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彩遊記

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天の岩戸伝説

◇天の岩戸伝説 【スサビ・数寄・サビ】

アマテラスの天の岩戸への引きこもりで闇世となってしまったことに困り果てた神々は、アマテラスを引き出すためのアイデアを話し合う。その結果、岩戸の前で「アメノウズメ」がストリップを舞い、外の賑やかさにアマテラスがなにごとかと岩戸から覗き込んだ瞬間、「タジカラ」という神が岩戸を一気に押し開けるというアイデアだ。そのアイデアはまんまと成功、世間に再び太陽が戻ってきた。これが《高天原パンテオン》の前半のクライマックス「天の岩戸伝説」になる。
 
ぼくは高校の卒業式を終えると、リュックを背負って、宮崎県北部を走る「闇世」をアナロジーさせる名称「日の影線」に乗り、天の岩戸駅に降り立った。天の岩戸駅は高千穂峡にかかる鉄橋の脇にある一日平均乗降客3名のプラットホームだけの駅。はるか下をながれる川面から周囲の山々に反射する木霊の水音と朝方に広がる雲海は神話の里を想起させるのに十分な場のエネルギーをもつ景色であった。
 
大きくなってもあまりにも泣きわめくスサノオは、父神のイザナギにより「高天原」から「根の国」出雲へ追放されてしまう。その後「荒ぶる神」スサノオは、これもまた一転、「流された王伝説」になり、ヤマタノオロチ退治の「出雲神話」《出雲パンテオン》と変化していく。
 
スサノオに代表される荒らぶる魂、“荒魂”は、元来、風が吹きすさぶ感覚をもとにうまれた感覚で、のちに「スサビ」とよばれる。「スサビ」は「遊び」とも綴って、日本文化の至るところで極端に、あそぶものたちの感覚の底辺を支え、これがすすんで「数寄」の精神へ向かっていく。その後、スサビは、日本文化を体表する「サビ」へとすすむ。

◇ホノ二二ギはここにおわします 【オラリティー・一対】
 川内川水源のある霧島山系には山頂に「天の逆鉾」をまつる天孫降臨の地と伝説される「高千穂の峰」が鎮座する。その河口にあたる薩摩川内には神武天皇、天皇家に繋がる「ニニギノミコト」を祭る神亀山・可愛山陵がある。川内川河岸から山陵へ延びる参道の金赤の3つの大鳥居をくぐり抜け、最後のアーチ型の石橋を渡ると、いよいよ山陵への長い階段がはじまる。息を切らしながら322段の石段を登り終え、宮内庁の衛視詰め所を通りきると玉砂利の敷き詰められた御陵へと到達する。じつはこの階段、中学時代、所属した剣道部のトレーニング場所でもあった。

日本神話は、語り部“稗田阿礼”によるオラリティーを太安万侶が万葉仮名で記す『古事記』と舎人親王の漢文による編纂『日本書紀』に始めて描かれた。これらによる天孫降臨物語では、天孫一族(天皇家)代表のホノニニギ(ニニギノミコト)という神が列島に名乗りを上げ、「猿田彦」を案内役として日向から全国制覇がはじまることになっている。これが《日向パンテオン》で、このホノニ二ギの御陵がぼくの育った薩摩川内市にある可愛山陵だ。
 
アマテラスの《高天原パンテオン》の流れを受け継ぐホノニニギの《日向パンテオン》。それとは反対に《高天原パンテオン》から追放されたスサノオの《出雲パンテオン》。その二つに枝分かれする分岐点を凝視してみると、『アマテラスの神話に象徴される光の国《高天原》を正統とする大和朝廷』対『追放されたスサノオとそれに続く征服されたオオクニノヌシの神話に象徴される異端となった《出雲》』ということになる。出雲のオオクニノヌシが要求を呑んで「国譲りした」相手とは、大和朝廷を準備していた大王一族、(天皇家)のことだ。

つづく
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by ogawakeiichi | 2009-10-09 17:39 | 鹿児島情報史
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