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彩遊記

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秦氏の研究事始

f0084105_1333527.jpg古代日本を知るためには、秦氏の存在が大きな鍵と鍵穴になる。

秦氏といえば、天皇家に寄り添うことで日本をデザインしてきた藤原家の本来である。

近衛文麿や熊本の殿様、細川氏へ、薩摩の島津氏も惟宗姓から秦氏へとつながる系図であり、本来の源を同じくする。もちろん人間の祖をたどれば、アフリカの一人の女性に辿りつくミトコンドリア・イブのことがあるがそんな15万年前ではなく飛鳥から奈良時代にかけての話だ。

日本のグランドデザインを語る上で、どうしてもまとめておかなければならなかった秦王国。そのシンボルである宇佐神宮を訪ねた。

宇佐神宮で祀る八幡神は、「八幡大菩薩」とも呼ばれ、伊勢神宮に次ぐ尊崇を受けた最高の国家鎮護神。またその一方では武士政権の最大の守護軍神でもある。現在も、全国に約二万四千という日本第二の分社を数える。ちなみに第一位は京都伏見稲荷大社を総社とする稲荷神社だ。

宇佐神宮の本殿には、一之御殿には応神天皇、二之御殿には比売(ひめ)大神、三之御殿には神功皇后が祀られ、一番偉いのは応神天皇ということになっている。ところが、実際本殿に行ってみると、その配置がおかしいことに気付く。本殿左から、応神天皇、比売大神、神功皇后の順番で並んでいる。常識的には、本殿に向かい合ったとき、一番格上のものが中央に配置されているはずである。また「二礼、四拍手、一礼」が宇佐神宮での拝礼だが、この拝礼作法があるのは全国で出雲大社と宇佐神宮だけである。

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by ogawakeiichi | 2008-08-31 13:58 | 歴史アブダクション

五輪と国家

f0084105_11411153.jpg八月八日八時八分。ラッキーナンバー『八』が連なるこの日時、北京オリンピックが開幕する。
中国の街々では、北京オリンピックのスローガン『一つの世界、一つの夢』がプリントされたTシャツを着た人で溢れている。

しかし、北京で暮す一般の人々、海外からの留学生、駐在員にとっては、ワクワク感より、テロに対する中国政府のピリピリ感で、夜の街では、うかつに酔っ払えないという。
国家が国旗をもって入場するオリンピックは、日頃、意識しない『自分の国』に思いを巡らす。

誰もが『自分の国』を応援する、にわかナショナリストになる。
とくに中国の場合は“愛国教育”の影響もあって、五星紅旗を振り回し、異常なほどに盛り上がる。

もともと国家というもの、力をもった親分が、「ここは俺様の縄張りだ!」と、支配する範囲を枠で囲うことにはじまった。

『国』という、字は、□(クニガマエ)の枠で囲まれている。はるか昔、その境界線は、河や、砂漠や、山の稜線であった。

次にその小さな枠同士が、消滅、拡大を繰り返し、次第に国としてのカタチをつくっていく。
そこに、経済システムが生まれ、外からの圧力に対抗するため軍事力が生まれ、義務教育、裁判制度、医療制度などが生まれてきた。国家が営業をやってきた。

オリンピックの開会式で入場行進する選手は、営業するどこかの『国』に属すことになる。

国境線を簡単に消したり引いたりするわけにはいかない。それが『国境』というものだ。
しかし、この国境の枠を超え、国籍を変えオリンピックを目指す選手もいる。巨大な人口をもつ中国は特に多い。『海外兵団』と呼ばれて非難、恐れられてもいる。

国家の看板を背負って戦う選手と、プチ愛国心で盛り上がる表舞台の裏には、選手としてではなく、選手や大会を支える『国』の枠を越えた人々もいる。

スポーツやデザインの世界では、指導コーチは、自国の人間とは限らない。

入場行進でプラカードを持つ中国人女性をはじめ、開会式のイベントに出演する中国人のコスチューム・デザインは、日本人の「石岡瑛子」。大陸での様々な軋轢を乗り越えデザインの真骨頂を見せてくれるはずだ。

中国を代表する名アタッカーだった中華の英雄「郎平」は、中国での何不自由のない地位を捨て、アメリカ・ナショナルチームの監督として自国で開催する北京五輪へ乗り込む。

日本バドミントン界に旋風を巻き起こしている女子ペア、オグシオのコーチも中国人だ。

一方、中国に渡り、シンクロナイズドスイミング中国ナショナルチームを指導するのは日本人の「井村雅代」ヘッドコーチ。過去、日本のシンクロにメダルをもたらし続けたカリスマ指導者だ。

祖国に牙を剥くと形容されながらも、海を渡り、自分の理想の姿を追い求める指導者たち。オリンピックの試合終了の瞬間に、それぞれの夢をかけた「第二のドラマ」が完結する。
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by ogawakeiichi | 2008-08-07 11:41 | 南日本新聞コラム