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彩遊記

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安田登の多様性

f0084105_341094.jpg以前、高田馬場で同期からロルフィングというもの存在を教えてもらったことがある。中国のスワイソウにも似た、そのロルファーのハシリが安田登だ。

そこには、おなじく身体理論を説く、斉藤孝との共同知を感じたが凝視してみれば、なるほど、ふたりともそのさらに奥には「能」のシテとワキの方法論が控えていた。

安田登は、そのロルフィングの使い手であるとともに、多彩な顔をもつ主語の多き人である。もともとは漢文が専門で、若いときに漢和辞典を一人で仕上げたという素養があるうえに、メリハリ読みの開発、朗読パフォーマンスの新たな様式も実験している。

世界中を旅行しているし、台北ではスクーターを乗りまわす。中小企業診断士の資格をもつ、ともかく何でもこなす、ぼくの好きなポリロールな複雑系の人である。この手の人に企業診断されてみたい。

近辺のコンサルや診断士はバブル期の単純系の経営理論をいまだに駆使し、セミナーでも目的の明確化と、事業と売り上げ拡大ための紋切り型を説くが、共同体の覚悟など毛頭ない。場外から相手の違うパンチを繰り出す。

安田に言わすと

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むろん、それが高度経済社会の存続という幻影の上にのみ築き上げることがでくる蜃気楼であり、人生そんなに甘いものではないだろうということは、ほとんどの人が実感している。

目の前で子供が餓死していく社会や、戦争によって多数の無辜の命が失われている世界において、今飢えで死に行く子に向かって「人生は自己実現のためにある」なんてことは口が裂けてもいえない。(安田登)
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とまあ、こんな具合だ。

安田登は。ワキの熟知を通して日本や日本人が見失った「日本という方法」をみごとに見抜いた。一度、こちらからブレーンをお願いしたい人である。←そんなダイソレタこと。


おわり。。。


↓とてもイイ埒外
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近代欧米社会がつくりあげた神話は、一言でいえば「明日は今日よりもよくなる」という進歩思想というものだった。

未来は上向きに、少なくとも右肩上がりに進むというものだ。それを証明したのが産業革命と資本主義市場と民主主義だということになっている。

やがてこの思想は個人にもおよび、「自己実現」というたいそうアメリカンな方針を個々人にふりまいた。そのうち「ポジティブ・シンキング」こそあなたを救うという口調になってきた。
 
日本でもバブルの前あたりからこの傾向が広がってきて、バブルが崩壊したのちもコンセプトだけは堂々と残った。成長志向や上昇志向というコンセプト。

むろんこんな自己実現思想が世界のどこでも、誰にとっても通用するわけはない。

自爆テロの自己実現は民主主義を無視しているし、高校野球の自己実現はとうてい甲子園に出られない野球部の青春にとっては資本主義とは無縁のままだ。

中小企業では自己実現はほど遠く、会社は重たくなるばかり。多くのクリエーターも「自分さがし」などしていられない。あげくは「負け組」というつまらぬ言い方の流行がまかり通っている。いったい、なぜ負けてはいけないのか。日本はこのあたりがかなりおかしくなってしまった。(松岡)
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お・わ・り。
by ogawakeiichi | 2011-05-11 05:54 | 只記録
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