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彩遊記

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古代人に芽生えた心

中国の最初の王朝は、「殷」である。殷は黄河の中流に興った古代都市で、またの名を「商」と呼ぶ。

この王朝が「周」に滅ぼされ、国を追われた人々が、生活の糧を求めて各地で貿易や流通を担うようになった。後にそれらの仕事を「商業」と呼ぶ。

この「商殷」の時代に現在の漢字のルーツである甲骨文字が生まれた。

甲骨文字は亀の甲羅や、牛の骨に占う内容を刻み、それを火で炙り、骨のひび割れパターンから吉凶を占った。  

神秘的な言い方をすれば、神との交信に使われた。

能楽師であり、古代中国にめっぽう詳しく漢和辞典までつくった安田登さんの話を聞く機会があった。

安田さんは「身体感覚で論語を読み直す」という本を書いた。テーマを丸呑みする感覚で時代に入り込み読み解いていく。

彼によると、「心」という漢字は孔子が活躍する500年前まではこの世に存在しなかったという。

「心」が出現したのは王朝が「商殷」から「周」へと変わる、今から約3000年前だという。

それより以前の甲骨文字や金文には「心」という字が存在しない。

現在日常生活で使う常用漢字は、約2000文字。「商殷」の時代に存在した漢字は、現在使われている数の倍以上もある。

それなのに古代中国では「心」や、思・惑・悔・慕など「心を示す部首」をもつ字が、ほとんどないのだ。

では「心」のない時代、人間はどうやって思考したり、判断したりしていたのだろうか?
答えは、な、なんと…「神」が命じたように生きるのである。

「神々の沈黙」を書いた心理学者で考古学者のジュリアン・ジェインズは、統合失調症の人の心の状態を徹底的に観察した。

その結果たどり着いたのが、古代人は「心」のないまま、神の命に従っていたのではという仮説であった。

古代の人の心の中は二つに分かれていて、一つは命令を下す「神」とよばれる部分。もう一つはそれに従う「人間」と呼ばれる部分があり、それらを意識することなく生活していた。

ところが、商業や交易が発達し、自然の環境が大きく変わるにつれて、いつのまにか、神に占う必要がなくなった。神々との交流が少なくなった。それに伴い古代人の脳のなかに「心」が芽生えていった。

ジュリアン・ジェインズによると、「心」が生まれたのは3000年前だという。

これは偶然にも古代中国で「心」という文字が出現した頃と一致する。

デザインの現場において、対象を徹底的に観察し、自分の身体が対象と同化する感覚までなったとき、これまで思いもつかなかった新しい発想が生まれることがある。

古代人の「心」の真偽はさておき、安田さんも、ジュリアン・ジェインズも、観察と古代に入り込む身体感覚からのアプローチには、理屈では計り知れない何かを感じるのである。
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by ogawakeiichi | 2012-03-04 18:35 | 南日本新聞コラム
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