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彩遊記

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青年海外協力隊

昔、昔お世話になった「さるさる日記」が停止になるそうで・・過去にの南日本新聞連載原稿をここで保存しておいたのですが、こちらに移しておきます



■青年海外協力隊=12月1日南日本新聞掲載

●青年海外協力隊
『青年海外協力隊というと、途上国で農業や医療の現場で活動をするイメージですが、美術やスポーツなどの活動をする協力隊員がいるのを知ていますが?“美しさと表現”を求めて、欧米ではなくアジア・アフリカに飛び立った三人のアーティスト。現地の人たちとの生活、自然と人間とのかかわりとの中から、‥(略)』
 
いきなり冒頭からの引用文ですが、数年まえに鹿児島北埠頭で行ったアート・イベントの紹介文だ。催しのタイトルは“アートで国際協力展”~国際協力で見つけた宝物~。
 
鹿児島から青年海外協力隊の美術隊員として、現地での活動を終わらせ帰ってきた3人が、作品展示とワークショップをすることになった。青年海外協力隊は、国際協力機構(JICA)が公募する海外派遣事業の一つだ。公募される職種は、約140種。

ドラマ“白線流し”では長瀬智也君が“溶接”でスリランカへ派遣されたシーンを覚えておられるかたも多いだろう。協力隊は一般的に、農業や、貧困対策のボランティアというイメージなのが、“アートで国際協力展”は、たとえば“美術という職種もありますよ~”という、広報を兼ねた催しだった。

帰国した隊員でつくるOB会の活動も盛んだ。主な活動は、協力隊の広報と募集の活動。先輩がたの努力もあって、これまで、鹿児島県から派遣された隊員の数は、人口比率では全国一位。


“アートで国際協力展”も、その活動の一環だった。当時、帰国していた美術隊員OBは、赤道直下パプア・ニューギニアから藤浩志氏。アフリカ・ザンビアから宮薗広幸氏。そして、中国から帰国の僕だった。
 
三人は、派遣された時期は違うが、現地では、美術やデザインの先生として活動していた。美術を通じて海を渡るには、留学を含め、いろんな派遣の制度がある。ちょっと異色だが、協力隊での美術派遣も、まんざらではない。「その後の作品」に、現地でうけた影響が色濃く出てくるからだ。「その後の作品」は、国際協力で見つけた宝物かも知れない。

藤氏は、いまのベースをつくっているほとんどがニューギニアでの体験だという。原始社会の色濃く残るパプアで出会ったヤセ犬を作品シリーズに仕上た。日本の現代アートを引
っ張る。

宮薗氏は、アフリカの大地を感じるほのぼのとした中に、力強さのある曲線のフォルムで、彫刻を表現。49回県美展最高賞。ことしは、かぎん文化財団賞受賞。僕のほうは、この派遣が縁で、いまでも当時の任地である水墨画の師匠のいる中国・桂林との往来がつづく。
 
先日、第六十回南日本美術展の発表があった。その中に、見覚えのある名前を見つけた。最高賞・第六十回記念大賞/濱口久恵。『ありゃーっ!』、昨年まで中国で美術隊員だった‥。むこうで出会ったときには、「派遣先の、やんちゃ中学生に苦戦中ですよ~」と語ってくれた。
 
受賞作品を見た。画面に現地での生活体験がドッとあふれる。ヤッタネ、おめでとう!どうやら、彼女も最後に宝物を見つけて帰ってきたみたいだ。
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by ogawakeiichi | 2011-06-23 07:45 | 南日本新聞コラム
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