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彩遊記

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観察すること

このところ、ブランドに関する仕事が続いている。

しかし、自分でつくったモノが残らないことも多く「なにをつくったの?」と聞かれると、一瞬返事に窮してしまう。
一般の人は、ブランドづくりを、マークや、パッケージを作ること思っている節がある。もちろん、それも大切な要素に違いない。

しかし、実際は企画書や依頼書を書いたり、言葉で伝えたり、もちろんスケッチを描いて説明したりはするが、実像としてのカタチには残らないことが多い裏方稼業だ。 
 
ぼくらの仕事は、まず観察からはじまる。人を観察する。世の中を観察する。組織のつくりや人間関係を、客観的に「観察」する。多くの人と会話しながら“気持ち”を集める。

次に、集めたものを見渡しながら、老若男女の役柄になり、どんな人が、どんなモノを、どんなときに、どんな場所で…などなど、問題を解決する方法を探し出していく。

しかし、そう簡単には問屋が卸さない。

手がかりがみえてくるのに数ヶ月ということもざらにある。(※最終的にはその手がかりからモノを生み出し、内から外へと繋がる仕組みをつくっていくのだが、ここでは省略)。
 
さて、一見苦痛にも見える手がかりをさがすための「観察」だが、見知らぬ土地でコミュニケーションをとりながら、そこで暮らす人々がもつ、モノや仕組みに分け入ることは意外と楽しい。

このことをはじめて体感したのは、青年海外協力隊で中国・桂林に派遣されたときのことである。
派遣当初は、見ず知らず、わけの分からぬ異文化へ落下傘で舞い降りた心境だった。

派遣先の職場は、誰がなにをやっているのかわからない。中国語での言葉によるコミュニケーションもおぼつかない。  

自分が、ここでなにができるのかもわからない。右も左もわからない、ないない尽くしだ。

相手を知らないことから、不安だけが襲ってきた。

このモヤモヤと不安から抜け出すには、かたっぱしから、祭りごとに参加して、酒を酌み交わし、土地に流れる歴史を調べ、その場にどっぷり浸かり「観察」していくしかないと腹を据え、覚悟を決めた。

すると次第に、あちらこちらに、散らばっている情報が紡がれてくる。今まで見えなかったものが見えてくる。周囲が見渡せてきた。

さらに、信頼のおけるキーマンとの出会いがあり、そこを結び目に多くの大切な友人達とつながった。(※実は、ここからが、本格的な仕事始めになる。)

実際にはデザインという仕事は、モノをつくる仕事と思われがちだが、そんな狭い範囲の仕事ではない。

「観察」を経て目に見えるカタチをつくり、それを磨いていくこと。

もっと言えば、いま、自分たちがおかれている状況を少しでも良くしようと思うなら、「観察」から見つけた気づきで、生活や生き方を磨いていくことだと思う。
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by ogawakeiichi | 2010-11-05 16:03 | 南日本新聞コラム
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