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彩遊記

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カテゴリ:アジア史&思想( 55 )

荘子と恵子

荘子と恵子が濠水のほとりに遊んでいた。

荘子「鯈魚が出でて遊び従容ようとしているが、これは魚の楽しみである」。

恵子「きみは魚ではないのに、どうして魚の楽しみがわかるのか」。

荘子「きみはわたしではないのに、どうしてわたしが魚の楽しみがわからないとわかるのか」。

恵子「わたしはきみではないから、もとよりきみのことはわからない。きみももとより魚ではないのだから、君には魚の楽しみがわからない。僕の論法は完全無欠だろう」。


それに対しての荘子の最後のセリフ

「荘子日。請循其本。子日、女安知魚楽云者、既已知吾知之而問我。我知之濠上也。」


さて、これをどう訳す?。

一番丁寧なのは、やはり中国哲学の福永光司訳・・

 そんな言葉の遊戯は止めにして、根本に立ち返って議論しよう。きみはいま僕に魚でないのに魚の楽しみなどわかりっこないといったが、それはきみが僕に魚の楽しみの分かっていることを知っていて質問したのである。すべて真実なるものは人間の分別知や言論では捉えることはできず、議論を超えた境地で体得されるほかない。きみが議論の上で肯定するにせよ否定するにせよ、きみ自身は議論を超えたところで僕の知っていることをすでに理解しているのであるから、それと同じく、僕はまた魚の楽しみをこの濠水の橋上にいて議論を超えた境地で理解するだけである。


ふたりの決定的な違いが言葉の端々にある。
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by ogawakeiichi | 2014-08-08 11:43 | アジア史&思想

チャイナナイン

f0084105_10374113.jpgきょう11月8日から5年に一度の中国共産党、十八大(党大会)が北京で開かれる。

チャイナウォッチャーのわたしとしては、ここ数日、中国情報から目が離せない。

今回開かれる、党大会の流れをザクッといえば、現在の胡錦濤総書記(国家主席)は党大会で総書記から引退。国家主席も来年3月の全人代で次の世代へと引き継ぐ。新たな党の総書記には習近平が、首相には李克強が就任することがほぼ決まっている。

注目されるのは、習近平と李克強以外の政治局常務委員の数と顔ぶれ。

これまでどおりの9人なのか、それとも取りだたされている7人なのか。誰が政治局常務委員になるのか。。。このことは、今後の中国の動向を見ていくうえで、また世界やアジア、ひいては日中関係にとっても重要になってくる。

すこしばかり、中国の政治の仕組みを説明すると、総書記とは、中国共産党のトップ。あくまで共産党のトップであって、それ独自で国政に関する権限は有しない。ただし、党が国家を指導するという大原則から、影響力がもっともあるポジション。

国家主席とは、全人代(全国人民代表者会議)で選出される、中国国家のトップ。ただし、それ自身が単独でなんらかの決定を行う権能はない。イタリアやドイツの名誉職としての大統領に似ている。

つまり、中国共産党のトップであれば、全人代の選挙でも国家のトップとしての国家主席に選ばれるのが通例だ。

中国共産党総書記、中国国家主席、とともに重要なセクションがある。人民解放軍の最高決定機関に当たる党中央軍事委員会主席。ただしこのセクションから胡錦濤が引退するのかはわからない。

中国の人口13億人。中国共産党の党員数は8260万人。党の方針を決める大会が5年に一度。実際の党の運営は党員から選ばれた中央委員会(中央委員が204名、候補委員が167名)が行う。

ところが、この中央委員会も年に一度の開催の形式的なもの。そこで、さらに上の【中央政治局委員25人】が実権を握る。しかし実際は、この25人のうちピラミッドの最上層にいる【9人の常務委員】が日常の方針を決定している。繰り返すが、つまり、重要な事項は「党中央委員会政治局常務委員会」の9人が決めているのだ。

じつは、8月、現指導部(現常務委員9名)や元指導部経験者達が避暑地・北載河に参集し、十八大に向け、次の政治局常務委員を決める熱い権力闘争が繰り広げられていた。

「党中央委員会政治局常務委員」。これこそ中国共産党の「ブラックボックス」であり、さらなる見えない部分である。

この政権の最高決定をなす9人を遠藤誉はチャイナナインと命名した。


北載河の会議をへて、党大会までにある派閥の綱引きを経た結果が、表にでてくる。
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by ogawakeiichi | 2012-11-08 10:29 | アジア史&思想

中国の権力闘争

f0084105_21392411.jpg●チャイナナインを描いた、遠藤誉さんのネット上の抜粋まとめ。

◆日本の国会に相当する全国人民代表大会(全人代)が開催される。胡錦濤政権が取り仕切る最後の会議だ。1年後の今日は、次期政権の国家主席がこの全人代で選出される。国家主席の前提となる中国共産党中央委員会総書記のポストは開かれる第18回党大会で決定される。

◆中国は中国共産党が指導する国だと言われている。中枢に座っているのは「中国共産党中央委員会政治局常務委員」という「9人」の男たちだ。遠藤誉はこの「中国を動かす9人の男たち」を「チャイナ・ナイン」と名付けている。そこには外からは見えない「ブラックボックス」の世界があり、時には協力し合い、時には激しい論争や権力闘争を展開しながら中国の方向性を決めていく。

◆中国共産党重慶市委員会書記(中国共産党では書記がトップ)である薄熙来(はく・きらい)の右腕として敏腕を振るっていた王立軍(副市長・公安局長・公安局党委員会書記)が、四川省成都市にあるアメリカ領事館に逃げ込む事件があった。今、薄熙来率いる「毛沢東回帰型」の重慶市の重鎮である党幹部が、今となっては「敵国」ではないにせよ、アメリカ領事館に逃げるとは――。 いったい、いかなる政変が起きたのか――。

◆王立軍は公安畑の男。1982年から、重慶市に呼ばれる2008年6月まで26年間の長きにわてって、遼寧省の各地で公安関係の業務に携わってきた。「東北の虎」という異名を持ち人望も厚かった。 一方、薄熙来が遼寧省と関わっていたのは1984年から2004年と、これもまた長い。出会うには十分な時間があっただろう。

◆薄熙来は2007年末に重慶市書記(中国共産党重慶市委員会書記)になると、遼寧省 錦州市の公安局長になっていた王立軍を呼び寄せ、重慶市の副公安局長に就任させた。「東北の虎」、王立軍は、着任後間もない2008年7月10日から9月30日までのわずか80日間で3万2771件の刑事案件を摘発し、9527人を逮捕投獄したという。摘発された者は「暴力団」「マフィア」関係者ばかりではなく、数多くの民間企業の経営者や政府の人間も含まれていた。没収した金額は2700億元に上ると言われている

◆重慶市司法局長だった文強は、2009年8月7日に拘束され、2010年7月7日に死刑に処せられた。拘束から死刑までわずか11カ月である。罪は「暴力団とのつながり」。司法局長自身が暴力団から大金をもらい、裏でつながっていたとのこと。 その間、王立軍は公安局長に昇進している(2009年3月)。

◆2007年からチャイナ・ナインの1人として中国共産党中央紀律検査委員会(中紀委)の書記(トップ)をしている賀国強は、実は1999年から2002年まで重慶市の書記をしていた。したがって更迭・逮捕・死刑などを受けた重慶市政府役人や幹部の中には、賀国強が手塩にかけて育てた人材もいたはずである。

◆また2005年から2007年まで重慶市の書記をしていたのは、現在広東省の書記をしている汪洋だ。汪洋は胡錦濤国家主席に将来を強く期待されている団派(共青団派)の有望株。今年秋に開かれる第18回党大会においてチャイナ・ナイン入りすることが確実と見られている。

◆一般庶民の中には、今もなお「毛沢東万歳!」を叫んでいる者たちがいるのである。例えばウェブサイト「烏有之郷」はその一例だ。彼らは薄熙来の「唱紅」運動を後ろ盾として勢いづいている。そして「毛沢東」と「薄熙来」を一つにして「薄沢東」という新しい名前をつくり出し、毛沢東回帰への新たな動きを見せていた。毛沢東時代に数多くあった「毛沢東讃歌」と同じように「薄熙来讃歌」までネットに現れている。

◆薄熙来の追い落としを図る共産党幹部は、薄の腹心、王立軍に目をつけ汚職の証拠を突きつけた。薄との関係が悪化していた王は、薄と指導部の挟み撃ちに。進退窮まった王は、薄の罪状を暴く資料を持ち、米領事館に飛びこんだ。

◆3月5日に始まった全国人民代表大会(全人代)における胡錦濤の表情はすごかった。温家宝首相の政治活動報告を聞いている時の胡錦濤の顔は、まるで奥義を極めた武士のように威厳があり、見る者を圧倒した。国家最高指導者として10年間に及ぶ苦難を乗り越えてき者が持つ不動の信念がにじみ出ていた。その心の中では、3月15日の「薄熙来解任」に向けた決意が静かに固まっていたのだろうと、今にして思う。

◆日本のメディアは、「党」とあるので勘違いして、「薄熙来の一件は、胡錦濤率いる共青団(中国共産主義青年団)と習近平率いる太子党との間の権力抗争の表れだ」と報道している。 このような解釈をしたら、中国の政局は何も見えなくなってしまう。 序列9位の周永康と薄熙来による「打倒習近平」謀反説が浮上、2012年2月16日、アメリカ発の中文メディアは一斉にBill Gertzの記事を伝えた。 同氏は、「ワシントン・ポスト」や「自由灯台」などに寄稿しているジャーナリストだ。彼によれば、王立軍が成都市にあるアメリカ領事館に持ちこんだ資料の中に、「習近平打倒」に関する情報があったというのである。 つまり中国指導層のトップに上り詰めたいと思っていた重慶市元書記の薄熙来が、チャイナ・ナインの一人である周永康(党内序列9位)と謀って次期国家主席と目されている習近平を打倒しようと画策していたというのだ。

◆筆者は拙著『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』の266ページに、最終校閲ギリギリで、このネット情報を書き込んだ。だが、あくまでも「噂」として扱った。 チャイナ・ナインの動きをある程度認識している筆者としては「あり得ない」というのが最初の印象だったからだ。 しかしアメリカ発の「打倒習近平」謀反説は、その後、Bill Gertzの肉声がYou Tubeに載るなどしてますます盛んになってきた。2月23日以降、Bill Gertzが新たな文章を「自由灯台」(Free Beacon)に書いたとして、アメリカ発の中文ネット情報に数多く転載されるようになった。 その一つが「博訊」(アメリカ中文メディア)の情報である。そこにはBill Gertzが公開したという次の文章がある。

◆「王立軍は現在の中国の権力抗争に関する非常に貴重な情報を持っていた。それは周永康や薄熙来といった強硬派が習近平へのスムーズな権力移行を阻止しようと意図するものである、と政府関係者が言った」。つまり「薄熙来が周永康と謀って習近平政権へのスムーズな移行を阻止し、薄熙来が天下を取ろうという謀反」に関する情報だというのである。

◆2011年11月10日、胡錦濤国家主席がAPEC参加のため訪米したその日に、薄熙来が西南一帯の軍巨頭を集めて空前規模の軍事演習をしたことは客観的事実だ。中国政府の「新華網」もこれを伝えていた。この軍事演習は中国の7大軍区の一つである「成都軍区」のすべての地域の司令員が参加していた。 そして王立軍・元重慶市公安局長がアメリカ領事館から北京中央に引き渡されるその日に、薄熙来が重慶政府の幹部を引き連れて昆明(元)軍区に移動したのも客観的事実。中国大陸内のネット情報には今でも削除されずに残っている。

◆薄熙来の「(西南)軍事クーデター説」が浮上したのは、これら一連の客観的事実に基づいてのものだろう。そのため、2月21日から「大軍区司令員」という言葉が中文ネット空間で燃え上がったものと思う。ネットユーザーは「果たして誰が軍権を握るのか」に興味を持ったものと考えられる。

◆薄熙来が解任された3月15日には「胡温政権は10年間で最も良いことを最後の年になって、ようやくやった」という讃辞が中国国内のネットに溢れた。胡温政権とは、胡錦濤と温家宝と率いる政権という意味だ。

◆続いて浮上した周永康軍事クーデター説3月19日夜からは、今度は「周永康クーデターが胡温政権によって抑えられた」というネット情報が突如現れた。中国のツイッターに相当するマイクロ・ブログ「微博」(ウェイ・ブォー)では「周永康軍事政変(クーデター)」という言葉を含むつぶやきが爆発的に膨れ上がって(“周永康?事政?”成Google??‐?国聚焦)、中国当局が暫時「微博」を封鎖する事態にまで及んだ。

◆その間、3000余りのウェブサイトが閉鎖され、1065人のネットユーザーが逮捕されたと言われている(中国政府発表では16のウェブサイト封鎖と6人のネットユーザー逮捕)。 「周永康軍事クーデター説の真偽」に関して、筆者自身は「偽」であると、最初から思っている。それは前回も述べたとおりだ。ただ、「微博」の封鎖を解除した後も「胡錦濤が狙う次のターゲットは周永康になるのではないか」という観測が、中国情報通の間で大勢を占めていることに変わりはない。筆者も、その観測に関しては、やや肯定的だ。

◆注目すべきは薄熙来の妻である谷開来(グー・カイライ)が同時に刑事事件で逮捕されたことだ。
嫌疑は殺人罪。被害者はイギリス人のニール・ヘイウッド(Neil Heywood)氏。 2011年11月15日に重慶市のホテルで、遺体で発見された。これに関して薄熙来も関与していたらしい。薄熙来は中紀委から司法に回される時に、刑事事件でも逮捕されるかもしれない。 もし刑事事件で逮捕されることになれば、中共中央政治局委員による重大犯罪として中国建国以来、初めての事件となる。 「殺人に関わった」とされた者の中に薄熙来の名前はなかった。薄熙来は党籍剥奪程度で終わるかもしれない。司法に回されたとしても、殺人に関係する刑事事件で裁かれることはないだろう。

◆谷開来の「執行猶予2年付き死刑」という判決は、早くから予測されていた。これは文化大革命の混乱を増大させた罪で裁かれた毛沢東の妻・江青に対して下された判決に準じるものである。判決から2年経過したのちに、品行方正ならば死刑は実行されない。終身刑に切り替えておいて、十数年後に「病気療養」を口実に釈放されるという、中国独特のやり方だ。 中共中央では、一般に政治局委員以上の者の犯罪に対して死刑を執行することはない。その親族に対しても同様の措置を取る。

◆政治局委員が絡む場合の「中国の司法」は、チャイナ・ナインの「指導の下」に粛々と進められる。地方人民法院(地方裁判所)が安徽省だろうと雲南省だろうと吉林省だろうと、判決はまったく変わらない。このレベルの事件の「チャイナ・ジャッジ」の大原則だ。日本の常識で見ていると理解しにくいかもしれないが、これが中国なのである。 事件の陰にいた諜報のプロ、パウウェル卿

◆薄熙来の息子、薄瓜瓜の留学の後見人であるパウウェル卿は「諜報のプロ」である。しかし、彼の経歴が注目され、公に露わになったのは前回述べたようにごく最近のこと。薄熙来にとって、パウウェル卿はあくまでもサッチャー元首相やメージャー元首相の個人秘書であり、英中貿易協会の主席であったはずだ。パウウェル卿はオックスフォード大学の評議委員会の議長でもある。権威に疑いようはない。

◆パウウェル卿にもう一つの顔があったということに、薄熙来も中国も気づいていなかったに違いない。パウウェル卿は薄瓜瓜の後見人になる前の2000年から諜報会社Diligence-Global Business Intelligenceの顧問をしていたのだが、薄熙来がもしパウウェル卿のこの一面を知っていたら、すぐに関係を断っていただろう。中共中央政治局委員として、「諜報関係者」との接触は鬼門であることは常識中の常識だからだ。

◆しかしパウウェル卿は、中国という国にとって長いこと英雄のような存在だった。なんといっても彼は「2001年の中国のWTO加盟に多大な功績があった」ということで、中国では非常に高く評価されている人物なのだ。 中国では非常に高く評価されていたパウウェル卿の行動で代表的なのは、2011年5月12日におけるイギリスのアンドルー王子の訪中だろう。アンドルー王子は人民大会堂で李克強・国務院副総理と会見した(記事リンクはこちら)。そこには英国の王子と中国の次期総理となる李克強のツーショットが輝いている。

◆驚くべきは、アンドルー王子がこれに引き続いて薄熙来が書記を務める重慶を訪問していることだ。
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by ogawakeiichi | 2012-10-03 21:40 | アジア史&思想

中国模式の衝撃

f0084105_14115520.jpg中国に駐在したことのある公務員のグループ中鹿会で、講師をすることになる。これまでの講演記録を引っ張りだしながら内容を詰めているのだが、今回の対象は滞在歴30年という強者もいて一筋縄ではいかないようだ。

中国からの帰国以来、頻繁に往来していたものの今年はまだ一度もない。変化する新鮮な情報は身体性を通して理解してきたが今年はその機会に恵まれてないのだが、中国の根底にある古層化することもないので、古層と表層を高速でアプローチしていきたい。

資料は私淑する松岡さんが、現代中国を千夜千冊(『中国模式』の衝撃:近藤大介)をしているのでこれをキーブックとして、中国の学校現場のど真ん中で経験したことを組立てて話していこうと思う。

著者、近藤大介氏は微博(中国版ツイッタ―)でも発信している人物で、中国語も堪能だ。先般のオリンピックで福原愛の中国語を聞いてぶったまげたのだが、最近はネイティブに引けをとらない日本人の中国語の使い手も増えてきている。※わたしを含めてと言いたいところことだが、ふふふ、

さて、この本によると、中国を次のように分類する。「めちゃくちゃな中国」「恐ろしい中国」「図抜けた中国」。中国という国家が、いかにダイナミックに、いかに不遜に、いかに勝手に組み上げてきたかをうまく描いている。

著者が本書で断言していることは、ただ一つ、中国にはチャイニーズスタンダード(中国様式)が巌然としてあって、その中国模式がながらく世界を律してきたアメリカンスタンダードといよいよ激突しつつあるということだ。

チャイニーズスタンダード(中国模式)という言葉は、外国人の中国経験者のなかでは、大陸生活で日々の上手くいかないモノごとを、あきらめの境地をもってチャイニーズスタンダードだからしょうがないないよ・・などとずいぶん前から使っていたが、国家としては2009年秋の建国60周年の頃から使われだしたキータ―ムである。

この、中国模式という言葉。次期主席に決まっている習近平の世になればもっと大々的に叫ばれることになるだろう。※とは言っても習近平の娘はハーバードのケネディースクール。※オヤブンの江沢民の長男・江綿恒は、ペンシルバニア州のドレクセル大学卒でブッシュ・ファミリーの三男は、なんと江沢民の長男・江綿恒(こうめんこう)が経営するハイテク企業の上級顧問。

振り返ってみると中国の歴代王朝は、三つの原因によって滅んでいった。

第一には北方異民族の侵入。

第二は宦官や反乱武将の跋扈してのお家騒動。

第三は生活苦にあえぐ農民や庶民の反乱である;黄巾の乱、黄巣の乱、紅巾の乱、太平天国の乱、義和団の変、いずれも全国的に動乱になっていった。

いったい中国人の世界観や社会観はどうなっているのかというと、世界も社会も「天と地と人」からなっている。だだし、この「人」とは一般的は人間という意味ではなくて、個としての自分のことである。その我が天と地に直結している。つまり、中国社会は個人主義に発した世の中なのだ。

その個人主義はほとんどが金によって確立されている。カネと結びついた自分が一番の我なのだ。
こういうふうになったのは、鄧小平が「先富論」を唱えて、これをその後の政府が奨励し、富めるものから先に富めというスローガンがなんの罪悪感もなく広まっていったからだった。これでべれぼうな「暴発戸」(成金)や「新貴族」が誕生した。最近では、八十后。九十后。とよばれる新年代がもてはやされる。

そもそも中国社会は性悪説で成り立っているので、騙し方でも、相手を上手に騙すのも美徳なのである。


国が栄えていれば、民が衰退しても平気なのである。その代り民の一人一人は「天・地・人」の社会観をもっているわけだから、こちらはこちらで我を断固主張する。そうする中国を「一個中国是龍、三個中国人是虫」などという。これは日本では全く逆なのだ。

身体で理解していても、改めて文字に書き起こしてみると、経験で見る内側の過去と、メディアで見る外側からの現在がクロスして、自己のなかで、ハッと、得体のしれないものが腑に落ち、未来へ向けた創発さえ起こる気配がしてきた。
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by ogawakeiichi | 2012-08-24 14:12 | アジア史&思想

身体感覚で「論語」を読みなおす

f0084105_9533755.jpg九大のリベラルアーツで安田さんの揺をみた。

安田さんについては以前触れたことがあるが、能楽師であり、中小企業診断士であり、古代中国にめっぽう詳しい。「身体感覚で論語を読みなおす」という本も書いた。

ぼくが論語に本格的に触れたのは加地伸行さんの「論語」だが、加地先生は超中国通であるだけに、現代中国に対して愛の裏返し的な辛辣な暴走がそれはそれでたまらなく魅力的だが、安田登さんの「身体感覚で『論語』を読みなおす。」は、実に丁寧にハッとする記述で古代中国の論語を読み解いている。

九大院生と共有時間をもつD通の友人に誘われ出向いた昨年正月以来、九芸工の流れを引くリベラルアーツや遊会、輪読会と博多~鹿児島の往來が多くなった。

大陸へ向かうときのトランシットにかこつけて滞在する以外、これまで足が向かなかったのは,時間的・経済的問題と、限られた範囲以外は複雑系やリベラルアーツ思考が無風状態だったということが原因なのかも知れないが、なにかと頻繁にやってくる偶然的な現象は、わたしにとっての禅機到来ということかも知れない。

九州新幹線全線開通で博多まで時間的には1時間20分。経済的には高速バスの往復で5千円台も現れ便利になった。時間の無いときは新幹線。時間のあるときは資料を読みながら自宅近くに停車する高速バスという組み合わせはすこぶるイイ。

さて安田さんの「身体感覚で論語を読みなおす」だが、一見難解な論語だが論語は2000年も詠まれているアジアのブランドだ。

なぜ論語はブランドになりえたのが、安田さんは実は論語は世界で最初の「心のマニュアル」だったからだろうと言う。

このなかで軽いパンチを食らったのが、心という字は孔子が活躍するほんの500年前までこの世に存在しなかったということだ。心が出現したのはいつかといえば殷から周になったときらしい。。

たとえば「不惑」の惑だが、惑という漢字は孔子の時代には誕生してしていない。とすれば孔子自身は「四十にして惑わす」とは言わなかった可能性が高い。人々には心(自由意志)がなくただ、命の世界に従って生きていた。

認知考古学者スティーブン・ミズンは知能が未分化だった状態から、脳の中が「各要素の知能」へと分かれていき、もうこれ以上は発展できないという状態から「文化のビッグバン」「脳のビックバン」がおこり、宗教や科学がうまれてきたと仮説した。

心理学者ジュリアン・ジェインズは著書「神々の沈黙」で、心が生まれたのは3000年前だと主張している。これは漢字に「心」という字が現れたのとちょうど符合している。

ミズンは6万年。ジェインスは3000年とするこの差はなんだ!。

ミズンにとっての心とは、各知能の間をつなぐ司令塔のようなもので、芸術を生み出すことができるような各知能間を結ぶメタ認識が彼にとっての心である。脳で言えば前頭前野だ。

それに対しジェインズの心は。内省する意識(コンシャスネス)私たちが普段の生活で心という部分だったのだろう。

古代のくさび形文字で書かれた「イーリアス」の中には、心を表す文字は現れない。たとえば、現在において「魂」や「意識ある心」を表す『プシケー』という言葉は、本来は血や息という意味であり、また、「感情に満ちた魂」を表す「トゥモス」という言葉は、本来は横隔膜という意味である。現代の私たちがいう心の動きに対する語は、もともとは身体を表す言葉だった。

そうなると、どうもその昔には、人間には「意識」とか「意思」がなかったのではないだろうか。・・・と、ジェインズは考えた。

それでは、意識や意思のない人間が、じゃあどうやって行動していたというのだろう。

心理学教授であるジェインズは、統合失調症の患者の心の状態を観察しているときに、古代人はどうも「神」の声に従っていたのではないかという仮説を出した。

つまり、命令を下す「神」と呼ばれる部分と、それに従う「人間」と呼ばれる部分があって、無意識の声に従っていたのでは無いだろうかと考えた。


ジェイムスは、そんな風に、神の声に従っていた「二分心」の人間から、現代のわたしたちのように、「内省する意識」をもつ人間への変遷を、文明の発祥からギリシャ神話とか、旧約聖書とかを紐解きながら説いていった。

彼は、いまでもその名残を「神託」「預言者と憑依」、「詩と音楽」「催眠」「統合失調症」そして「科学」のなかから抽出する試みをしている。

ジェイムスによると、命令を下す神と呼ばれる部分と、それに従う人間を神々のささやき(命令)によってコントロールされていたのを、やがて神は命令を下すことをやめ、人々は自分の意志で行動することを認められるようになり「心」が誕生したとする。←(ジェイムスの【二分心】)。

それに対して、論語ではかって命令を下していた神に対応する「命」もまだ厳然と存在すると考えた。さらに、その命をも変える自由意志が「心」であり、この神と命の両者を結ぶのが「礼」であると考えた。

つまり
▼  ▼  ▼


■ジェイムスの神と心
【神】命令をくだす部分⇒⇒⇒⇒▼
【人間】神の命令に従う部分⇒心の誕生


■論語の命と礼と心
【命】運命・天命=逆らえない部分
     ▲
【礼】命と心の両者を結
     ▼
【心】命をも変える自由意志


ジェイムスの【二分心】では、「心」が発生する以前の人間は、「命(運命・宿命)」には逆らうことができずに生きていた。それを変えるために心が誕生した。しかし、同時にさまざまな悩みや心の病などの「心の副作用」も生み出すことになる。

孔子の論語では現実の世界に裏に隠れた真実の世界が、命の世界である。自然も摂理、世の中の制度、仕組み。母なる優しい世界と重なる冥なる暗闇の世界でもある。動物や、さまざまな自然物、あるいは神霊や祖霊、精霊までも「命」の世界に住む。

心の世界は、心によって創造された実はバーシャルな世界であり、心の創造によって命を克服する力と共に心の病というべき副作用も産み出してきた。

命とは、運命の命、宿命の命だ。絶対的安心の母なる世界(宿命がなんとかしてくれる)であると同時に、すべてを呑み込んでしまう(宿命から逃れられない)世界でもある。

古代の人々はその「命」の世界のなかで生き、そしてあらゆる「命」はただ従うしかなかった。そこに心が生まれたのだ。そうするうちに、心によって「命」のなかには変えられるものもあるのではないかと気がついた。

大切なことは、どの命が変えられる命で、どの命が、変えられない命なのか、それを知ることだった。それにはまず、命について徹底して知る必要があった。

その方法として孔子は「学」ということを考えたのだ。

学とは、身体による学びである。とても過酷な修行の果てにようやく秘事が伝えられるような、秘儀の行法としての学びだった。

孔子学団の門を叩いたものにはまず、「前・学」の段階の修行が課され、それは孝悌と信愛をベースにした行いの修行で、頭より身体だったのだ。

稽古とは、秘儀を獲得するための行法だった。

心を使う前に「命(運命・天命)」を知ることが求められる。その「命」を知る方法が秘儀の行法である「学」だった。

その修業の過程では、まず行動の重要さをカラダで学び、続いて世界の秩序や秩序化の方法を学ぶ。全身を海綿体のようにして、師匠の発するあらゆるものを吸収する。それによって100%を自分で創り上げていったのだ。
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by ogawakeiichi | 2012-02-25 09:56 | アジア史&思想

宇宙を叩く

f0084105_2016179.jpg2012年が幕をあけた。昨年の末、ことしのテーマは【忍】で、乱世をしのぐつもりだったのだが、ちょいとばかり思うところもあり、【放たれたやんちゃなジジイ】もいいなと思っているところだ。

今年はアセンションとかいう年で、マヤ暦では世界が消滅すると言う人もおり、恐怖ビジネスに携わる方々にとってはインチキになるのか本物になるのかの瀬戸際な年でもある。


と、そんなわけで、今年の一首

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【乱声のキワに蠢く玄の氣よ 火焔の響き陽気舞いたて】

世間はなにかと乱世の様相。歴史を紐解けば、このような事態の変わり目、相転移の触媒としての役割は九州が担ってきた。アジアに伝わる火焔太鼓を乱打ださせ、日本古層の執拗低低音に共振させ陽の気力を呼び覚ます役割を担う九州。いよいよ興の時!!

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※毎年の歌始めは、歌いはまだかという、九州某組の組長の脅しがあってこその一首。←なんのこっちゃ(笑 

ところで我が家は、まだ夜も明けきれぬ元旦早朝、一番弟子、三番弟子と師匠の私の男三人衆は、鹿児島・南洲寺にて参禅。矢野老師の新春読経ボーカリーゼーションにほれぼれしつつ、波乱万丈、なんでもど~んと来いと、臍下丹田をちょいとばかし練ってきた。

世界というもの、なんどきどんな現象が目の前にやってきても、しかと受け止める覚悟があれば、どーってことない。←ほんとかよ~

さてさて、年初めのブログはなんにしようかと相当迷ったのだが、アジアをまるごと俯瞰して図像させれればピカイチの、ぼくのもっとも尊敬するデザイナーである杉浦康平さんの著書、【宇宙を叩く】をブログ始めとすることにする。
↓  ↓

杉浦さんは【宇宙を叩く】のなかで、対をなして陰陽原理を解き明かす火焔太鼓を並べあい、それを対比することで、古代アジアの人々が楽器に託し聞きとろうとした天界の響きから、アジアや日本の深層を流れる執拗低音へアプローチした。
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火焔太鼓は、右方と左方の一対の大太鼓。その意匠は、月と太陽、鳳凰と龍、二つ巴と三つ巴・・・。いくつも対原理が潜んでいる。

舞楽の上演とともに火焔太鼓が叩かれる。神に捧げ、祖霊供養を目的とするため、必ず神の眼を楽しませる舞いがつく。

火焔太鼓はこの舞いの律動を刻む打楽器として、ゆっくりとした、むしろ間のびするようなリズムで叩かれ、舞いは人のふるまいを超え、神への捧げものとなる。

対をなして聳え立つ火焔太鼓、そのデザインのなかで際立つものは、大きく燃え立つ【宝珠形の火焔】だ。その火焔のなかに目を凝らしてみると【龍と鳳凰】の姿がみえる。さらにその中心には【巴紋】。火焔太鼓を叩くことにより、その巴紋が太鼓の響きに加速して渦巻いていくように感じられるのである。

巴のかたちは、また発生時の胎児の姿でもある。古代中国や朝鮮や日本では、この形を「勾玉」として造形し、珍重している。生命力の根源をはらむただならぬ形。勾玉と巴紋は深く相似しあう興味深い形でもある。

人間の体内にも2つの渦が潜んでいる。一つは消化器系のはたらきを統御する口から胃や腸を経て肛門へいたる降下し凝縮するエネルギーの流れ、もうひとつは、身体全体の神経や思考のはたらきを統御する脊椎から脳髄へと上昇し拡散するエネルギーの流れだ。この太極的はふたつの渦が、頭(脳・神経系)と腹(内蔵・消化器系)を中心として人体に存在する。ふたつの渦の共振によって私たちのひとつの身体が形成されている。

杉浦さんは、また火焔太鼓の火焔の中に両界曼荼羅との結びつきにも注目した。曼荼羅(マンダラ)とは、サンスクリット語で「本質(悟りの本質)をうるもの」、あるいは「輪円具足(まろやかに充実した境地)」という意味をもちその世界を極彩色であらわした細密画である。ぼくがインドを彷徨していたとき、たずねた寺院の壁画や、タンカとして書かれた曼荼羅に良く出会った。あるときはネパールのカトマンズでなけなしの金で買い込んだ、けっこう高価な曼荼羅を、タイ・バンコックの飛行場から宿につくあいだのタクシーに忘れ、呆然としたした思い出もある。ちょっとはなしがそれてしまったが、両界曼荼羅とは胎蔵界と金剛界をいう。胎蔵界曼荼羅と金剛界曼荼羅は、中国で9世紀に生み出された重要なふたつの曼荼羅だ。
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インド源流とした金剛界曼荼羅と、胎蔵界曼荼羅のふたつの流れは、中国の長安にいた恵果のとろこで重なり、それを恵果一番弟子といわれた弘法大師・空海が中国から日本へと請来する。

その後、空海により胎蔵界と金剛界のふたつをあわせて【両界曼荼羅】とよぶようになった。
胎蔵界と金剛界。ふたつの曼荼羅は、人間の左身(左脳)と右身(右脳)のように対をなし、同時にまた、左身と右身を溶け合わせて一身となる統合的な宇宙原理を伝えている。

ふたつでありながらひとつになる。ふたつにして一である。これは「二而不二」と呼ばれ、密教の本質を示す深い教えだと思われている。

根本原理は「阿ー吽」や、「陰ー陽」の働きに通じ合う。さらにふたつの太鼓で一組となる。火焔太鼓の意匠の特徴とも重なり合うものである。

私淑する杉浦康平の【宇宙を叩く】は古代アジアの人々が楽器に託し聴きとろうとした天界の響きの意図。左右ふたつの火焔太鼓の細部が、両界曼荼羅との結びつきが読み取れる一冊だ。
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by ogawakeiichi | 2012-01-10 16:48 | アジア史&思想

声字実相義:解読ノート

f0084105_12121148.jpg世の中に本は幾万冊あるのだろう。しかし、その大半が読みたくても読めないもばかり。それをなんとかしょうとする“方法へのチャレンジ”の記録。

まず、俎上にあげたのは【声字実相義】。どうせなら、まったく意味のわからないこの本は好材料だ。くわえて“男だったら一度は通過したい空海”。←司馬遼太郎のことば。

読み解きの導師は、高橋秀元氏。杉浦康平とならぶ図像学の大家。氏のナビゲートで未知の世界、見えないもの、読めないもに食らいついていく。その過程をメモ書き程度に記録していく。たぶん半年かな・・





●未知には3種類の未知がある。まずはだれもがしっているが自分が知らないことだ。実はこの解決はごく簡単で、たとえば辞書を引くなど、その知らないことを注釈してある辞書や情報を探しあてればそれて良い。

2番目は、世界像の違いからくる未知。この場合書物を読んでも世界像を把握しようと思わない限りそれを知ることはできない。たとえば、中国や北朝鮮に対しての世界像の違い。あなたの論理はこうですけど、私たちの論理ではこのあたりにありますと、どこかでマッチングさせる必要がある。

時代の違いにもある。たとえば平安時代と現代とでは分類体系が異なる、さすれば我々がワープしてその世界に入り込み、現代社会とマッチングさせてあげる必要があるのだ。←このあたりコミュニケーション論になってくるので、また後日。空海のコミュニケーションって、こりゃあ、身体性の極だな。。

3番目には、根本的不明。明治期、西周が英文を漢字にしたときなにかが混ざった。翻訳した瞬間に世界像の相違が立ち上げってくる。INFORMとは、なにかが現れようとしている瞬間である。INFOMATIONとは、ある状態で誰かに伝えること。

●まず、不明な言葉がでてきたら、どこかに置いておこう。未知なものはすこしずつ解いていこう。未知なるものをなんとかしよう。わからないから面白い。←そうそう。わかったものなんか、ど^でもいいや。。

読む前に既知化しない。予習は誰かが知っていたことを、オーム返しのようにするだけだ。復習は自分がわからなかった箇所を3つの未知のどれにあたるかを突き止めることである。

誤読の勧め。自分が調子のいい状態にもっていくため誤読なんてきにするな。道元の正法眼蔵なんで、誤訳ばかり。それでもそちらの方がすばらしい場合だってある。音読することで生まれる意識がある。そこに立ち上がるイメージが大切。←これってデザイン思考とも共通するよな。。

音読をしているときに調子がよければよい。黙読法は理解とともに進むが、音読は理解なくしてイメージを引き出して読むことができる方法なのだ。

さてさていよいよ本題の【声字実相義】を読みといていく。



●声字実相義は【叙意】にはじまる。【叙意】とはさわりの部分のことで、つぎの【釈名体義】とは先人の言説をつかって本質を追求すること。

●我々日本人にとってアジア(中国・韓国・日本)を見る方法を考えた時、忘れてはならないことがある。それは【経】という見立て。

●アジアで書かれた本は【経】【論】【義】【疏】の姿をとる。本の内容の全体を【経】といい、それはイデオロギー、フィロソフィーであり人々の規範となった。

●その内容のアプローチのしかたに【論】【義】【疏】がある。【論】とは筋道をたてて解釈すること。さらに論を比較して考え意見を検討して解を導くことを【義】といいい。推測して注釈することを【疏】という。あわせて【経】【論】【義】【疏】

●このスタイルをとった最初の本が、『三経義疏』(さんぎょうぎしょ)。

●『三経義疏』(さんぎょうぎしょ)とは、聖徳太子によって著されたとされる『法華義疏』(伝 推古天皇23年(615年))・『勝鬘経義疏』(伝 推古天皇19年(611年))・『維摩経義疏』(伝 推古天皇21年(613年))の総称。

●ところで現実とはなんだろう。空海に言わせると、それは【見える。聞こえる。触れる】ことである。

●ちょっと思考実験をやってみよう。たとえば、現実界において目の前に鉛筆があるとする。その鉛筆から色を取り去り、匂いを取り去り、質量を取り去っていくと何が残るか?そこから、質量、色、形などを引いていくとなにも残らない。それが空である。この現実から空へのアプローチを【顕教】という。

●われわれの眼にみえる世界に対し、見えない多くの世界がある。たとえば紫外線や赤外線。その見えない実相から、現実へアプローチしていくのが【密教】。そこに神を介在させると神秘主義となる。

●神秘主義とは、絶対者(神、最高実在、宇宙の究極的根拠などとされる存在)を、その絶対性のままに人間が自己の内面で直接に体験しようとする立場のこと。

●声(音声)である響き。字(模様)である光。声や字が発せられると最後はどうなっていくのだろう。空海の密教的立場でいえば、声は永遠に響き合う。これを声常住という。マン(思考)トラ(器)ともいう。インド哲学のヴェーダでは“声は常住なれ”と呼んだ・顕教的立場でいえば、声すなわち言語は、知らせる機能だとした。


と、まあ、そんなとこで・・つづく。
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by ogawakeiichi | 2011-12-22 12:13 | アジア史&思想

空の思想史3

・・・・前回からつづく

ヒンドゥ哲学から仏教が出てきて発展していったインド思想の前半は、龍樹(ナーガルジュナ)に始まる空の思想で、それを「中観」という。

龍樹(ナーガルジュナ)までは【空】と【縁起】は別々の流れとして伝えられてきた。

龍樹(ナーガルジュナ)の中観思想は、「空」と「縁起」の思想を同時化して結びつけた。これが独創的だった。
 
「空」は、サンスクリット語の形容詞「シューニヤ」と抽象名詞「シューニヤター」の合成的な訳語である。漢訳では「空性」(くうしょう)と訳されることも多い。

シューニヤとは「あるもの(x)において、あるもの(y)が存在しない」を意味する。
それゆえ シューニヤという言葉は一般に「yはxに関して空である」とか「yにxが欠けている」「xがyにない」というふうに使われる。つまり「空」とは、いったんは「xがyにない」ということになる。

一方、「縁起」とは、「xはyに依っている」と言う意味をあらわしている。「xはyの原因にあたる」という意味をいう。

では【空】と【縁起】はどのようにxとyの関係をあらわすことになるのだろうか。【縁起】しあっているxとyが、互いに【空】ているとはどういうことか。


龍樹(ナーガルジュナ)の『中論』ではざっと結論をいうのなら、龍樹(ナーガルジュナ)はxとyの空の在り方も、xとyの縁起の有り方も、実は言葉の過信を捨ててかからないかぎりは議論できないと言っているのだ。←これって、どういうこっちゃ??。

つまり、【空】を感じるにはその【空】をめぐる言葉を捨てながら進むしかなく、そのときなお、仮の言葉の意味を捨てながらも辛うじて残響しあう互いの【縁起】だけに注目すれば、本来の「空」を感じる境地になるだろうと説いたのだ。

これは、仏教思想において初めて言語の虚飾を払った哲学として特筆される試みだった。

龍樹(ナーガルジュナ)の中観とは「空の思想」であって、「言葉を空じる試み」であったわけである。


おわり

参考:千夜千冊
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0846.html
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by ogawakeiichi | 2011-11-07 14:29 | アジア史&思想

空の思想史2

・・・・昨日からのづづき↴

例えば、「この本は重要だ」という命題は「この本には重要が載っている(重要性がある)」と解釈されるが、この場合、本体は本であり、重要ということは本の属性と考える。

ある基体(y)にあるもの(x)が存すると考えられる場合、xをダルマとよび、その基体yをダルミンとよぶ。

それでは、ある本があったと仮定して思考実験してみよう!。ほら、あなたの前のその本を材料にして・・・。そこに重要性や、色、大きさ、カタチ、匂い、重さといっ属性のひとつひとつを取り除くことができたと仮定してみよう。色を取って、匂いをとって、重さをとっていき、すべての属性を取り除くことができたと仮定してみると、最後になにがのこるか?

本の属性とその基体との間に明確な区別があるのかどうか、

あるいは明確な区別はないのか?。

じゃじゃん・・

無色透明ではあるが、基体とよぶべき何ものかが存在するというのがバラモン正統派でインド型の実在論と呼ばれ、

なにも残らないとするのが仏教的で、インド型の唯名論と呼ばれる。

(※バラモン正統派の基体が残るとするこの基体のことを世界の根本であるブラフマンと呼んだ。ヒンズー哲学は属性が存在する基体、すなわちブラフマンは存在するとした。このブラフマンは決してキリスト教的な創造主ではなく、キリスト教が神そのものを世界そのもにはなることができないのに対し、ブラフマンはそこから世界が展開し、しばしばそれが世界そのものになるのである。)

龍樹はまた、この世界のすべての存在、現象は原因(因)と条件(縁)によって起こりその現象はそのまま、他の現象の原因とか条件になっているという。

これもまた、そんなバカなである。

空の思想では、存在などないと言ったのに、存在現象は、縁起によって起こされるとはどういうことなのか?


龍樹は、存在現象にそれそれ独自の固有な本性があるわけではない。すべては縁起によって起こされ、自らは無我であり存在現象自体が空性であると説いたのだ。



つづく・・
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by ogawakeiichi | 2011-10-31 11:18 | アジア史&思想

空の思想史

f0084105_10591188.jpg西郷さんの菩提寺である南洲寺にて、留学生会館の弟子と座禅を終えた。日曜日恒例のすき家で朝食を取りながらダベリング。まもなく清華大学の一行や、鹿児島市の姉妹都市、長沙市から副市長一行の来鹿などなにかと慌ただしくなるようだ。

日曜の朝、テレビは報道番組揃い組。どれもこれもがTPP問題で揺れている。TPPのようなマスタープランを社会政策に採り入れていくということはなかなか大変なことなのだが、議論がなにかと未熟すぎると思うのはぼくだけだろうか。これまで、変動相場制やIMF体制や金融自由化を採用したとたん、一気に国内がブローバリーゼーションに突き進んだ。


奈良時代、当時の仏教がまさにそれだった。当時の日本、この頃はまだ倭?にとって大陸経由のアジアの価値観を採用し、それにより国際化するかどうかの大選択だった。物部氏は仏教採用派の蘇我氏に猛烈に反対した。なぜ物部氏は蘇我氏に対立したかといえば、それはそれは古代史の深い闇があり、簡単にココでは書けない←オイラの妄想だが・・(笑 ざくっといえば、両者とも出雲系で渡来系なんだが、さらにその奥が・・

話がそれていくのでもとにもどして・・

さて、立川武蔵の「空の思想史」だ。

仏教の経典でよく知られたものに般若心経にある。その有名な一節に色即是空、空即是色があるのだが、そこにでてくる「空」である。

ぼくはこの「空」に惹かれ、長男に空也と命名しようとしたが、頭がカラッポみたいと親戚縁者から猛反対を喰らい妥協して宙也という名をつけた。

余談だが、長女は結婚前に連れと游行したインドのインドサリーから紗里。次男は裕也だ。←本来なら遊也だったのだが、これまた遊び人みたいだと親戚縁者から猛反対を受け撤退した。

おっとまた話しがずれた。

ぼくたちは通常、自分たちを取り巻くものが「存在」すると思っている。机、家族、自分自身の肉体などが「たしかにある」と考えて日々を過ごしている。しかし、本当にそれらは不変のものとして存在するのであろうか。もしかすると、実際はそれらは存在しないのかもしれない。←わかるかな~

「もろもろのものは、実存生を欠いており、中味は風船のように空である」という考えが龍樹(ナーガルジュナ)の説く「空の思想」と呼ばれてきた。

しかし、そんなバカなである。モノは燃やせば灰になって残る。

そのうえおなじ龍樹(ナーガルジュナ)の説く「縁起の思想」は、鉛筆一本だってモノも行為もなんらかのカタチをかえたり、連鎖したりと延々とこの宇宙から存在が消えることはないと言ってるではないか?


しかし龍樹(ナーガルジュナ)は、すべてが空だと言ってのけたのだ。
そればかりか、神の存在も自己の存在も否定した。神もなく自己もなく、世界すらない思想、それが、彼の言う「空」なのである。

空の思想を眺める前に、最初に理解しなければならないのは、空は概念として孤立(自立)していないということだろう。わかりやすくいえば空は「空じる」という動作的な過程であらわれる意味であって、すなわち思惟であって、行為なのである。

つまりこちらから「空」に近づかないかぎり、「空の思想」は理解できないということだ。

つづく。
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by ogawakeiichi | 2011-10-30 11:00 | アジア史&思想