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彩遊記

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桂林の客家

f0084105_232973.jpg 華南の桂林から、おんぼろバスに揺られ、さらに三輪オートバイで尻と背中に衝撃を受けながら約一時間。同僚の中国人美術教師とよくスケッチに通った村がある。

 村の周囲を水路が流れ、そこではアヒルが泳ぎ、村人たちは、野菜を洗い、洗濯をし、子供たちが水と戯れる大陸的な風景がそのまま残っている。

 また、この村には水滸伝にでも出てきそうな、アウトローたちが出入りした砦(とりで)の雰囲気を醸し出す城門がある。もちろんスケッチには絶好のモチーフだ。

 異民族の侵入を防ぐために城門をもち、城壁でグルリと囲み、碁盤のような都市づくりを残す街は北京や南京、西安といった代表的な都市をはじめ、それほどめずらしいことではない。

 中国語では「街」のことを「城市」と呼ぶ。「街」そのものが「城」ということだ。

 漢字の「国」は、字画をみてもらえばわかるが、「玉」のまわりを、城壁を示す「クニガマエ」が囲む。すなわち古代中国は城壁の内側が城(街)であり、国だった。
 
 しかし小さな村に城門があるのはそう多くはない。そのうえ、スケッチに行った村は、最近まで、部外者が侵入できないよう城門を閉めていたという。
 ちょっと謎めいてきた。スケッチをよそに、その謎解きにはまった。

 村の中を歩く。村人同士の会話は、まったく聞き取れない。南方系の中国語も、十年近く住むとなんとなく分かるものだが、まったく分からない。一緒にいった中国人の同僚さえ聞き取れない。よくよく聞いてみると「客家」(ハッカ)と呼ばれる人々が住む村だった。

 じゃあ、この「客家」ってなんだ。

 中国は全体の%を漢族が占め、残り8%を五十五の少数民族が構成する。「客家」は少数民族ではない、ちょっと不思議な漢族だ。

 「客家はその名が示すように中国南方の土着の人々ではない。本来、北方の漢人であったものが、歴史上、主に五回にわたって南下してきた人々である。南下の理由は戦乱、飢饉(ききん)、政治不安から逃れるためだ」(講談社新書・高木桂三著「客家」)という。

 その後、華南の山岳地帯にスケッチに行くたび、辺鄙(へんぴ)な場所には、ミヤオ族、ヤオ族など少数民族とともに独特の文化を持った「客家」の集落が、点在していることを知る。

 客家人は、その後、全世界へと散らばっていくのだか、この血のネットワークたるや表・裏社会とも、これがまた凄(すさ)まじい。

 ある日、桂林でテレビを見ていた。突然、聞いたことにない言語のニュースがはじまった。華南地方限定の「客家語ニュース」だったのだ。

 聴き慣れないニュースに耳を澄ますと、天安門の映像とともにペキン、ペキンと聞こえてくる。実は、この「ペキン」。日本人なら、なにげなく使っているが、本来、中国語も英語も「北京」を「ペキン」とは発音しない。「ベイジン」だ。

 じゃあ、なぜ日本語と客家語は同じ発音なのだ?…。あのスケッチ以来、気分はすっかり名探偵コナンになっている。
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by ogawakeiichi | 2008-05-02 23:03 | 南日本新聞コラム
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