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彩遊記

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漢字閑話

中国大陸を歩くと、日本にはない見慣れない漢字に出会う。
今の中国、すなわち中華人民共和国の成立後にできた字だ。
それまで画数の多かった五百十七を選んで筆画を簡単にした
「簡体字」と呼ばれる漢字だ。

中国での暮しが長期になると、はじめは不慣れな「簡体字」だが、
知らず知らずのうちに身近なものになっていく。
そのうち、気づかないまま日本への手紙や文書にまで書いてしまうから厄介だ。
この「簡体字」だが、カタチからなんとなく意味を想像できる。

しかし、なかには全く違う意味のこともある。
たとえば、日本語の「洗濯機」は中国語では「洗衣机」となる。「機」が「机」になる。
およそ三千数百年前につくられた漢字は篆書、隷書、草書、行書、楷書などに変化してきた。
漢字の歴史から見れば、「簡体字」の登場は自然の流れだ。
なかには、国境を越え変化するものもある。

日本は「峠」や「辻」などのように国字とよばれる中国にない字を生み出した。
さらに略字や俗字、筆写体から「新字体」をつくっていった。
台湾や香港では「壽」や「國」などの複雑な旧字体をそのまま使う。
伝説によると漢字の起源は蒼頡(そうけつ)という名前の四つの瞳をもった男の話にはじまる。
彼の鋭い眼光は、鳥や獣の足跡を見て、それぞれの違いの中にも法則があることを発見する。

その自然の規律を応用してつくったのが漢字になったという伝説だ。
文字学の世界では、漢字を読み解くとき、
二千年前の後漢時代に書かれた「説文解字」という古典にしたがう解釈が一般的だ。

しかし、その解釈に対し、独自の解読を試み、漢字に遊んだ「白川静」という人がいる。
解読は、究極的にはその個人の解釈にすぎず、絶対に正しいと証明されるものではないが、
漢字解読に至るまでの白川静の「方法と覚悟」に底知れぬ魅力を感じる。

ぼくは水墨画を描くとき気分転換の意味も含め、甲骨文字にチャレンジするが、
そのとき白川さんの編集した本がすこぶる役に立つ。   
なにしろ白川さんの解読は、中国最古の漢字、
甲骨文字を介してその時代にいる気分にさせてくれるのだ。線の一本一本が神様との交感だ。

たとえば「文」という字の解読は、こうだ。
「もともと×(バツ)はまじないの印で、それが西洋では十字架になり、
東洋では、卍(まんじ)になった。この×(バツ)に屋根をつけたのが『文』になる」
白川さんの凄さは、漢字の成り立ちを解読するために、
日夜、甲骨文字をノートに写し、写し、ただただ身体で写しつづけ、
全身全霊を中国の古代に投げ入れて文字を体感したことだ。
まるで悟りを求める禅僧のようだ。
そのうえで漢字の字源を解き明かした。
文字学の歴史に巨大な痕跡を残し、一昨年の十月、九十六才で生涯を閉じた。
ぼくも、爪痕でいいからそんな痕跡を残していきたい。
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by ogawakeiichi | 2008-10-09 13:44 | 南日本新聞コラム
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