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彩遊記

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里見甫

満州国を調べ始め久しいが、どうしても知らねばならない人物のことだ。その名は里見甫(はじめ)。

佐野眞一『阿片王 満州の夜と霧』の主人公だが、これを読むまえに、新聞の書評だけでも記録しておく。記録は記憶だ!。







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アヘンを制するものは支那を制す。中国人民の尊厳と国力を奪うアヘン密売の総元締めとして、満州における莫大な闇利権を一手に差配し、関東軍から国民党までの信を得た怪傑・里見甫。時代の狂気そのままの暴走を重ね、「阿片王」の名をほしいままにしたその生涯を克明に掘り起こし、「王道楽土」の最深部にうごめく闇紳士たちの欲望劇のなかに描き出す構想十年、著者の最高傑作!

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『阿片王 満州の夜と霧』著者・佐野眞一

主役が満州(現中国東北部)で阿片(アヘン)密売を牛耳った里見甫(はじめ)。作者はノンフィクション界きっての才知豪腕の持ち主。この大取り合わせによって、昭和史の暗部で蠢(うごめ)く人々の実態をまるで喜劇を見るように楽しむことができる。

「前の戦争の発火点である満州国がいつ終わったのかを誰も特定できない。甘粕正彦(満州国要人)が自殺した瞬間か。ソ連軍の侵攻が始まった時か。そうじゃない。世代的な問題かもしれないけれど、けじめをつけたかった」

宮本常一(民俗学者)の生涯を追っていた10年前。里見の遺児の奨学基金募集名簿を入手した。その発起人には、岸信介、佐藤栄作、児玉誉士夫、笹川良一、甘粕四郎(正彦の実弟)、松本重治、伊藤武雄(中国研究家)……と、首相からジャーナリスト、政界のフィクサーに至る幅広い顔ぶれが名を連ねていた。

「満州は何によって支えられていたか、その下部構造を書かなければいけない。換金作物は阿片だけ。日中戦争とは20世紀の阿片戦争。関東軍と蒋介石が阿片を奪い合ったゲームだったのです」

この構造の全体を知り得る人物は里見だけだという。

「とにかく魅力的なやつ。怪物と呼ばれた人物は歴史上たくさんいるが、里見は掘れば掘るほど暗闇の中で輝きを増していく印象でした」

主役の立ち位置に加えて、巧みな演出が読みどころだ。

「あそこでコーヒーを飲んでいるのは東条じゃないか。笹川なんか、チンピラ扱い。(そうそうたる人物も)そんなふうにした。ぜいたくな作りになっているんです」

物語にいざなうピエロ役として晩年の里見に仕えた秘書的人物を探り当てた。名簿に記された唯一の女性が「男装の麗人」で、里見の片腕だったことも突き止めた。

<戦後の高度経済成長は失われた満州を日本に取り戻す壮大な実験でなかったか>。このモチーフに沿って、めまぐるしく人が動き、通り過ぎる。が、里見は戦後、なぜか歴史の表舞台から退場した。

「そんな生き方を強いたのは戦後の薄っぺらな残酷さでしょうか」
<文・桐山正寿/写真・近藤卓資>(『阿片王 満州の夜と霧』は新潮社・1890円)

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ここ数年、私は満州にとりつかれていた。建国後わずか十三年で地上から消滅した「満州帝国」という人工国家を視野に入れない限り、「戦後日本」、とりわけ高度成長期の日本の本当の姿は見えてこない。
 
日本は、敗戦後十年足らずで高度経済成長の足がかりをつかんだ。それは、わが国がいち早くアメリカの核の傘のなかに入って、軍事防衛問題をほとんど、アメリカという世界の警察国家にまかせっぱなしにし、経済分野に一意専心することができたからにほかならない。昭和二十五(一九五〇)年に勃発した朝鮮戦争による特需景気は、その先駆けをなすものだった。
 
だが、そうした側面もさることながら、日本の高度経済成長のグランドデザインは、かつての満州国を下敷きにしてなされたような気がする。時の総理大臣として、高度経済成長に向け号砲を打ったのは、前総理大臣・安倍晋三の祖父の岸信介である。その岸が産業部次長として満州に赴任し、満州開発五カ年計画を立て満州国の経済政策の背骨をつくって、後に「満州国は私の作品」と述べたのはあまりにも有名である。

世界史的にも類をみない戦後の高度経済成長は、失われた満州を日本国内に取り戻す壮大な実験ではなかったか。そんな思いが私をきつくとらえていた。戦後高度成長の象徴である夢の超特急も合理的な集合住宅もアジア初の水洗式便所も、すべて満州ですでに実験済みだった。

多感な思春期に高度成長と遭遇した私にとって、満州はいつか描かなければならない骨がらみの重い宿題となっていた。そのテーマで私が最も強く心ひかれたのは、「満州の夜と霧」とでもいうべき深い闇に溶け込んで容易に姿を見せない甘粕正彦と、里見甫という二人の男だった。
 
彼らの謎に満ちた存在自体が、私の「満州」であり、戦前と戦中、戦後をつなぐためには欠くことのできないカギだった。

甘粕は大正十二(一九二三)年九月の関東大震災直後、無政府主義者の大杉栄と、その家族を扼殺したとして検挙され、仮出獄後、満州に渡って数々の謀略に加わった。最後は満州映画協会(満映)の理事長におさまって、関東軍をもしのぐ実力をふるい、「満州の夜の帝王」と恐れられた。
 
一方、里見は中国各地のメディア統合を図って、満州国通信社(国通)のトップに君臨したあと、「魔都」上海を根城にアヘン密売に関わり、「阿片王」の名をほしいままにした。
 
二人は、阿片という満州最深部の地下茎でつながり合っている。その鉱脈を探り当てることが、いつしか私のライフワークとなっていた。(佐野眞一)
 
by ogawakeiichi | 2009-10-17 15:18 | 只記録
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