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彩遊記

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南日本新聞コラム/水の風景画


f0084105_10373387.jpg 華南の桂林は、いま本格的な雨期の真っ最中だ。一年を通してもカラッと晴れる日は少なく、十カ月近くはダラダラと霧雨の続く天気なのだが、この時期は降水量がけた外れに多くなる。
 璃江下りで有名な璃江も水かさを増し、観光客を乗せた船も川下りというより、川を押し流されているって感じだ。
 長江の“三峡下り”が満々とした流れの中で峡谷を見上げ、男性的な川下りといわれるのに対し、桂林の璃江下りは、おだやかな流れの中で山水を楽しむ女性的な川下りといわれているがしかし、今のこの時期だけは、まるで激流下りだ。
 例年雨期が終わり、猛暑がはじまると、街の中心に架かる橋のたもとの河畔には、璃江で泳ぐため黒山の人だかりができる。璃江の水はほかの川に比べきれいだというのだが…。
 浮輪を貸し出す店や、水着を売る店、アイスクリーム屋さんが軒をならべる。海と川の違いはあるものの、鹿児島の海の色を知っている僕は、この川で泳ぐ気にはなれないが、海水浴のできない内陸の人たちにとって、山水の風景をバックに璃江で泳ぎたいと思うのだろう。
 璃江に水源を取る水道水は、沸騰させて飲めるには飲めるが、同僚たちのほとんどは、この沸騰させた水でさえ飲んでいない。急激な発展にともなった工場排水による水道水の汚染が心配だという。たしかに最近の中国のイケイケムードを見ているとそんな気もする。
 そこで登場するのが“飲用純浄水”と呼ばれる透明なタンクに入った水。サクッと見渡しても、ほとんどの家庭や職場に常備してある。二十リットル入りで約十元(一元=十四円)。専門の水屋さんが電話一本でタンクをかついで来てくれる。
 そのタンクをお湯と、冷水のつくれる給水装置にセットする。来客があればこの水を紙コップでサッと出すのが習慣だ。
 ぼく的には、“璃江で泳ぐ人たち”と、璃江を水源とする“飲み水に気を配る人たち”の落差に、アレレって感じなのだが、どちらにしても桂林人にとっては璃江なのだ。
 この璃江を上流へさかのぼること七十キロ。紀元前三世紀、秦の始皇帝がつくった世界最古の“霊渠”と呼ばれる運河につながる。運河はさらに長江水系へ。長江から隋の時代にできた京杭運河へ入れば、驚くなかれ、桂林からはるか北京まで二千数百キロを川と運河だけで縦断できる。
 水墨画のぼくの師匠は水の豊富なこの時期にこの“霊渠”近郊へスケッチにでかける。水量の増えるこの時期は、璃江周辺の普段と違った風景に出合えるチャンスらしい。“水”を描きに行くのだ。たとえば、雨期だけに現れて璃江に流れ込む“まぼろしの滝”、満々と水をたたえる棚田の風景。雨の中、カラフルな民族衣装で田植えをする少数民族。素材は豊富だ。
 こんどの週末、今年も璃江をさかのぼり、“水のランドスケープ”を求め、スケッチに出かける師匠にお供することにした。
(デザイナー タイトルカットと挿絵も)
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by ogawakeiichi | 2006-06-05 10:18 | 南日本新聞コラム
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