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彩遊記

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逃亡者

昨夜からのメディアが放つ市橋劇場の過熱に食傷気味で、(※スイッチを切ればいいだけの話だが・・)なぜか彼の逃亡心境を想像しながら列島を北上中である。

市橋達也が建築会社に住み込みで1年間働いていたとわかった。週刊誌の広告のタイトル「逃亡者、市橋達也整形代百万円は風俗の給料」は、いまではまぬけなタイトルだ。テレビでは識者とよばれる方々が、何者かが資金提供して逃がしていると、言っていたがこちらも筋違いのようだ。

予測を裏切って市橋達也は薄給に甘んじながらきわめて実直に働いていたわけだ。

その昔、日本列島各所の奥地にはタコ部屋を擁した流浪者の身住まいのできる飯場があった。界隈のワイでもある。

一般に山奥の建設現場でタコ部屋に住みながら労働に勤しむ場ということになるが、都会にも飯場のようなところは随所にあった。

わたしも市橋とまったくおなじ年代の頃、長野の奈良井ダムにある飯場に3ヶ月ほどやっかいになったことがある。周りは、出所したきたヤクザの引退組みと、一般に世間で煙たがれる流れ者たちだ。それは、指のないことや、ある種の隠語で想像できた。

飯場でタコ部屋に入る者は身元を一切問われないという不文律がある。世間から身を隠すことが出来たのである。そして働いている者同士も身元を詮索しない。流れ者とは当然犯罪者も含めてだ。

時は流れて30年。平成の20年になっても、まだ世間に、タコ部屋的なものは、あるのだなぁと、報道で見た市橋達也がいた建設会社の個室を見て思った。過日、飯場やタコ部屋にあった人の身元を問わない、他者に干渉しないという習俗のようなものが多少とも残っていたから1年も暮らすことが出来たのではないかということである。

それにしてもオタクと思われたいた市橋が、流れながら、たくましい嗅覚でそういう場を見つけ、日々労働の汗を流して、逃亡のために整形を繰り返ししていたということは少なからぬ驚きである。理由はどうであれ弁解の余地はないのだが、彼の放つ「まったく弁解の余地はありません。ただいまは話したくない」の第一報が真実だとすれば、それはそういうことだろう。

かりに殺人容疑者ではなく、まったく普通の青年であったとするなら、それは一人の青年の成長の軌跡としてであっただろに・・、市橋逮捕後の両親の憔悴しながらも、あえてメディアに淡々と語る声を聴きながら不憫なものを感じざるを得ない。

市橋達也君に告ぐ
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by ogawakeiichi | 2009-11-11 12:30 | 只記録
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