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彩遊記

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序・破・急

昔、昔お世話になった「さるさる日記」が停止になるそうで・・過去に南日本新聞連載原稿をここで保存しておいたのですが、こちらへ移しておきます



序・破・急=6月9日南日本新聞掲載=

●序・破・急
時折聞こえる遠雷と、一段と高くなった蛙の鳴き声が、束の間の涼しさを予感させる昼下がり、校内にあるアトリエから見える正門前の大通りでは、スコールの到来を察し、前屈みで速度を増す自転車と、教科書を手に持つ学生たちが足早に駈けて行く。華南桂林は、年間を通し、霧雨に霞む日が
多い。だが、毎年、初夏の季節だけは、突然襲うスコールと、濡れないよう逃げる人々との間で、一日に幾度かの“かけっこ”が繰り返される。
 
桂林のほぼ中央を流れる璃江の両岸に広がる奇峰群は、不老長寿・仙人伝説の予感をプンプンさせている。どこかで見たことのある風景だ。そう、掛け軸に描かれた山水の世界だ。 華南のこの地に来るまで、この手の絵画を「すごい誇張表現。あやしさ漂う、空想画だな」と思っていた。ところがである。大陸ならではの、ちょっとの誇張は大目に見ても、華南のこの周辺には、掛け軸に描かれた、あのあやしい世界が実際に存在するのだ。
 
特有のカルスト地形の山水に魅せられ絵筆をとったアーチストは多い。日本画の巨匠たちでは東山魁夷、芸大学長・平山郁夫。毛色は変わって、ディレクター葛西薫による烏龍茶のコマーシャルもこの地で撮影された。制作意欲を掻き立てる風景がまじかにあるのだから、たまらない。このモチーフを見れば、旅に出て、そのままこの地に居座るアーティストが大勢いるのも、うなずける。もちろん私もその一人。 週末は、絵筆を持って、未だ見ぬ墨絵のランドスケープを求めて歩いている。

私の水墨師匠は、帥立功氏六十歳。アメリカ、東京、長崎でも個展を開いた国際派だ。伝統水墨画じゃ、ちょっとは名の知れた、おゃめなおやじさんだ。ついでと言っちゃ何だが、わたしの太極拳の老師でもある。師匠が弟子に技術を伝授するやり方は、日本古来の伝統芸能演出手順である『序・破・急』と同じだ。まずは『序』としての基本の型を使って、師匠の水墨を模写、模写、そしてまた模写!。それだけ2年もやれば、テクニックは巧くなる。そのころから、恐れ多くも「水墨ってどれもこれも似てて独創性ないや」なんて思い始めた。デザイナー出身の私としては、オリジナリティーを追うあまり、しっくりこなくなったのだ。
 
模写による基礎を終えたと感じたある日から、独創性を目指そうと、墨での新表現に挑戦を始めた。師匠には「まだ早いぞ!」と言われたのだが、気分は卒門。その時の、師匠の寂しそうな顔は今でも覚えている。あれから数年。しかし、私の中に違う迷いが生まれてきた。前とは違う性質のス
ランプ。再びしっくりこないのだ。はずかしながら、思い切って師匠に相談した。『序・破・急』で言えば、『破(応用)』の稽古不足からくるスランプと見抜かれていた。独創性という言葉の魔力に囚われすぎ、一挙に『急(冒険)』へと飛びすぎた結果だった。「真似て、鍛えて、そして飛
ぶ!」師匠から弟子へ、弟子から孫弟子へ脈脈と伝わる伝統稽古システムの奥行きを見直す瞬間だった。
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by ogawakeiichi | 2011-06-23 08:25 | 南日本新聞コラム
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