガリレイが1609年望遠鏡で初めて宇宙を眺めた日から400年にたち、そして、今年は日本国土で46年ぶりに皆既日食が観測される。7月22日にトカラ列島、奄美大島などで見られるはずだ。

天体や自然をみていると、正確無比な宇宙の仕組みに脳天をぶち抜かれることがある。、デザイン的な立ち居地で覗いて見ると、生命あるものが、何故ここまで規則的に存在するのかという疑問。

その疑問を、恐竜・クジラから犬まで、多彩な花々と草木、チョウや昆虫、そして魚や貝類など、多種多様の形態を見較べ、あらゆる 「かたち」 は、最も美しいプロポーション 〈黄金分割〉 比率へと収斂することを解明したのがこのジョージ・ドーチ著『デザインの自然学』だ。

すいぶん前から本棚にあるにはあるのだが、ほとんどがお蔵入り状態。ところが、あるきっかけで西洋神秘主義のデザインを調べることになり、突如としてこの本のページを捲る機会が多くなってきた。以来、情報デザインの技法を駆使した図表満載のナビゲートには「へー、はー、ほー」と、感嘆続き。自然界のダイナミズムと調和の意味するものを、全くユニークで大胆な思想へと構築したスグレモノである。

ここを貫くのはダビンチコードにも出てきた、美しいカタチの定番である黄金分割だ。

この黄金分割を「この世は神が創ったのです!」と宗教の一方法として「神授比例法」なんて言われた時代もあった。

「黄金分割は一種の宗教だ。形のあるものならどのようにもあてはめられる。 解析者の都合のいいように成立してしまうこのような 神秘主義的な思想は造形行為の根拠となりえないばかりか、 黄金分割より視覚補正の理論が優先されてることも知らないのか? 」という声もある。





まあ、それはさておき、この本の著者ジョージ・ドーチは,世界のあらゆる事物を形成する力には,一種の決定的な限界法則が作用しており、その法則が比例調和という美的かつ宇宙論的なものだと考えた。そこには理想主義的な完全な調和こそ、人間とその世界を貫く法則だという信念があった。

ただぼくは、現実の世界を見渡して、限界法則がもっとも美しいカタチがどうかは疑わしいと思っている。黄金分割の正確無比の美より、ほんのすこしバランスを崩したカタチが感覚的は最も美しいのではないだろうか。1/fゆらぎを人が感じるカタチが、最も心地よい・・。

しかし、彼の正確無比の美の法則を解く『解析力』には脱帽せざるおえないのだ。美としての黄金分割の是非など、まあ、いいじゃないがと言いたくなるし、なんといってもこの本の魅力は、不可能なるものに可能性の嚆矢を放ったことにある。

『デザインの自然学』は、自然の植物の形成の法則から結晶の法則、潮の満干のリズム、魚や昆虫の形態各部の比例分析、恐竜にはじまり、人間にいたる骨格の全体と部分の関係、民俗的な容器や建築の美しさ、そして最後には、人間や動物における相互扶助の関係にいたる理想、あるいは宇宙論的な詩から、仏陀の手の開いたかたちまでが、すべて著者の信ずる比例のパターンに基づくことをイラストレーションによって明らかにして見せた。

インフォデザイン化された図表は、『感覚的な美』の以前に存在する『正確無比のカタチ』が、言葉なくしてストンと腑に落ちてくる。


f0084105_9564753.jpg「拈華微笑(ねんげみしょう)」という四字熟語がある、これは、昔、釈迦が弟子に説法しているとき、一本の蓮の花を差し出して見せたが、弟子たちはその意味を理解できずにいた。しかし、弟子のひとりである迦葉(かしょう)だけが、その意味を理解し、にっこりと微笑んだ。

おそらく「拈華微笑(ねんげみしょう)」が伝えんとしたのは、「一つのアトムに全宇宙が内在する。」ってことだ。つまり、あらゆる生命の形態に関する事実を花の生きたパターンがいかに映し出していることを伝えんとしたに違いない。

たとえばヒナギクの花であるが、このパターンを形成している小花筒はここでは円で示しているが、一方は時計回りに、他方は時計とは逆回りに運動する二組の螺旋の出合うところに形成されている。ここでは螺旋のうちのふたつが、対数尺の間隔に対応して大きくなっていく一連の同心円と、中心から放射する一連の放射線分によって再構成されているのだ。

この対立する二組の線の連続てにな交点を結んでいくと、ヒナギクの成長する螺旋になる。これらの螺旋は対数的であり、また等角的、つまりこの螺旋が放射線分となす角度はつねに同一でありつづける。

垂直線にそって並べ替えられた三角形の図では、A部とB部とが出合うすべての点は、5対8の比率である。5を8で割るとほぼ0.6(0.625)、8を5+8で割ると、0.6(0.625)になる。それとは反対に8を5で割ると1.6、13を8で割ると1.6(1.625)になる。あとの二つの比例は前の二つに1を足したものと同じになるわけである。
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ここでの詳しい説明は省くが、この螺旋を分析し、垂直線に置き換えればA:B=B:(A+B)の有名な黄金分割が現れてくる。つまり小さな部分の、大きな部分に対する比例は、大きな部分の全体に対する比例と同じであるという関係である。

黄金分割は、どんな線分の上にもそれをふたつの等しくないが、特別に相補的な関係をもった部分に二分するひとつの点がある。これを黄金分割点と呼ぶ。このプロポーションの完全な相補性は、特別に調和的で、かつ快いものとして、われわれの心を動かす。紙幣、小切手、クレジットカードのサイズ比もこれに沿ったものが多い。

太陽と月、男と女、電気の+と-、など反対物の統合は古来、神話学や神秘的宗教にとっては重要な概念である。しかし、黄金分割比のふたつの部分は等しくなく、一方は小さく、他方は大きい。二面性とか二分法は、分割は指示しているが、結合は述べていない。このこの普遍的パターンの創造過程をティナージーと呼ぶ。

花のカタチの成長を段階的にみると、新旧段階の隣接を示す数字には、加算級数的な振る舞いが見られる。各数は先行するふたつの数を加算したもので、1,2,3,5,8,13,21,34,55、89、144、233、377、となっていく。これが有名なフィボナッチ級数である。この級数には先行数を後続数で割ると、ほぼ黄金分割の特徴的な比例が現れてくるのだ。

ジョージ・ドーチの解析によれば、薬師寺の塔の優雅は、ます8等しい高さに分節されており、そのうち二つは初層を、二つは相輪を、あとの四つが中間の二層を含む。下の3つの高さと上の3つの高さは、中央の二つの高さと、いわゆる黄金比に近似した形となるとした。
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黄金分割とはAとBとの割合がA:B=B:(A+B)=1.618・・・・・となる。つまり、小と大との割合が、大と大と小との和の割合になる。この黄金分割は古代エジプト時代に生まれ、ギリシア時代には既に実用化された美の摂理である。西洋ではパルテノン宮殿から建築・絵画・陶芸等の生活空間を飾るあらゆる対象に、黄金分割が絶対的なものとして使われた。19世紀末、日本の美術工芸品を眼にしてその斬新なプロボーションに驚嘆するまで、結局西洋では黄金分割とシンメトリーの2大摂理から離れられなかった。
 
これに対し、日本の等量分割は伝統的な日本建築の間取りに用いられており、畳の比率も1:2である。半畳は1:1の正方形で、このサイズの畳を加えるとどんなサイズの部屋でも対応できる合理的な分割法である。また障子・格子窓・格子戸・格子垣・格天井・連子窓や、石畳の配列から生まれたと言う市松模様に至るまですべて1:1の分割によるものだという。等量分割の美しさはその分割の単純性にあり、一瞥して認識で切り歯切れの良さにある。そして極めて単純な分割でありながら、黄金比のような美しさを併せ持つ。

ジョージ・ドーチは日本の神社仏閣や桂離宮を調査して、日本の建築にも黄金比が多様化されており、あたかも日本人も古くから黄金比を知っていたかのような分析を行っている。これは間違いであり、等量分割と黄金比が近似であるからドーチ氏はこのような分析をしたのであろう。それだけ等量分割は黄金比と大差が無いという事である。欧米人を驚かせた大胆な構図、余白を生かした構図、画面がモティーフを断ち切る構図はすべて日本人の自然観に基づく等量分割と数理性と非定形の美学を併せ持った日本人の美意識であるとの、反論もある。(三井××)

引用:「ビジュツ」サイトヘhttp://iwabass.com/japonism5.htmlより
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黄金分割は、方法論。テクノロジーである。
その瀬と際をふっと「1/fゆらぎ」で超越したとき、
自分独自のものが紛れ込む。
方法とそれを離れたところの何かが
自分以外には決して作れない何かを創発してくる。

方法は意識して考えずとも、自然に使えるようになる。
使えるまで自分にとって血肉化までしてしまえ。
そうなると、もはやそれは方法論ではない。
そこから、・・いよいよ・・誠の花が咲く。

お・わ・り


謝謝大家
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by ogawakeiichi | 2009-03-24 10:09 | 情報とデザイン
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