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彩遊記

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ふと・・の芸術工学

f0084105_22183591.jpg3月11日の国難以来、注意の嚆矢の殆どがそちらへ向かい、頭の中をあれやこれやが駆け巡り、微熱が続いていた。

振り返れば、この手の微熱の体調と気分は、(個)として過去に4回ほどある。

その全てが、突然ふとやってきた。

もう大勢の人の記憶から忘れさられているだろうが、中国滞在中、サーズの発生でそのど真ん中で2週間監禁されたとき。←おまけに2ヶ月近く日本との航空機が運航停止。

勤務先の大学が反日拠点校とされデモ隊襲来に備え中国公安警察に住居下を守られたとき。

川内川の堤防が決壊して自宅の周囲を水で囲まれたとき。

鹿児島8・6大水害で、甲突川が大氾濫、流域がめちゃくちゃなったとき。←住まいは甲突川から50mだが、奇跡的に6棟だけ無事だった。

クライシスの中ではレスキューファンタシーをおさえ冷静に事物を見極める必要があるけど、そんなことも言っとられない国(類)難だ。

想定外に対処するには、複雑系の考え方と丹力。そのうえで目の前でおきていることを観察して歴史に照らし合わせてみる。コンプライアンスうんぬんなんて言ってられない。重要なことは場から生まれてくる力だ←などどと、書いてはみたものの現場は戦場だろう。

場について場の思想を説く清水博はこう言う。

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「持つために在る」という人間の生き方が自然の前で如何に空しいものか、そして「在るために持つ」という生き方の蓄積が、如何に無力な人間を支え、そして暖かい居場所を提供してくれるものかをはっきりと示してくれたと思います。

たとえば、株式会社は株主たちがお金を持つために在る存在ですが、従業員や地域の人々が在るために持つコミュニティ組織の面をもつ必要があることを、復興の過程で学ぶと思われます。

自然と人間という二つの領域を考えて、互いの間に矛盾が生じないような相互誘導合致の設計思想が必要になることが示されたのです。これこそが「在るために持つ」科学技術の思想となるのです。

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by ogawakeiichi | 2011-03-22 22:10 | 只記録
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