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彩遊記

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通用設計(ユニバーサルデザイン)

いまさら、ユニバーサルデザインを取り上げる必要もないのだが、自己プロジェクトである、デザインの概念化としてまとめておきます。

さて、ユニバーサルデザインという言葉には感慨深い思い出がある。
 
中国でデザインを学生に教授していた頃。卒業制作で担当学生にユニバーサルデザインを是非やらせてみたいと思い立った。しかし当時中国にはユニバーサルデザインの概念がなく該当する中国語がまだあやふやだった時代のことだ。

その経過は、以前このブログ、「アフォーダンス」の前振りで書いたこともあり、こちらを読んで欲しいのだが、卒制で学生が作ったのは、ユニバーサルデザインの領域であるバリアフリー。さらにその一部であるバリアフリーを訴えるグラフィックデザインで終わったのであるが。。。

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↑自ら目の不自由な被験者になり、体験のひとコマを視覚化、シリーズ化した。

まあ、当時は強者の論理だけが支配する中国社会のなかでは、先進的なポスターでもあった。もちろん、最近は志愿者(ボランティア)とか通用设计(ユニバーサルデザイン)とかの言葉を知らぬものはないが。。

さて、以下、ユニバーサルデザインのエキス抽出。

◯ノースカロライナ州立大学のユニバーサルデザインセンター所長であったロナルド・メイス(1941-1998)が1985年に公式に提唱した概念。

◯「できるだけ多くの人が利用可能であるようなデザインにすること」が基本コンセプトである。デザイン対象を障害者に限定していない点が一般に言われる「バリアフリー」とは異なる。

◯身体に障害をもつ彼は1980年代、それまでのバリアフリーの概念に代わって、「できるだけ多くの人が利用可能であるように製品、建物、空間をデザインすること」をユニバーサルデザインとして定義した。

◯ロナルド・メイスの唱える7原則があるのだが、その7原則とは

・誰でも使えて手にいれることが出来る(公平性)
・柔軟に使用できる(自由度)
・使い方が簡単にわかる(単純性)
・使う人に必要な情報が簡単に伝わる(わかりやすさ)
・間違えても重大な結果にならない(安全性)
・少ない力で効率的に、楽に使える(省体力)
・使うときに適当な広さがある(スペースの確保)

◯一口に障害をもつ人といっても、視覚、聴覚、肢体、内部、知的など、さまざまな障害があるし同じ障害でも程度の差がある。また誰もが、怪我などで一時的に障害をもつこともあるし、言葉のわからない土地に行けば移動制約者となる。

◯ユニバーサルデザインは、“すべての人が人生のある時点で何らかの障害をもつ”ということを、発想の起点としている点で、それまでのバリアフリーデザインとは大きく異なる。そこには、可愛そうな人のために何かしてあげようと いう慈善はない。

◯障害の部位や程度によりもたらされるバリア(障壁)に対処するのがバリアフリーデザインであるのに対し、ユニバーサルデザインは障害の有無、年齢、性別、国籍、人種等にかかわらず多様な人々が気持ちよく使えるようにあらかじめ都市や生活環境を計画する考え方である。

◯都市空間であれば、誰もが歩きやすいように電柱を地下に埋設した道路、多言語表記のわかりやすいサインなどがあげられる。建物であれば自動ドアや多目的トイレ、日用品であれば、テレホンカードの切り込みやシャンプー容器のギザギザが、ユニバーサルデザインの代表例だ。

◯ユニバーサルデザインによって、バリアフリーデザインがなくなるかといえば、そうではない。たとえば、まちでよく見かける黄色の点字ブロックは、バリアフリーデザインの代表例だが、ユニバーサルデザインのまちづくりという全体的なデザインのなかでは、ユニバーサルデザインの一部となる。

◯ユニバーサルデザインの領域は製品、施設、都市などの目に見えるものから、サービスやシステムなどの目に見えないものまで多岐にわたる。それらが関連し、補完し合わなければ、ユニバーサルデ
ザインの社会は実現できない。

とまあ、こんなところ


参考参照:ウィキペディアなど
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by ogawakeiichi | 2011-02-09 10:43 | 情報とデザイン
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