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彩遊記

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南日本新聞コラム

ぼくは「はしっこ」とか、「せとぎわ」とかに引かれる感覚が人一倍つよいと思う。
ぼくにとっての「はしっこ」とは、山のてっぺん、半島の突端、国境、ぽつんと浮かぶ島などだ。
空に近くなる場所、陸と海の境、国と国の境界線など、いずれもふたつのモノが接するギリギリの場所だ。

「せとぎわ」とは、気持ちがなにかに追い込まれたり、気持ちをわざと追い込んだりすることだ。
たとえば、デザインの仕事とか作品を発表する個展とか、きちっと納期の決まったモノは、期限が差し迫ってこないと制作するエンジンがかからない。追い込まれてやっと動きだす。
「自分を追い込む!」と言うと、なんとなくカッコイイが、他人から見れば単に計画性のない怠けモノだ。なぜ計画的にやらないのかと言われても困るのだが、「せとぎわ」に追い込まれ、納期という土俵際でなんとか踏ん張り、“うっちゃり”で間にあわす。そのギリギリのスリルが快感なのかもしれない。

これがすべてうまくいくとは限らない、ときには“うっちゃろう“と思っていたのに“押し出され”納期に間に合わず大目玉を食らうこともある。
「はしっこ」とか、「せとぎわ」には、どちらも、『ここから先は後がない』という共通点がある。
学生時代、日本の西の「はしっこ」にあるドクター・コトーで有名になった与那国島に足を踏み入れたのは今から三十年前。

晴れた日には台湾が見えた。ここでぼくは一人の女性と出会い、それ以来、ずっと一緒に”旅“をしている。いまの“連れ合い“になる。
彼女からは、納期や期日の「せとぎわ」が近づくと、ぼくに向けての「せとぎわ警告!」が出る。この原稿“彩遊記”もまさにそうだ。

さて、学生生活を終えたぼくは、「はしっこ」と「せとぎわ」への願望が益々エスカレートしていく。
卒業と同時に、長野にあるダム工事現場でアルバイト。そこで資金を貯め「はしっこ」と「せとぎわ」を求めて海を越えることになる。

ここが「はしっこ」と思っていたのに、国境をポーンとこえると、そこには向こう側があった。日本という「こっち」側を、海外という「あっち」側からはじめて見た旅だった。毎日が “どこに泊まろうか、なにを食べようか“と「ぜとぎわ」の連続する旅でもあった。
ぼくに潜む「はしっこ」と「せとぎわ」の魔力は、「旅」ではなくついには海を越えて「生活願望」にかわる。三十代後半の頃だ。

いま思えば、油の乗った年齢で、外国語もおぼつかないまま、海外でデザインを教える教師生活は、かなりの「せとぎわ」体験だった。
気がつけば、あれから10年。「鹿児島という“こっち側”」の人たちに支えられ、「中国桂林という“向こう側”」に、「国境という“はしっこ”」を越えて、たくさんの関係をつくった。
いま、その体験を絵画というというカタチで表現した個展を開催している。この準備も「せとぎわ」だった。ふ~っ。
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by ogawakeiichi | 2007-04-05 18:48 | 南日本新聞コラム
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