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彩遊記

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南日本新聞コラム・桂花と祖父と日本庭園

f0084105_742517.jpg『桂花』”は秋に、まどろむような甘い香りを放つキンモクセイのこと。
ぼくの滞在する中国の景勝地“桂林”の地名はこの花の名前に由来する。
ガイドブックには「桂林の秋は、街中のいたるところで桂花(キンモクセイ)の甘い香りが漂う季節」と紹介してある。

ところが近年、あの眠たくなるような甘い香りの印象がみょうに薄い。香り漂う期間がずいぶん短くなった。同僚たちもおなじことを言っていた。
どうやら原因は、桂花ブームにあるらしい。街中の桂花が咲くと同時に、花採りバトルが繰り広げられていたという。とくに明け方が多いらしい。
採った花は漢方薬やお茶などに加工する。

そういえば宿舎の下で、竹竿を使って、昼間から木の枝を叩いているパワフルなおばちゃんたちもそうだったのかもしれない。
最近、桂林に赴任してきた知人は「桂花の香りだけをたのしみにやって来たのに、全然匂わないよ」とぼやいていた。

花採りバトルは自業自得になる気がするのだが。

有料で、管理の行き届いた公園でないと桂花の香りも味わえなくなるのだろうか。

さておき、2000年からはじまった桂林市の大改造は、街に運河をとおし、橋を架け替え、道路を整備し、いよいよ終盤の公園整備にはいっている。
桂林にある巨大な植物園でもリニュアルがはじまった。世界のさまざまな庭園を配した生態公園にするという。その庭園のひとつに日本庭園をつくるプランが進行中だ。
なにごとも大雑把な大陸にあって、日本庭園の繊細さは新鮮みたいだ。

日本庭園の特徴をザクッと言えば、木々の間から垣間見る「見え隠れする風景」の美しさ。
それに対し中国式の庭園は、コーナーを曲がるたびに風景が一変する「ガラっ、ガラっと移る大胆な変化」の美しさ。もっと簡単に言えば『繊細な変化の日本庭園』・『大胆な変化の中国庭園』と、ここもお国柄がでる。

実はぼくの祖父は日本庭園の庭師だった。もの心がつきはじめた頃から祖父に連れられ、庭作りの現場であそんでいた。夜になると祖父は、製図版の上で庭園の図面を引いたり、たのまれた肖像画を墨絵の濃淡だけで写真のように描いていた。
ぼくがいま、デザインや墨絵の世界にいるのはこのことが大いに影響しているのかも知れない。

ぼくのなかにある祖父の遺伝子が共鳴したのか、桂林で進められている庭園の設計部門からお声がかかった。 

公園全体の設計図を見ると、日本庭園のあるスペースをグルリと囲むように、桂花(キンモクセイ)の森が計画されている。
桂花の花は小さくて遠慮がちな花なのだが、驚くほど遠くまで香ってくる。桂花の森に囲まれた秋の日本庭園はきっと、まどろむような甘い香りに包まれることだろう。
柵に囲まれた公園の内側だったら、花採りバトルに会うことなしに、桂花の香りもすこしは長続きするかもしれない。
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by ogawakeiichi | 2006-11-02 11:42 | 南日本新聞コラム
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