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彩遊記

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マニアックなメモ

そもそもこのブログ。移動が多いおいらの資料庫で、移動先からでも簡単に記憶の痕跡記録をひっぱりだせる、すぐれた装置なのだが、気にもしないカウンターが、最近妙に上がりだし、それはそれで気になったりするもんで、自己記録用とはいえ、不特定大多数は廃棄した以前のブログの経験からなにやら面倒なこともあり、カウンターがあがると更新を控えたりと、それはそれでストレスなのだが・・

ま、いいか・・





※取り扱い注意:
記録用往来メール

舜天恋おつかれまです。 Mさんのトリガーで再び満州に沈没しておりまして右翼、左翼、馬賊、匪賊、大本、河豚、紅卍・・現在、阿片王「里見甫」の近辺を彷徨中。こりゃあ、複雑系だな。。。う~~ん.創発待ちか?。

ところで、Yさんにレス・・

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※野口雨情の野口家は南朝、楠木家らしいのだが・・

>野口に伝わる 家宝で気になった亀と蛇は、中国の玄武神を表し、
>北の方角にある北斗七星と天帝を指します。
>南朝と関係があるのでしょうか。(Y氏)

■北斗信仰は北辰妙見信仰へとつながり妙見信仰は役小角がおこした修験道へ修験道は密教や日蓮系と流れ込んでいきます。

■また南朝「後醍醐天皇」は密教や日蓮系とただならぬ関係へとなっていきます。

■この伏流から見れば、野口家の家宝の亀と蛇…北斗信仰…妙見信仰…後醍醐天皇=南朝を貫いているのかも知れませんね。 (kei)

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>また、関係ないとは思われますが、ふと、浮かんだのが
>九州三大まつりのひとつである八代の妙見宮大祭です。
>1300年前に妙見神が亀蛇(きだ)に乗って海を渡って
>来られて上陸したという故事に基づいています。 (Y氏)

■九州八代の妙見宮大祭ですが、八代妙見中宮のまん前に後醍醐天皇が九州に派遣した南朝の皇子、懐良親王の墓があります。妙見信仰と南朝の関係もまんざらでもなさそうです。

■懐良親王は、北方 謙三:「武王の門」かな。こっちはマサトシさ~ん。 (kei)

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>野口家(楠家)系図の詳細が書かれている本を頂き、
>生家を後にしました。
>そして、生家の向かいにある天妃山の弟橘媛神社をお参りしました。
>天妃とは媽祖のことです。 (Y氏)

■媽祖ですが、大陸とのつながりのある鹿児島の坊津一帯で多くが確認されております。(※坊津のは見てきましたよ。)なぜ水戸藩へ・・と思っておりましたが(kei)
↓  ↓
ウィキペディア
江戸時代前期に清より来日し、水戸藩二代藩主徳川光圀の知遇を得た東皐心越が伝えたとされる天妃神の像が、茨城県水戸市の祇園寺に祀られている。また、それを模したとされる像が、北茨城市天妃山の弟橘姫神社、大洗町の弟橘比売神社(天妃神社)、小美玉市の天聖寺にも祀られている。

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埒外
■また、日蓮系である創価学会の前身、大日本皇道立教会は、南朝を正統として、皇道に沿った教育を行う趣旨の元で、1911年に創立されていますが、この、創設者の母が、平戸藩主松浦の姫さま。
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以上。。マニアックメモ
by ogawakeiichi | 2009-10-22 09:31 | 只記録
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