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彩遊記

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シンクロ

中国最大のデザインイベント見学のため滞在していた北京は、摂氏四十度をゆうに越え、お日様がこわれたような暑さだ。この暑さから逃れるように日本へ帰ると、今度はお日様が隠れる天体ショーが待っていた。

日食は古代以来、人々が忌み嫌う天変地異のはずだったのに、周囲のはしゃぎぶりとともに、それはそれでワクワクしてくる。

当日は雨になったり薄っすらと日差しが差したりするあいにくの空模様になる。きっと見たい気分と、見てはいけないものを、天がうまく采配してくれているのだと、半ば無理やり自分の気持ちを納得させる。

さてさて話は一転するが、人はそれぞれ生まれてから現在まで、ひとりひとりが通り過ぎてきた軌跡がある。

その中で一度出会ったモノやコトと、信じられないくらいの時間と距離を経て、あっと驚くような偶然で、再び出合うことがある。   

この日食に合わせたアートイベント「時の芸術祭」が開かれ、そのイベントのため、鹿児島出身の現代美術家・藤浩志氏らと食事にいったときのこと。彼らとともに日食イベントに来鹿した妙齢の女性とたまたま席を隣り合わせ、挨拶の視線を交わしたその瞬間。

「あっ!」「チベットで会った!」と、ぼくと彼女は同時に驚きの声を上げていた。

な、な、なんと、今から十年前の一九九九年。チベットの省都「ラサ」へと向かうオンボロバスでの出来事だ。チベット高原の天気は変わりやすく、バスの行く手にある橋は突然の豪雨による濁流のため落下していた。

そのため乗客は、浅瀬を探しながら膝まで浸かり歩いて河を渡ることとなる。その後もバスは災難に見舞われ、前方でがけ崩れ、さらに後方でもがけが崩れ、ついに身動きがとれなくなった。

結局、復旧工事が終わるまで雨の降りしきるなか、ヒマラヤの急斜面にへばりつくオンボロバスのなかに満員の乗客は一昼夜閉じ込められることになる。

このとき同じバスに乗り合わせ、ニコンのカメラでこの光景にシャッターを切るカメラマンらしき一人のうら若き女性がいた。満員のチベット人乗客のなか、彼女の毛色の違いは明らかで、声をかけてみると、なんと日本人。慶応の学生、竹久侑さんだった。とんでもない辺境での出会いであった。

ルートを同じくするチベットの旅は数日続き、一人で辺境に入り込みカメラを撮る彼女の振る舞いに、ただならぬ気配を感じながら別れたのだが、その後もその面影を、ふと気にはしていたのだが、縁起というものはときに『存在』という事実をガツンと突きつけてくる。十年後、やってくる偶然として、鹿児島の地で席を隣あわせることになろうとは・・・。

彼女は今、現代美術の殿堂、とある芸術館で、学芸員として日本の現代美術を牽引するトップランナーになっていた。やはりただ者ではなかったようだ。
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by ogawakeiichi | 2009-08-02 09:46 | 南日本新聞コラム
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