ブログトップ

彩遊記

ogawakeiic.exblog.jp

デザインのデザイン

f0084105_7345840.gif◆「デザイン」とはいったい何なのか? 敢えて辞書的に定義するならば、それは「意匠」や「応用美術」と翻訳される概念であり、何らかの使用目的に則して造形が行われる点で、それ自体自律して成立しうるものとされる「ファインアート」とは厳密に区別される。

◆だがテクノロジーの変革やそれに伴う情報環境の変化が著しい昨今では、その意味自体が極めて流動的なものとなり、範囲を正確に定めることが著しく困難になってしまったとの声もよく聞かれるようになった。存外、「デザイン」の定義に最も悩んでいるのはほかでもないプロのデザイナーなのかもしれない。

◆テクノロジーが世界を新たな構造に組み換えようとするとき、それまでの生活環境に蓄積されていた美的な価値は往々にして犠牲になる。

◆世界は技術と経済をたずさえて強引に先へ進もうとし、生活の中の美意識は常にその変化の激しさにたえかねて悲鳴をあげるのだ。そういう状況の中では、時代が進もうとするその先へまなざしを向けるのではなく、むしろその悲鳴に耳を澄ますことや、その変化の中でかき消されそうになる繊細な価値に目を向けることの方が重要なのではないか。最近ではそう感じられることが多く、その思いは日々強くなっている。





◆未来のヴィジョンに関与する立場にある人は「にぎわい」を計画するという発想をそろそろやめたほうがいい。「町おこし」などという言葉がかって言い交わされたことがあるがそんなことで「おこされた」町は無惨である。町はおこされて起きるものではない。

◆その魅力はひとえにそのたたずまいである。おこすのではなく、むしろ静けさと成熟に本気で向きあい。それが成就した後にも「情報発信」などしないで、それを森の奥や湯気の向こうにひっそりと置いておけばいい。

◆優れたものは必ず発見される。「たたずまい」とはそのような力であり、それがコミュニケーションの大きな資源となるはずだ。

◆これまでグラフィックデザイナーといえば、ポスターをつくったりマークをデザインしたりする職能だと考えれれていた。しかしながら、元来、デザイナーはそのような単機能の職能ではない。今日、メディアの多様化や情報の量の増加によって、デザイナーが仕事をする場であるコミュニケーションの環境が大きく変化してきている。

◆コミュニケーションとは何か、情報とは何か、さらにはデザイナーという職能は何かという基本的な認識の土壌を肥やしておく必要が生じている。そうしないと、デザインが社会の中で担うものの内実が希薄になる。

◆デザイナーは本来、コミュニケーションの問題を様々なメディアを通したデザインで治療する医師のようなものである。だから頭が痛いといって「頭痛薬」を求めてくる患者簡単にそれを手渡してはならない。診察をするとそこには重大な病気が隠れているかもしてない。時には手術も必要になろう。それを発見し最良の解決策を示すのがデザイナーの役割である。

◆今、日本はにぎわいと活況を呈する中国をそのすぐワキで眺めることになっている。それは隣の街にできた巨大ショッピングセンターのようなものである。その喧噪は疎ましいが、ある意味では経済社会に厳然とあらわれた新しい基準でもある。かっての経済の繁栄を個人個人のちょっぴりとした蓄財として抱え込み停滞している現在の日本には強すぎる刺激である。

◆しかし、日本はこれに影響を受けて浮き足立ってはいけない。アジアの東の端というクールなポジションに、自身の分をわきまえた筋の通ったたたずまいをつくっていかなくてはならない。

◆あたかも座禅を組むかのように静かに、内省的に、間違っても中国と同じような活況を自国に呼び起こそうと、軽率な行動に走ってはいけない。4000年の文化の資源を埋蔵しつつ十三億の人間が経済の爆発を待っている国に歩調を合わせてはいけない。

◆高度成長はたとえて言うなら疲れを知らない青春時代である。日本は既にその青春を経た国である。世界の中では、経済も文化も成熟の時期にさしかかろうとしている場所である。そして、そこに住む生活者たちは、人間の幸福が右肩上がりの経済の活気の中だけにあるのではないことも十分に承知しているはずだ。

◆だから「異国文化」「経済」「テクノロジー」という世界を活性させてきた要因と、自分たちの文化の美点や独自性を相対化し、そこに熟成した文化圏としてのエレガンスを生み出していくことをこれから、はっきりと認識する必要がある。そうしないと、日本は、世界の人々にとって、もはや訪れる価値のない、自国の経済や文化資源の相応しい運用に気づかずそれを放棄してしまった軽薄な場所として忘れさられることになるかも知れない。

◆成熟した文化のたたづまいを再創造する。おそらくは、そういうヴィジョンからの再出発がこの国には必要なのだ。
自然がもたらすものを待つ
世界の目で日本の上質を捉えなおす
何もないことの意味を掘り下げる
【「たたずまいは吸引力を生む資源である】。
(抜粋引用:原研哉・デザインのデザインよりオッカム編集)

謝謝大家
[PR]
by ogawakeiichi | 2009-03-27 07:38 | 情報とデザイン
<< ギリシャからヘレニズム 義満と世阿弥と男色と >>