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彩遊記

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南日本新聞コラム“サクラと牡丹”


f0084105_11401467.gif大陸の底冷えする寒さがゆるんだなと思うと、再び北からの寒風が吹きはじめる。しまいかけていたセーターを着込んでみると、次には突然、南からの湿気を含んだなま暖かい風にかわる。一日なんども上下する気温にセーターを着たり、汗ばむ湿気にTシャツ姿になったりと気温の変化に翻弄される桂林だ。

おまけに、雨の降り続く憂鬱な雨期の真っ最中。ちょっと油断すると体調までくずしてしまう。どーんと垂れ込めた雲の合間をぬって、時折、強烈な日差しの太陽が顔をみせるのだが、雨期とその合間をぬう強い日差しでは、春を感じる気分に程遠い。雨期が終ると一気に夏なのだ。春は、やはり日本がイイ。

期待と不安を胸に旅立つ新社会人・新入学生の姿を見かける日本の春はサクラが似合う。淡白で軽やかな、雲や雪を思わせるハラハラと舞うサクラの花びらの清らかさは、日本人の人生観に重なりあうようだ。(ちなみに、こちらの新学期は、夏の日差しがまぶし9月。)

先日、美術学部のぼくのクラスの学生たちに、あたまに浮かぶ日本のイメージをスケッチさせた。にぎり寿司、新幹線、日の丸のついた鉢巻、クレヨンしんちゃん・ドラえもん・コナンなどアニメの主人公、なぜかチョビ髭、そして圧倒的に多いのが富士山とサクラ。

友好都市の熊本からおくられた桂林・南渓山公園のサクラも、そろそろ咲きはじめるころだ。「サクラが咲いたら、お花見みに行きましょう」と日本語科の学生たちがしきりに誘う。日本人のサクラ好き、サクラの下での宴会は、学生たちの間でもよく知られているみたいだ。サクラはまさしく日本を代表する花だ。

1966年から11年間吹き荒れた文化大革命で、ぜいたくなものとして敬遠されていたお花見だったが、近年は、若草を踏んで春の散策する『踏青』と呼ばれる花見をかねたピクニックが盛んになってきた。ただ、花を見ながら青空の下での酒宴はない。ペチャクチャとおしゃべりしながら花をバックに皆で写真を撮る。

一方、中国を代表す花といえば牡丹。この牡丹の花柄は、西側のモダンデザインが入ってくるまで、ありとあらゆるデザイン絵柄に使われていた。布団、タオル、魔法瓶、チャイナドレスなど
など大柄の赤い花柄が、オールドチャイナを感じさせてくれていた。また牡丹の花は、掛け軸をはじめとする国画(中国画)と呼ばれる絵画にも頻繁に描かれている。日本を代表する日本画にサクラのモチーフが多いのと同じ様なものだろう。

“サクラと牡丹”この二つの花の対比もまた、二つの国の国民性を表わしとても象徴的だ。サクラがぱっと咲き、清く、さらさらと流れるような散りぎわの美しさに対し、牡丹の花は色鮮やかで、開花の時期が長く、子孫繁栄、栄華富貴を極めるという中国人の理想とマッチする。まさに中国ならではの花と言えそうだ。

ところで、サクラの原産地をしらべてみると日本・中国・ヒマラヤと記されているのだが、こちらでサクラに出会える機会はめったにない。たまに出会うと、うっすらなピンクの花が懐かしい気分にさせてくれる。原色の多い大陸にあって、さらっとしとした華やかさのサクラの花は、また一段といいものだ。

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by ogawakeiichi | 2006-03-16 21:56 | 南日本新聞コラム
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