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彩遊記

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空海の夢・松岡正剛

f0084105_15212646.jpgぼくの母方の先祖の墓は、高野山にある。といっても和歌山県の高野山にあるのではない。薩摩川内市にある真言宗・泰平寺ってお寺だ。地元の人には弘法大師さまの高野山と言ったほうが通りがよい。豊臣秀吉が薩摩攻めの際、薩摩方の大将・島津義弘の降伏にともない両者が和睦をした場所でもある。

ここには、そのとき秀吉が座ったといわれている和睦石が残っている。その石を利用してちょっとした枯山水があるのだが、その石組みをしたのが母方の祖父だ。ぼくは祖父からたいそう可愛がってもらった。墨絵も達者で、その溌墨はまるで汪蕪生の「黄山幻幽」のようだった。

多分にぼくが今こうして、美術の周囲を彷徨しているのも祖父の血の遍歴がしっかりとぼくのなかにも存在しているからなのだろう。そんなわけで「こうやざん」というコトバの響きは、幼いころから何時の間にか、耳の記憶にインプットされていた。

本物の高野山を尋ねてみようと思いながら時が過ぎるのは早い。昨年秋。北京から日本へ向かう飛行機の中、備え付けの機内誌にある日本地図をみていた。そのとき突然日本の原風景を巡礼したくなっていた。今から思えば、人生のタイムアップまでの残り時間のことで心が騒いだのだろう。

「言霊の高野山」が「事実の高野山」になるまで実に40年が経過していた。以後、「弘法大師さま」は、ぼくの中でのっぴきならないものとなってくる。

枕元にはいま、松岡正剛氏の著書「空海の夢」がある。聖書のような読み方で傍らに置き幾度でも読み返す。あるときはお気に入りの喫茶店でデミダスの香りの中、ボールペン片手にしっかりと向き合って読む。時とともに蓮花で飾られた黄色い表紙はしだいに磨耗していく。

ぼくが、「空海の夢」をはじめて手にしたときは、まったくの五里霧中。これはどういうことかというと、書の霧の向こうに、正体の片鱗が薄っすらと見えてくるのだが、気がつけば、狐につままれたように、なんにも見えなくなっている。今度は消えてしまわないうちに面影だけでも記憶しようとするのだが、シッポを掴んだかと思うと、これが不覚にも記憶エラーを起こし取り逃がしてしまうのだ。

ふと「求聞持法」が脳裏をよぎるのだが、このキラーソフト獲得に、狂気の沙汰と時を費やす覚悟はできていない。

ぼくは20代初め「法華経」の霊鷲山、「転法輪教」の鹿野苑と彷徨していた。気がついてみれば、アジアの彷徨と神々の風景はセットになっていた。
実は「空海の夢」を手にする前、未だ紡いだことのない朽ちかけた彷徨の記憶一本一本を、「松岡氏の知」で染めながら一枚の織物にしておこうと画策していた。しかしこの構想はもろくも崩れ去る。いくら密教風土があった「風景場面」を彷徨したとて、空想による「観念場面」が際立つ密教と、縦横無尽に繰り出す「松岡氏の知」には、アジアの彷徨の記憶の糸など紡げる余地も無い。思想の海図を持たなかったのが原因だ。

さて「空海の夢」はというと、文節一句ごとにホロニクスな散華のごとくばらまかれた「松岡氏の知」の異なるリズムが同期する。あるいは、多様なリズムが強調振動をおこすエントレインメントで綴られる。それは胎蔵界曼荼羅の如く深遠で、金剛界曼荼羅の如く放射をはじめる。その放射弧は系を越えて突きささり、そこには空海の“図”が浮かび上がる。たとえばそれは生物学・生命科学の“地”であり、数学の“地”であった。系を自在に飛び回り、松岡氏はあらたな空海マップを提示してきた。

こうなるとぼくの意識は活字の上で立ち往生するだけで、一歩も進めなくなっていた。
理由は明解だ。マップを読み解く「単語の目録」が存在しないのだ。

「空海の夢」を読み解くことは到底一筋縄ではいかない。ぼくの中では、これはまさに密教の「行」そのモノなのだ。ヤルからには覚悟がいる。内藤湖南や南方熊楠はそうした「準備と覚悟」を怠らなかった。ぼくは先ず文脈に散った「単語の目録」を拾い上げ「イメージの辞書」を作るべく『空海の夢』の地道なトレースから始めた。まもなく1年が経過する。「トレースすること」と、「腑に落ちること」の関係は、そう易々と一致させてはくれないのだが・・・。

しかし、知ってしまったのだ。「準備と覚悟」の継続に、ヒトの想像力と直観力をゆっくりと立ち上がらせ、それがある臨界値を突破したとき一気に全体的溶融がはじまり、ついにはまぶしい光輝そのものが仕組まれていることを。
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by ogawakeiichi | 2007-01-27 15:21 | 日本史&思想

松岡正剛追随記・荘子

荘子といえば、『胡蝶の夢』だ。
どんな話かといえば、うつらうつらと夢をみていた。
ふと気がつくと自分がふらふらと胡蝶になっている。
胡蝶となって空を飛び、花から花を上から眺めて遊んでいる。荘子は夢に胡蝶となった。
けれども、夢の中では、胡蝶そのものが荘子となってひらひらと飛んでいる。
そのうち、その夢の中の胡蝶の目がさめて、荘子は再び荘子にもどっている。
荘子がすぐに目を覚ましてのではない。
胡蝶がまず目をさまし、そうしたら、荘子の目が覚めていた。
はたして荘子が胡蝶の夢をみていたのか、それとも胡蝶が荘子の夢を見ていたのか・・

次の話は荘子の先輩格、列子が教えたはなし。
ある宰相に仕えている下僕は一刻も、休むまもなく働いている
男で夜にはぐったりしている。ところがなぜか毎晩、夢を見る。
夜の夢ではたいてい自分が宰相になっていて、その宰相を下僕につかっている。
これでは下僕の白昼の労働の苛酷が本物なのか、夜の夢の日々の快楽が本物なのか
わからない。

考えてみれば、われわれはいつだって夢うつつのようなものだ、
だれかに会いたい、おいしいものを食べたい、いつかお金を儲けたい、
そう思っているときは、まさに夢うつつに居る時なのだ。

それが、思想といったって芸術と言ったって、結局は夢うつつの行ったり来たりなのだ。
思想も芸術も経済も最初からあったわけではない。
どこかでだれかか、夢うつつになったのだ。

ふたつの話は、荘子の斉物論だ。
これはどういうことかというと、彼此・是非の区別を超えて万物は斉一であるという。

万物は一刻もとどまることなく生滅変化する、一切の変化を支配する根本原理の「道」がある。
この「道」に即していうならば、一切の事物に区別はなく、
あるときは蝶となり、あるときは人となるり
夢とか現とか区別することは無意味なんだという。

荘子の思想をよく相対的だというものがあるが、荘子はそこにはとどまってはいない。
絶対に向かうというならよくある話だが、そうではなく、たえず相対を超えていく。
そこに無為をもってひらひらとする。これが、荘子なのである。


老子も荘子もタオや、道家思想を説いてはいるが、
老子の『無為自然』とは、すこし異なる。
老子のタオは粗なるものに対しての精なるものであり、
荘子のタオは太始も太終も茫笏だ、
そこには形もなくて常もなくぼうこまいこのタオである。

老子は為政者が無為自然、少私寡欲(私心を少なく欲を少なくする)、
和光同塵(才能を隠して世俗と交わる)などの控え目な態度で政治を行えば、
民は政治の権力を感じないで平和に朴訥に生きていけるという。
また、大国よりも小国寡民(国土が小さく人民が少ない)の方がよく、
外交では常にへりくだるのがよいという。
「柔弱なるものは生き、堅強なるものは死す」という天地自然の法則に従うべきと説いた。

一方、荘子は政治そのものを無為自然に反するものとして軽蔑冷笑している。
「役に立つということは、大切なことではない。役に立つものは命を縮め、
役に立たないものが命を全うする」という、
荘子独特の考え方である。これが有名な荘子の『無用の用』だ。

老子と荘子の思想はかなり接近している
まとめて老荘思想という。
これに対し、孔子の儒教はまったく違う。

孔子は、必ず名を正さんかといい、名と実を合致させた。
それにふさわしい言葉を使うことを奨励した。
これが、孔子の『儒』。

荘子は「われ、こころみに汝のために妄言せん」と言い、
「汝もまた妄聴せよ」と続けた。

これが、有名な孔子の『正名』に対し荘子の『狂言』である。
『儒』にたいしての『遊』である。

荘子のことばは、さしずめ無限語的始原から発してくるような
そういう言葉である。
つまり、どうにでもとれる言葉である。
これをしばしば荘子の寓言、重言、し言という。


荘子は荘周という。
紀元前4世紀末から3世紀あたりの宋の豪の人である。
現在の河南省商丘という街にあたる。
これは司馬遷の列伝にかいてある。

興味深いのは、、そこは老子が生まれた楚の苦県とそんなに離れていない。
ここらあたりにタオエネルギーが溢れて、このあたりから老荘思想が誕生していたのだ。

つづく・・
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by ogawakeiichi | 2007-01-18 13:32 | アジア史&思想

囚人のジレンマ


http://www.ffortune.net/spirit/sinri/prisoner-dilemma.htm
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囚人のジレンマ
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囚人のジレンマというのは次のようなケースです。

何かの重大事件で二人組の犯人が捕まった。それぞれ別室で取り調べを受けている。この時、Aは迷う。自白すれば、かなり長い刑期が待っていそう。なんとかごまかしてシラを切り通すことはできないだろうか。しかし自分が犯行を否認している間にBの奴が自白し、自分も共犯であると言ったら自分の心証が悪くなる。それよりは先に自白して、反省の念を示し、情状酌量される道を模索したほうが良いのではないか。しかし向こうも頑張っているのに自分が罪を認めてしまうと、もしかしたら証拠不十分で釈放される道を自らつぶしてしまうかも知れない。

当然Bの方も同じように悩み、この精神的圧迫から結局両者とも崩れていき自白に至ってしまいます。このように自分と相手の行動の組合せで良いことと悪いことが極端に転換するケースを「囚人のジレンマ」といいます。

上記の場合では

 ・自分が頑張って相手も頑張ればとても良いことがある。
 ・自分が頑張って相手が挫折すると、こちらが手痛い目に遭う。
 ・自分が挫折して相手が頑張っていたら良いことを逃す。
 ・自分が挫折して相手も挫折したら、あまり好ましくない方向に行く。

といったものです。少し書き直すと

 ・自分が頑張り続けた場合
   相手も頑張ってくれたらとても良いが、
   相手が挫折すると、とても悪い。

 ・自分が挫折した場合
   相手が頑張っていたら、けっこう悪い
   相手が挫折していたら、まぁまぁ。

つまり 100点か0点になる道を選ぶべきか、70点か30点になる道を選ぶべきか相手の行動によって自分の行動の意味が逆転してしまうのが苦しい所です。

似たようなのでは、麻薬取引問題というのもあります。

AとBが麻薬取引をすることになった。しかし、二人は直接は接触しない。ある場所を決めておいて、Aが現金の入ったスーツケースを持ってその場所に置いてきて、そのあとBが麻薬の入ったスーツケースを持ってその場所に行きスーツケースを交換して持ち帰る。そのあと又Aがその場所に行き麻薬のスーツケースを持ち帰る。

しかしAからすると現金を渡したのに相手はもしかしたら小麦粉を渡されるかも知れない。また、こちらが新聞紙を詰めたのを渡して、まんまと麻薬をせしめられたら大もうけ。Bも同様のことを考えます。

これはよく心理学実験で行われます。これを実際実験で繰り返しやらせて、統計を取ってみると、初期の段階ではけっこう相互裏切りがあるのに対して次第に減少していき、逆に相互協調が増えていく傾向があると言われます。

つまりなかなかお互いに最初は相手を信用できずに疑心暗鬼になり、裏切られると次はこちらも裏切るということが続くので、取引が成立しないのですが、やがて落ち着くときちんと協調関係が築かれてくる、という訳です。

こういう心理は全く逆の環境の中でも起きることがあります。

ベトナム戦争の時、米軍は前線のグループをだいたい2週間程度で交替させなければならなかったそうです。それはなぜかというと2週間も前線で戦闘をやっていると、そのうち兵士たちがベトコン側の前線の兵士と気が通じ合うようになってしまい、あまり積極的に戦闘しなくなったからだと言います。

こういう話を聞くと、私は人間の性善説を信用したくなります。

http://www.ffortune.net/spirit/sinri/prisoner-dilemma.htm
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wiki より

現実世界でも囚人のジレンマないしそれに類似した例を見つける事ができる。例えば核開発では、A国とB国が両方とも核開発を止めれば平和が維持できるにもかかわらず、相手国が裏切って核開発をはじめる恐怖に耐え切れず、双方とも核開発をはじめてしまう(恐怖の均衡)。また低価格競争でも、A社とB社が両方とも値下げを止めれば利益を維持できるにもかかわらず、相手企業が値下げによりシェアが奪われる恐怖に耐え切れず、双方ともに値下げ合戦をして利益を圧縮してしまう。このように囚人のジレンマは政治・経済の解析にかかせない。

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囚人のジレンマ集
ここを、理解しなくっちゃ、本物の囚人のジレンマは血肉とはならないですね
是非、クリヤーしときたい。
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by ogawakeiichi | 2007-01-18 09:51 | 只記録

ランダムネス

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はじめに――無限の可能性


――ルイス・キャロル(1832-1898)「ジャバーウォッキー」(柳瀬尚紀訳)



一匹のサルが背中を丸め、キーボードの前に座っている。その毛深い指が「無意識に」キーをたたく。するとコンピュータの画面にaの字が現われる。そして次にn、スペース、それからa、p、eと続く。このようにしてサルがanapeという単語を打つ、なんていうのはちょっとありえない話に思える。しかし、ランダム・プロセスの理論によると、サルは、まったく何を言っているのかわからない文章から本書まるごと一冊分のテキストまで、考えられるすべての文字配列を生み出せるのである。

 私はずっと前から、ランダムネスによって生まれるいわゆる無限の可能性というものにひかれていた。何年も前、まだ高校生のとき、きわめて著名な天文学者で物理学者でもあったアーサー・スタンレー・エディントン(1882-1944)の次の言葉に心を打たれた。「多くのサルがタイプライターを打ち続ければ、大英博物館にあるすべての書物を書くことも可能であろう。」

 エディントンが強調したかったのは、そのようなできごとは実際にはありそうもないということであり、理論的には起こりうるが実際にはありえないことの例としてあげたのだった。しかし私の脳裏には、多くのサルがカチャカチャとタイプライターを打ち、世界中の書物をつくり続けている映像が浮かんでいた。

 いま読者のみなさんが読んでいるこの序章は[原文で]約2000の単語(スペースも含め約1万字)で構成されている。キーボードの前のサルは、アルファベット全26字のキーと、他に句読点、数字、スペースなど14個のキーから選ぶことになるので、全部で40もの選択肢がある。はじめにaを押す可能性は40回に1回。次にnを押すのも40回に1回、そして次もその次も……と続いていく。結局、サルがこの序章を書くには何度も何度も正しい選択をしていかなければならないのだが、その確率は、40分の1を1万回掛けたもの、つまり40の1万乗回に1回である。この40の1万乗という数は、宇宙に存在するといわれている原子の数1080よりはるかに大きい。

 サルのなかの一匹が偶然この本を書きあげるまでには、ずいぶん長く待たされることになるだろうし、それが米国国会図書館や大英博物館にある何百万もの書物すべてともなれば、想像を絶するほど長い時間待たされるだろう。さらに、彼らの打った膨大な文字列から完全な文や彼らの独創になる有意の文を探すのでさえ、とんでもなく面倒であまり実りのない仕事である。それに比べて人は、サルよりもはるかに効率よく意味のある文字列を書くことができ、その編集の手間もずいぶんと少なくてすむ。

 数学者や科学者も含めほとんどの人は、「ランダム」という言葉を理解していると思っている。彼らは、コイン投げから放射性物質の崩壊までさまざまなランダム・プロセスの例を示すことができるし、逆に太陽に対する地球の公転運動からビリヤードの玉のはね返りやバイオリンの弦の振動まで、偶然ではない現象の例も示すことができる。

 われわれはしばしば、何か乱雑なことや不規則なこと、パターンがないこと、または予測不可能なことに対して、「ランダム」という言葉を気軽に使いがちである。そしてまたそれをチャンス、確率、運、偶然などという言葉と結びつける。しかし、さまざまな文脈で使用する「ランダム」という言葉の意味を考えると、曖昧さと不確かさがどうしてもつきまとう。ランダムネスのとらえにくさをつきつめていくと、この世界の理解可能な根底にもどり、確信をもって知ることのできる限界を定義できるようになる。

 われわれは、何か決めがたいものごとをコイン投げで解決しようとすることがある。ただし、熟練の手品師にかかれば、コインを投げる前から結果はわかっているのだが。そのうえサルがキーボードをたたく話であれ、原子が結合し結晶が形成される過程の話であれ、偶然によって支配されるプロセスが秩序だった結果を生むことがある。また同時に、スタジアムの形にしたビリヤード台での玉のはね返り方や、バイオリンの弦の不規則な振動によるキーキーという音のように、決定論的なプロセスが予想できない結果を生じることもある。さらに、香水の分子が空気中に漂うようすをコンピュータでシミュレートするのに必要な公式ですら、つくろうと思えばつくれるのである。

 ランダム・プロセスとこのような結果を区別するのは、とても重要なことである。たとえばわれわれは、サルがキーボードをたたくとランダムな文字列ができると考える。ある文字列がランダム・プロセスによるものとわかっているならば、文字列そのものもランダム、または意味がないと解釈するだろう。しかし、その文字列の出所を知らなければ、いろいろな方法でその意味を(もし意味があるならば)考えるだろう。実際、読むということそのものに、紙に印刷された文字やコンピュータの画面に映し出された文の意味を探すことが含まれているのである。

 たとえば、この章のはじめに引用したルイス・キャロルの「ジャバーウォッキー」という詩の一節を考えてみよう。わけのわからない言葉が並んでいるにもかかわらず、われわれは、見当のつきそうな言葉と語感などから、著者が何をいおうとしているのか推測する。しかし、同じ文でもサルが打ったものだとわかると、構造やパターンなど無視してただのわけのわからない文としか見ないだろう。

 同じようにコイン投げでは、何度も何度もコインを投げると表と裏がほぼ同じ回数出る、ということは経験(または理論)により知っているが、ランダム・プロセスにおいてはたとえ25回連続して表が出たとしても、ありそうもない結果ではあるものの理屈に合わないわけではないと考えてしまう。しかし、ほんとうにコインに偏りがないかどうか、あるいはコインを投げているのはどういう人か、などをチェックすることは、それらの状況がデータに対するわれわれの判断に大きく影響する以上、おろそかにはできないだろう。

 それと同時に、表と裏がだいたい同じ回数出たからといって、偏りがないコインを投げた結果であるとは断定できない。表と裏の出現分布を等しくすることなど、ランダムネスによらずともコンピュータでプログラムをつくれば可能だからだ。このように任意の表と裏の結果に対して、ランダム・プロセスによるものなのか、それとも簡単な公式によって得られた結果なのかどうか、自信をもって答える術はない。

 「純粋に数学的な立場からいうと……ランダムネスの概念はきわめてとらえにくく、その存在すら怪しくなるほどだ」と、数学者マーク・カッツは1983年にランダムネスの性質に関する論文で述べていた。またカッツは、ランダムネスについて状況に応じて異なった解釈をすることに批判的である。たとえば生物学者のジャック・モノー(1910-1976)は『偶然と必然』のなかで、物理学で研究されている放射性物質の崩壊のような「操作するうえでの不確定性」と、「本質的な不確定性」とでは差があるとほのめかし、後者の例として、往診にいく途中、建物の屋根から落ちてきたレンガに当たって死んでしまった医者をあげている。

 カッツは、モノーの区別にほんとうに意味があるとは思っていない。落ちてきたレンガによって死亡した医者の統計は簡単には手に入らないが、「本質的な不確定性」に分類される事象として、ウマに蹴られて死んだプロシア兵の人数の大規模なデータは存在する。実は、ウマに蹴られて死んだ兵士の数と、放射性物質の崩壊する原子の数のデータを比べると、二つの事象の分布はとても似ているのである。

 数学と統計学は、さまざまな意味のランダムネスという言葉を分類したり、何を知ることができ何を知ることができないのかを区別したりする方法を与えてくれる。また、いろいろな状況で予測を行う手助けをしてくれる。そしてほとんどの場合、そこには保証などなく、ただ確率だけがあることに気づく。われわれは、そのような確実性の限界を知るためにも学ぶ必要があるのではないだろうか。

 本書は、日常生活のなかで出会う秩序あるものないものすべてごちゃ混ぜの世界へのランダムな旅である。そしてこの旅の途中で(見落とされがちではあるが)われわれの生活に大きな影響を与えている数学の一部を明らかにし、その無駄のない優雅さと美しさに触れ、また数学のちょっとした遊び心を見てもらいたい。

 パターンの構造を明らかにすることは、数学の世界では重要なテーマである。そしてこの探求によって、ランダムネスに隠された秩序と、秩序に埋め込まれたランダムネスとが織りなす興味深い関係に気づかされるのである。それはまた数学者を魅了しとりこにする分野の一つでもある。

 私のねらいは、ランダムネスの驚くべき一面を暴く「数学X線装置」をみなさんに提供することである。このスナップショットによって明らかにされる数学の骨格は、ルーレットの気まぐれなふるまいから心臓の細胞がいっせいに動いて起こす鼓動まで、広範囲の現象を理解する骨組みを与えてくれるはずである。これは時計を分解し、どうしてチクタク鳴るのか調べるようなものだが、ここではギアやレバー、歯車などのかわりに、方程式やいくつかの数学的な器官を見ていくことになる。

 ドラムの皮の振動を特徴づけたり、タイに住むホタルの大群がいっせいに瞬くのをモデル化したり、サイコロを使ってゲームをしたり……これらは数学を日常生活のさまざまな側面に関係づけてくれる数学的な娯楽といえる。これら遊びのような活動が刺激になって数学の斬新な考え方が生まれてきたのだし、またこれらはどれもランダムネスを遊びの要素にしたものでもある。

 数学には、パズルを解く楽しさや難しい問題を解決する興奮、パターンを見きわめ一見意味のないことに意味を見つけるスリル、そして永遠の真実をつかんだときのあふれんばかりの満足感がある。それは、とりわけ人間的な営みであり、ときには実際の応用などまったく念頭にないまま数学のための数学として追求されたり、ときには世間の関心に力を得て研究されたりするが、やがてはかならず前人未踏の領域が切り拓かれる。数学の研究はつねに新しいアイディアを導入し、すでに確立した理論との興味深い関係を明らかにしてきた。偶然の観察や知見に裏づけられた推測がまったく新しい研究分野へと発展し、それはまた不思議と他の領域とつながっているのだ。

 定理や証明、そして論理によって、数学は一種の確実性を与えてくれる。しかしほんとうにやっかいな部分は、抽象的な数学の世界とわれわれの住んでいる世界との間に意味のある関係を築くところにある。それらの関係を見つけたとき、数学は適切な説明を与え、現実世界の問題に対する解答をつくり出し、正確な予測もしてくれるだろう。またその関係をつくることにより、われわれは抽象性と記号に満ちた数学者のゲームに生命を吹き込むのである。

 興味深いことに、ランダムネスやカオスや秩序の数学は、完全な確実性から何とか脱出できるかもしれない機会――決定論に支配された世界で自由意思を働かせる機会――を提供してくれる。実際われわれは、わくわくするような秩序と無秩序の相互作用のなか、先が読めず、だからこそ面白い状態に、永遠に宙吊りになっている存在に思える。この世はまったく理解できないほどクレイジーな世界でもないし、何も新しい発見がないほど予想できることばかりでもないのだ。

 このランダムネスの密林への旅は、サイコロゲームから始まる。そして生命の海に漕ぎ出し、群衆のふるまいや生物組織の複雑さ、ホタルの瞬きの構造などを考えよう。それから音と振動の世界、フラクタルとゆらぎの世界をさまよい、完全なるカオスの世界をランダムウォークする。ギャンブルの世界を覗いて、ツキのある人生を願おう。

 ではみなさん、よい旅を!


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by ogawakeiichi | 2007-01-18 09:26 | 只記録

墨子

f0084105_01657.jpg美術学部脇のビデオ屋でDVD『墨攻』を借りた。酒見健一の小説を森秀樹が漫画化してジェイコブ・C・L・チャン監督、アンディ・ラウ、アン・ソンギ出演による日・中・韓国合作映画だ。

映画の話はさておき、きょうは『墨攻』に描かれた諸氏百家のひとつ『墨家』である。

陽明学(明の時代)のような比較的新しい思想は、古代からその流れを追わないとなかなか理解しにくいが、

墨家思想は紀元前5世紀頃といわれているので、歴史的経緯はわりとわかり易い。
ただ、命を顧みないモチベーションが、うーーん。いまいちわからん・・

墨家はたんなる思想集団ではなかった。
戦国期の思想集団としても、同時期の儒家とは比較にならないくらい体系化された思想と、論理をもっていた。

ところが、始皇帝による秦の建国事業の中で、忽然と姿を消してしまう。
墨子は生涯不明なところが多く、生没年さえわからない。

墨子が創設した墨家学団の本拠は『魯』の国にあった。
孔子の学団とおなじ国である。けれども論語はいちども墨子にふれることはない。

一方孟子は、墨子のことをつよい調子で非難をしている。ということは
孔子より後、孟子より先ということになるのか。

いずれにしても諸氏百家の時代の半ば、紀元前5世紀くらいに墨子は活動していたに違いない。

この時期は『儒家・道家・陰陽家・法家・名家・墨家・縦横家・農家・小説家』の九流十家に加え、
兵術・砲術・医学を専門とする諸子が、ある意味ではクリエイティブに、ある意味ではディスベートに争っていた時期である。

そうした諸家百家にあって、墨家がもっとも勢力をもっていた。
韓非子も、『世の顕学は儒墨なり』と書いている。

墨家はことごとく、儒家に逆らった。
孔子の論語が鬼神をあいてにしなかった。
反対に、墨子は鬼神をこそ確信すべきだと説いた。

墨家は、天志と明鬼の関与を信ずるがうえに、
人は天の志に従うべきだという哲学をもっていた。

天の下にいる人はすべからく兼ねあって博愛に徹するべしと説いた。
これが、有名な『兼愛』である。

儒教の愛は一家の愛を中心に国家愛までたかめようとした。
墨家はこれを別愛(差別愛)だとして非難した。
墨家の愛は世界史上初の普遍的博愛主義だった。

墨家の説く『兼愛』は君子と臣下のあいだに上意、下達の制度と哲学をおこなおうとするものに対しては邪魔なものである。
国をつくるにも障害になる。墨家はこのような事情から各派にきらわれ、排斥された。

一般に、人を殺すことは、どんな時代のどんな政治家も認めていない。それなのに、戦争になると、多数の殺害が平気で容認される。
一人の殺害を国法や社会の法で裁いている一方、他方では多数の殺害を正当化する何かが動いている。いったい戦争とは何であるのか、いっさいの哲学と制度と愛を踏みにじるためにあるものなのか。戦争を仕掛ける行為をこそ問うべきである。相手に攻撃をかけたい社会意識と国家主義こそ打倒すべきものである。これを墨家の『非攻論』という。


ところが、墨家はここからが異常なのである。『非攻』であっても『墨守』なのである。
戦いは決してしかけないがその戦いに屈することも肯えんじえない。

墨家はここで立ち上がって、守り抜くための戦争を断固として挑む。

墨家は頼まれればどこにでも傭兵的集団として、出かけていく。そのリーダーを『巨子』といった。

このような墨家集団が、秦の始皇帝の建国を前にして跡形もなくなくなっていく。

いったいなにが、おこったのか。ひとつには集団自決したと考えられている。

戦国時代が終結して、秦の始皇帝の一大事業に役割を果たせなかったのか、
役割を果たせたのにも関わらす評価されなかったという
事情も関与しているだろうと思われる。


墨守とは絶対に守り抜くということ。

墨家は『任』の字をしばしば標榜した。

この『任』は墨家こそ消えたものの、姿をかえて太平道や五斗米道に、また水滸伝のなかに蘇っている。

それにしても謎の多い、集団だ。かっての強靭な集団維持力と組織紐帯力が災いして、まるでヤクザか暴力団か、任侠の徒のごとく、国家の犠牲にたっていったのかもしれない。
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by ogawakeiichi | 2007-01-13 00:04 | アジア史&思想

陽明学。上巻

中国に住んでいる間に、どーしてもヤッツケておきたかったことがある。
それは、なんだ?と言えば、・・・中国古典思想。
儒教から道教、うーん、とてもじゃないけど
一筋縄ではなかなかいかない。手に負えない。
気分はユックリ、時間はセトギワ。
取り掛かかってみるしかない。
整理という行為で一番おいしい思いをするのは脳なんだって。
昨日、モギケンがブログに書いていた。
さて、王陽明の陽明学から、
中国古典思想をガリガリ砕いて、脳にパラパラとおいしい味を与えてみたい!。
昨年、帰国したとき書店店頭に細木数子の旦那?安岡正篤の本が
山積みされていたのだが、、陽明学ってブームなの?

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by ogawakeiichi | 2007-01-09 15:06 | アジア史&思想

南日本新聞コラム・清華大学美術学院

f0084105_12492255.jpg中国の最高学府といえば清華大学。十二月下旬、北京の西北部に位置するその清華大学をたずねた。

一般にはネームバリューのある北京大学のほうが最高学府とおもわれがちだが、近年、
朱鎔基・元首相、現在の胡錦涛・国家主席など国家指導者を卒業生から輩出して以来、清華大学の人気が上昇。文字通り現在、中国のトップスクールに君臨した。 

これまでは『理系の清華・文系の北大』と呼ばれ双璧をなしてきた両校だったが、大学改革による「総合大学化」への取り組みで、どうやら理系・文系のすみわけもあやしくなりつつある。

この両校だけで国から大学へ分配される交付金の内訳が、3分の1を占めるというから、中国政府がいかにこの二つの大学を重要視しているかが窺える。

両校は東側に清華大学、西側に北京大学が隣接する。日本でいえば、東大と京大が隣同士に並んでいるようなものだ。

さて、清華大学のキャンパスのことだが、とにかく広い。
校内を走る循環バスに乗った。乗客は学生たちより、地方なまりのある観光客であふれる。
清華大学は学問の府であるとともに、清の時代、王朝の庭園があった観光地でもある。
なにしろ南門から北門まで約三キロもあるいう。最高学府の貫禄十分。しかし、こんなに広いと学生たちの移動も大変だと思うのだが・・。
学生たちは顔が痛くなるほどの北京の寒さのなか、並木のつづく学内を白い息を吐き、肩を並べて、おしゃべりしながら自転車のペダルを踏んでいる。寒空の中、テニスコートではボールを打ち合う学生たちもいる。見るからエネルギーありそうな彼らには、この寒さも、キャンパスの広さも、あまり関係なさそうだ。

じつはこの清華大学に、中国デザイン界の頂点にたつ精華大学美術学院(美術学部)がある。
数年前、美術大学のトップの一つであった中央工芸美術学院を併合。中国のデザイン界に旋風を巻き起こした。清華大学の持つ理系の技術とデザインを紡いでいこうという戦略だ。
幸い、美術学部にいる知人が学部内を案内してくれ、教室や展示室、学生たちの様子を垣間見た。 

中国の建物は表からの見た目はよいが、内部になるとアレレと思わせることも多いのだが、デザイン界トップのプライドだろう、照明から展示の繊細な部分まで手が込んでいる。勉学の環境としてこれ以上のものは無い。

美術学部は女子学生が多く華やかだ。彼女たちの放つ“彩り”からは「中国的なキッチュなセンス」が急速に影を潜めていく予感がする。

中国は今、以前の日本がそうであったように、海外のいいものを見つけては、個人がすぐさま取りいれていく時代になった。 国民所得と同様に、中国人の美的センスも目覚しい向上が始まっている。
車窓から見る夕闇迫る北京の街は、訪れるたびにセンスの良くなるウィンドウの飾りつけや、クリスマスツリーの光に彩られていた。
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by ogawakeiichi | 2007-01-07 12:43 | 南日本新聞コラム

新年好


あけましておめでとうございます。ことしもよろしくお願い申し上げます。
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by ogawakeiichi | 2007-01-03 10:32 | 只記録