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彩遊記

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イキの仕業

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先日、尊敬する先輩が司会をする討論会に行ってきた。

討論会では「日本を語る人々」をメインテーマに、議論が進められた。

その中で、司会者である先輩の「日本文化とは?」との問いに、英語界の巨匠、同時通訳で有名な松本道弘先生は、「腹(ハラ)でしょう」と述べられた。

たしかにそうなんだよなぁ、同感。

日本の武道や芸道は息(イキ)とか、腹(ハラ)が大切だといわれている。 

しかし、これらを説明しようとすると、なかなか厄介で、言葉だけでは、とうてい腑に落ちないシロモノなのである。

ぼくがはじめて「腹」とか、「息」と真剣に出会ったのは、チャンバラごっこの延長で剣道にあこがれ入部した十代後半の頃だ。

「しまった!」と思ったのだが、後の祭りだった。

入部先の稽古は厳しく、上位の先輩に、気合とともに、なんども、なんども打ち込んでいく、かかり稽古や、ふらふらになるまで、ぶつかっていく稽古のデパート。しまいには練習の辛さに涙がこぼれた。(※女子ながら大将を任されていた某嬢は、後に全国大会で優勝。)   

いま、当時を振り返ってみると、これでもか、これでもかという練習で、「息(イキ)」のタイミングや、「腹(ハラ)」の重心と移動の感覚を、からだにまるごと記憶させていたのだろう。

日本の文化は、こころを鍛える精神主義であるといわれる。しかし、その背後には、からだに関する具体的な技術をもっている。

たとえば、相撲の仕切りの呼吸に「阿吽の呼吸」というのがあるのだが、「阿・あ」で吐いて、「吽・うん」と吸い込む。これはまた、人間の一生でもある。

当時、剣道を指導してくれた師範代は「人間は、息を吐き、ふたたび息を吸うその瞬間、精神の集中が一瞬途切れ、一番スキができやすい。そこを狙え!」と教えてくれた。でも、そう簡単に問屋はおろさないのだが・・。

ぼくらは、つねに呼吸をしつづけている。しかし、自分の呼吸など気にもとめない。

古代アジアでは、身体感覚を重視した。とくに吐く息を重視していた。
 
インドのヨガも、日本の武道も坐禅も、腹(ハラ)から、ゆっくり、ゆっくり息を吐くことを重視した。

中国では、気功を行う人たちは、吐く息に身をまかせ、体内をみたす気のながれを注意していた。

ぼくの、太極拳の師匠は、息のタイミングを合わせて、外して、相手を飛ばした。

禅の老師は普段はなんにも語らないのだが、不意にやってみせた呼吸が一分間に二回程度だったのには、ぶっとんだ。

水墨画の師匠は、呼吸を止めて一気呵成に書きあげた。またゆっくりとした呼吸で「空気」”までも描いていた。
 
ぼくは、息を習得したつもりになって、調子にのって『イキの仕業』というタイトルで個展を開いた。

当時、参禅していた寺のつるつるアタマの雲水たちが、画廊に大挙やってきた。
by ogawakeiichi | 2010-09-03 09:13 | 只記録
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