台湾の故宮博物館を訪れたのは、いまからもう三十年前になる。
バックパックを背負い、アジアからヨーロッパを目指したときのことだ。
博物館の展示品を模写してみたいと、スケッチブックをもっていた。
当時の台湾は、大陸との関係から戒厳令がしかれ、入国審査も厳しいチェックが待っていた。
故宮博物館の壁面には、自国の領土を示す中国大陸と台湾島の描かれた大きな地図が掲げられ、台湾島の台北には、中国の首都を表す大きな赤丸記号がついていた。
日本もまた中国大陸とは国交のない時代でもある。
台湾、故宮博物館のメインの催しは、たしか四〇〇〇年余に及ぶ中国の陶器の展示の数々だった。
到底一日では見きれない展示品の数々と、見事なアジアのデザインに魅せられ、スケッチすることなど忘れていた。館内は観客もまばらで、ゆったりとした時間が流れていた。
先月中旬、台湾で
ジャパンブランドの仕事を終え、帰国の途につく直前、時間があったので台北の故宮博物館を久々尋ねてみることになった。
ところが、館内のロビーに一歩足を踏み入れるなり人の多さと熱気に驚いてしまった。
小旗を掲げた大勢のガイドが団体客を引率しながら、ワイヤレスのマイクとレシーバーを使い、展示の品を説明してまわる。
特にお目当ての超国宝級の展示品は、様々な団体客に取り囲まれ、なかなか作品まで辿り着けない。
週末も影響したのだろうか、なかには入場制限をしている展示室さえある混雑ぶりなのだ。
その団体客のなかでも圧倒的に多いのが、なんと中国大陸からの観光客だ。
ほんの十数年前まで、大陸と台湾のあいだには、軍事的一触即発の気配さえあったのに・・・。(当時、僕は中国大陸で暮らしていた。)
空港へ向かうタクシーの運転手に、台湾の景気を尋ねてみると、「大陸から来る観光客で、賑わっているよ!」との返事がかえっていた。
帰国便を待つ間、空港内の書店を覗くと、「台湾よ、どこへ行くのか?」といったモードの本が、並んでいた。
それとは逆に、もうずいぶん以前から、多くの台湾人旅行客が大陸に渡り、学生が留学し、また多くの台湾企業が中国大陸に進出していることも事実である。
翻って、鹿児島だが、三年前から夏場、週一回の割合で、中国人観光客を乗せた、大型船が寄港している。鹿児島の印象はなかなかいい。
桜島フェリーや主な観光地へ行けば、どこからともなく、中国語が聞こえてくる時代になった。
近年、台湾と大陸との間に直行便が開設され、交流がはじまったのは知ってはいたのだが、その現場に遭遇し、また、中華圏の商店に並ぶ日本の食材と、どこからともなく流れてくるジャパンポップスを聞くと、もともともとはるか昔から東アジアに息吹いていた歴史に戻りつつある『東シナ海・ルネッサンス』の時代なのかなと、そうも思った。