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彩遊記

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「白川静」の中のひとつのキーワードに「遊」「興」と「蕾」がある。遊は自由に振舞うこと、「興」とは発想し何かを始めようとすることである。蕾は始まりで、そこから花も咲く。

蕾はスポータ、
インド哲学に
「スポータ理論」なるものがある。
「スポータ」とは「蕾(つぼみ)」である。
これはまた、元気を出しみんなでやるスポーツへとつながっていく。

音韻学のバルトリハリの「スポータ理論」。
まず、声によってスポータ(蕾)が破られて開顕し、
開顕したスポータが意味を発生される。
空海は声と文字というものを同時的に考えた。
まさに「声字=実相」という方程式から『声字実相義』を書いた。

人間の言葉のその奥には蕾のようなものがあり、
声で言葉を発して、それが相手に届くと、
「スポータ(蕾)」がはじけ破れて、
花が開き、それによって意味が発生し、
コミュニケーションが成り立つ。


白川静の好きだった「遊」「興」「蕾」、そして「狂」。
この字こそ今、われわれが忘れてはならない呪能の文字でであるはずだ。
さあ混沌朦朧の三千世界に、蕾を興し狂狷出遊されたし!
by ogawakeiichi | 2010-02-18 09:04 | アジア史&思想
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