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彩遊記

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生物から見た世界

f0084105_159249.jpgデザイナーなど、対象世界をアウトプットする者は、ユクスキュルの【環境世界】という見方を知っていてもおかしくはない。

彼の著書「生物から見た世界」は、杉浦康平をはじめとする一流デザイナーに愛された古典でもある。

ユクスキュルが我々に言い放った重要なことは「われわれは自然界の本来の情報を変形して知覚しているのであって、加工した自然像しか見ていない」ということだ。

さてさて、
これはどういうことかというと、ポイントはこのふたつ。
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①「我々はつねに知覚メガネをもって自然と接し、しかも、メガネのように取り外しできるものではなく、我々に内属しているメカニズムとしての知覚である」

②「知覚によって対象化された世界」は“ナマな自然世界”ではない」

そのことをユクスキュルは“Umwelt”「環境世界」と名付けた。
●“Umwelt” は知覚世界(Merkwelt)と作用世界(Wirkwelt)が共同でつくりあげている「半自然=半人工」の世界像のこと。
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つまり、
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◎モグラにとっての環境世界はモグラが突き進む作用能力そのものと一致し、ハエの環境世界は明度空間と匂いの分布を重ねたような“Umwelt” をもっている。

◎一本のカシワの大樹は、われわれには空に聳える一本の大樹に見えているものの、キツネにとっては刳り貫かれた穴の世界であり、フクロウにとっては危険から遠ざかるための保護世界であり、カミキリムシにとっては巨大な食物市場そのものである。
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ユクスキュルは、研究の終盤には「トーン」(ton)という概念にまでたどり着いた。
トーンというのは、言ってみれば、動物たちがその世界像をもつための特定のフィルターのようなものだ。

たとえば、
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◎ミミズを捕食するカエルにとってのトーンは数センチの棒状のものとの出会いがつくっているトーンである。だからカエルはミミズとゴム屑をまちがえる。

◎ムクドリにとってはハエの飛び方のトーンがムクドリの世界像をつくるフィルターになっている。だからムクドリはハチとハエをまちがえる。
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われわれもこのようなトーンを使って外界を見ている。

デパートやブティックで特定の洋服を探すときは、このトーンをフィルターに使っている。

我々が買い物をする場合、すでにアタマの中でそのお目当てにあたる適当な“像フィルター” を用意している。その見いだしたいトーンによってしか、その売場は見えてこないのだ。


つまり、トーンとは、知覚と世界の「あいだ」を占めている調子フィルターなのである。


ユクスキュルはこのトーンとしての調子フィルターのことを【意味】とも呼んでいる。

たとえば、
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◎犬に向かって男が石を投げたとすると、それ以降、犬は石をぶつけられることに抵抗するようになる。しかし、その抵抗は犬の意志によって抵抗しているわけではなく、石的なるもののトーンを見分け、そういうものが自分に投げつけられるときの相手の動作のトーンを観察して反応するだけなのだ。
 
◎人間にとっても、石のトーンはさまざまな複合性をもって成立する。道で石につまずいて恥ずかしくなるほど転んだ者は、その後は石のトーンのみならず道のトーンや坂道のトーンを注意深く知覚するようになる。
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ということは、その人間にとっては、道は新たなフィルターを通した“道像” あるいは “像道” になったということなのだ。

これはギブソンが提唱した「アフォーダンス」にも似ているが、ユクスキュルの思考はギブソンのアフォーダンスよりより生命生活的でありまた知覚生物学的な見方だ。

こうしてユクスキュルは、知覚の世界の只中に “その意味を利用するもの” というキャリアー(担い手)あるいはインターフェースの視点をもちこんだ最初の生物学者となったのである。
by ogawakeiichi | 2013-04-20 15:05 | サイエンス
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