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彩遊記

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一点突破へ

其の一。
ちまたにはマーケッターとかプランナーとか、コンサルとよばれる業種が溢れ、みんなとか、社会とか、世間の為とか、のあいまいな言葉のもと、お金のながれを引き寄せようとしている。

「環境」とか「福祉」というおおきなフレームに金の流れを感じて集まってくる人も多い。

これらの事業に金が集まる現象は悪いことではないと思うが、そこに集まってくる《利益第一主義》の人たちが、本来のコンセプトに対し阻害要因にならなければいいが、そうは世の中うまくいかない。大きなフレームにはとにかく常に違和感が付きまとう。

問題はそのように、お金や、盲目的な事業拡大に意義を見出すことで集まってくる人の価値観がどのように変わり、意識のあり方が変わり、本来の活動へとコミュニケーションが連鎖してゆくのかということである。



其の二.
デザインを美しくつくるのと、デザインを美しいと感じてもらえるようにつくることはちがう。

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たこやき屋の場合だと、「たこ焼きを美味しく作る」ってのはもちろん大事。でもそれだけじゃダメなんです。「美味しいと感じてもらえるたこ焼きを作る」ほうが大事なの。言葉遊びみたいだけど大きな違いなんすよね(この違いをわかってもらいたい)。《某老舗たこやきや》
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作るとういう行為は、作り手の感性に委ねられているのだが、感じてもらえるように作るというのは、数段上位のレイヤーから、作り手のレイヤーへ降りてきて、数段上の感性をつくることである。つまり、大衆の視点とか、第三者の視点というものである。

じゃあ、なにをもって大衆と言えるのか、なにをもって顧客というのかといえば、ぼくにはひとつの経験則があるが、ここでは書かない。

数段上から見た作り方とは、以前もエントリーしたが、ウイバッサーナ瞑想に非常に近い。

対象に向けた集中意識を、一旦戻し、次にそれを丸ごと離脱させ、自分の行動を刹那刹那でリピート確認していく。もちろんかちっととしたやりかたではなく、f/1の揺らぎが必要だ。やってみるとはじめはなかなかむつかしいが、これは訓練をつづけるこでと俯瞰、客観視ができるようになるのである。
by ogawakeiichi | 2009-12-19 09:15 | 只記録
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