ブログトップ

彩遊記

ogawakeiic.exblog.jp

天孫降臨と騎馬民族


オザワンの韓国における講演だが、彼が話す江上学説であるところの騎馬民族征服は最近では劣勢だ。しかし、遡ること神武の4代前、天孫降臨した二二ギが渡来系であることはまちがいない。天孫降臨のメタファーを外からの渡来に当てたのではと思う。

ちなみに、ぼくはニニギの御陵の下、薩摩川内市御陵下町で生まれた。

ニニギノミコトの奥さんは、阿多のコノハナノサクヤ姫。その子は山幸彦、その奥さんはトヨタマヒメ、その子はウガヤフキアエズ、その奥さんはタマヨリ姫、その子が、神武天皇になり東征していく。この段階で天津神(天孫族)と国津神(地元族)の血は1/8.

この地元の神々は、薩摩半島に住む姫様たちだ。その後、その子孫が熊襲征伐にやってくる。裏を返せば、この地から東征して、ふたたび征伐に戻ってきたということだ。

朝鮮半島には日本神話にとてもよく似た神話がある。亀旨峰(タジボン)に神が降りてきた、天孫が降りてきたという話がのこっている。これはニニギが降りてきた高千穂のソホリの峰とか、タシフルの峰に良く似ている。

その頃の朝鮮半島には、新羅、百済、伽耶などの王朝があって、これがどうも天孫降臨と重なっているのではないか。ということは、ニニギを先導したサルタヒコも韓国系だという推測もでてくる。

朝鮮半島と日本の関係は、いまでも東アジアのなかで非常に難しい問題だが、でも古代は、われわれが思っている以上に日韓はかなり近い関係にあったはずだ。その証拠に、日韓の物語は、原型のところでたくさんの類似した結び目をもっている。

昨夜、東市来・湯之元の風流な飲み屋で、朝鮮陶工末裔十五代と日本や東アジアについてのこんな話をつらつらと語り合った。

朝鮮陶工たちは、豊臣秀吉の朝鮮征伐の際、島津氏に捕らえられ、この地へやってきた。

しかし、島津氏のルーツを探れば、惟宗氏で、惟宗は、対馬の宋氏で、その先は朝鮮半島からやってきた。

たしかそのときサムライの原型であるイケメン集団、花郎の風習を伝え、それが稚児行列になった。

先にこの地へやってきたものが、時代を経て朝鮮半島へ戻り、半島に住んでいた陶工を拉致してきたということになる。まあ、いってみれば、九州にとって東シナ圏は古代より、国境など関係なく、あっちへこっちへしていたのである。
[PR]
by ogawakeiichi | 2009-12-22 22:24 | アジア史&思想
<< 日中芸術教育シンポジウム 一点突破へ >>