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彩遊記

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自由について

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先日ある寄り合いの席で、簡単な自己プロフィールを表沙汰することになる。

経済的にもトレーニングにも必要な浪費と時間がかかるトライアスロン、順調だったデザイン事務所を閉鎖しての中国での教員生活、デザインとアート、文筆活動など多分野なわたしの“自由”に興味をもったのか、“自由”ってなんだろうという問いが立った。

“我侭で自由に見える生活も「捨てるもの」が多いですね。“と答えておいた。

英語で言う自由には「何かへの自由を表すfreedom」 と、「何かから開放されるliberation」がある。前者が無料とかバリアフリーなどの意味に使われるのに対し、後者は獲得していく自由を意味する。たとえば信仰の自由や、表現の自由、就職の自由など。

また「何かに向かう自由」【to】と「何かからの自由」【from】がある、何かに付け加えながら進む自由と、すでにある何かの中身を変えていく自由がある。

中世の日本での自由は、近代における意味とはことなり、自由狼藉という意味である。狼藉とは夜郎自大など、まるで無頼のように思われているが、どちらかというと既製の価値観を倒すために自らを他者とともにパティキュラライズした人のことを自由人、自由とよんだ。網野善彦「無縁・楽・公家」あたりを読むと、日本本来の意味がわかる。

しかし、自由を英訳したのはだれだろう、西周あたりかな。。。あとで調べてみよう。





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by ogawakeiichi | 2014-09-18 09:31 | 只記録
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