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彩遊記

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共生への挑戦

鹿児島大学留学生センター主催による多国籍合宿が、第十回を迎えた。

六月中旬、二日間の合宿先である大隅青少年自然の家には、県内各大学のサークルや、高校生、国際交流機関、一般家族など、約三十カ国、四五〇名近くが集まった。

議論、講演、スポーツ、ワークショップなど多彩なプログラムにしたがって、降りしきる雨をよそに、テーマである「共生への挑戦」の時が流れた。

ぼくも昨年に引き続き「アジアのアート」と題した分科会を担当した。

昨年は、ひとりひとりに水墨を体験してもらうワークショップだったが、今年は多様な国籍をもつ人々を数チームに分け、それぞれのチームが共同で「梅の樹」を描くワークを試みることにした。

なぜ「梅の樹」だったのかといえば、水墨画の発祥の地、中国で師匠からはじめて教えてもらったのが「梅」の書き方だ。

そのためか、「アジアのアート」といえば、無意識のうちに「梅の樹」を選んでいたのだろう。

さてさて、ぼくが主催する分科会の参加者だが、そのほとんどが、お互いにこのワークで出会ったばかりの、ほやほやな組み合わせだ。

老若男女の多国籍からなるメンバーは、筆と墨をつかって全員でどんな作品を仕上げるのだろうか。どんな順番で、どんな描き方をして、どんな結果がまっているのかは、皆目見当がつかない。やってみないとわからない。

そのうえ、この梅雨の時期に描く水墨は、思いがけないにじみが多発し、それがいい味を醸しだせば問題ないが、ときには、そのにじみが絵画のバランスを崩してしまう。

多国籍合宿という「場」で、出会った「偶然」は、どんなものを生み出してくれるのだろうか。

振り分けられたグループは、たまたまな偶然の出会いにすぎない。

しかし、偶然のいくつかは、思いがけないモノやコトを生み出し、価値観を揺さぶり、ときに人生を大きく左右する。

偶然の出会いではじまったメンバーに、コミュニケーションが芽生え、次第に全員でつくる「場」に意識が向かい、自分の持ち味をいい按配で発揮して全員が「仲間」や「ファミリー」という必然になったとき、思いがけない効果や力が生まれる。

ワールドカップのサッカー日本代表チームがそうだった。

一戦ごとにまとまっていくチームの姿を見てそう感じた。

ところで、分科会「アジアのアート」の顛末だが、たまたまアフリカの人が複数いるチームは、全体がしっかりした線で描く現代アートの香り漂う作品になっていた。

日本人が複数いるチームは余白のある、きめの細かなにじみのある画面に仕上がっていった。どのチームも調和がとれた作品だった。

初日から、窓の外を濡らす雨は、多様で多彩な人々を、多国籍合宿という「場」に濃厚に閉じ込め、共通の体験を通じて、偶然による縁の結び目をより強固にさせていたのかもしれない。

「共生」と「偶然」と「場」について、ちょっぴり哲学した気分の二日間でもあった。
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by ogawakeiichi | 2010-07-02 04:46 | 南日本新聞コラム
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