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彩遊記

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南日本新聞「彩遊記」最終回

オリンピックも宴たけなわ。鍛錬を積んだ選手の健康体が眩しい。なかには病を乗り越えメダルを勝ち取った選手もいて、共振する郷愁が胸に去来する。

わたしは17歳のとき、原因がはっきりしないネフローゼ症候群という難病にかかり入院した。ずいぶん前のことだが、鮮明に記憶にのこっている。

不意に襲いかかった病には投薬も効果がなく、症状はジリジリと不気味に進行していき、発病3ヵ月後には顔がパンパンに浮腫んでからだも全く動けなくなった。 

朝、目が覚めてもまぶたを開くことができない。なにぶん真っ暗闇で脱出不能の森に迷い込んだような精神状態だったことを思い出す。

当時はこれといった薬もなく、食事療法と絶対安静が一番と言われ、塩気の無い味気ない食事を食べ、浮腫んだ顔とからだでベッドに横たわり天井を見つめる生活が1年続く。

高校生活も留年になり上下関係の厳しい剣道部の後輩たちと同級生になってしまった。しかし、はじめはぎこちなかった関係も、現在も付き合う大切な友人へとなっていく。

「運動は再発の可能性があります」と主治医に剣道を止められ、ひょんなことから美術部へと入ることになる。そのことが今の仕事へと繋がっていく。

しかし、爆弾を抱えたような壊れやすいからだに注意しながら過ごしたはずなのに、2年後、恐れていた病が再発。わたしにも家族にも半端じゃない喪失感が襲ってきた。心身共に苦しみ疲れ、不治の病の恐怖から、ついに我が人生終わりかなとも思った。

しかし、幸運にもこのときばかりは薬が効いた。思いがけない早期回復。

世の中は、何が起こるかわからない。複雑で混沌としたカオスの状態。今日がだめでも、明日はわからないことを知る。

振り返れば、楽しいはずの十代後半は病との闘いだった。

大病、会社の倒産、監獄にぶち込まれる経験をすると大人物になるという。

私は残念ながら、大人物にはなれなかったが、大病以来、身体と精神に関しては人一倍の触手が動く。

完治後は、インドを彷徨し、呼吸法や禅をかじった。

完治の確認と身体の可能性を知りたくで、フルトライアスロンにチャレンジしてみた。

激動の中国では水墨画、太極拳をやりながら10年を過ごした。

思いがけない不条理な出来事が降りかかったとしても、恐れることはない。

不意打ちの事態にあい、その渦中にあっては身動きできない状態であっても、その人の抱く思いの強さのベクトルと、彼方からやってくる偶然との出会いによって未来が構成されているのではと思うようになってきた。

思春期を襲った難病の体験は、わたしの人生観や価値観に大きな影響を与えたことは間違いない。

「よせてはかえし」「かわるがわる」で、人生のポジとネガはいつもひっくり返っていく途上にいる。
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by ogawakeiichi | 2012-08-06 05:28 | 南日本新聞コラム
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