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彩遊記

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カルカッタ・カオス


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by ogawakeiichi | 2009-05-30 11:47 | アジア史&思想

gross national happiness

1999年8月、チベットのラサからオンボロバスに乗り10时间、チベット第二の町シガツエへ、さらにバスを乗り継ぎ5時間、ブータンの北、中国側の町“ギャンツエ”まで行く。

目的はギャンツエ・白居寺境内にある8階建ての大ストゥーパ(仏塔)を見ること。

諸尊像や壁画で飾られた77の部屋を有する仏塔と仏像が合計10万を超えたといわれているため「10万仏塔」とも称されて、内部の壁画は密教聖典が成立していく過程が描かれ、右回りで順番に進んでいくだけで、チベット密教.曼荼羅世界の記憶装置となっている。
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そこからブータンと中国の国境の町、“亜東”までわずかだ。といってもオンボロマイクロバスで6時間とか言っていた。

すぐる土曜日はなんやかんや5年以上を公の任と費を渡り、途上国での海外生活を過した「メンツ」があつまった。ミラノでのアート研修を終えた彫刻家で学芸員のM氏を軸に、ザンビア、桂林、ブータン、ネパール、境界のズレ、外のおもかげ、アート、身体、などを・・・なんやかんやと放ち捲くったのだが、

ところでブータンには“GNH”ってあるらしいのだ。


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構造改革の急先鋒だった中谷巌氏が転向したぞ!と話題になっている。彼の著書「資本主義はなぜ自壊したのか」の中に、ブータンが出てくる。インドと中国に挟まれたブータンnational gross happiness=国民総幸福感というGNPをもじったユニークな指標を考案した。本を書くきっかけのひとつは、この国を訪れたことだったという。
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▲YOUTUBE コメントより



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欲望をコントロールする事は本当に難しい。ある人に言わせると 『幸せ=財産÷物欲』なのだそうだ。

つまり、幸せを形成する分母は「物欲」であり、分子は「財産」なのだ。欧米、日本、そして、成長著しい中国の国民も「財産」を大きくする事を求めた。

ただ、「財産」を求めると、不思議な事に「欲望」も同じように膨れ上がってしまう。初めてのマイカーとしてカローラを手に入れた人が、次にコロナを欲しくなり、マークⅡに憧れ、最後は「いつかはクラウン」となる。本当はカローラだけで全然問題が無かったのに、隣の家がクラウンに乗っていると「いつかは俺も」と思ってしまう。余談だが、その物欲発火を促進するのが広告デザイン機能の一つでもある。

ある所に、三つの王国(ネパール・シッキム・ブータン)がありました。三つの国は東西に並んでおり、ともに王様が統治していたわけです。このうち、中央と東に位置する二つの国は北の国からやってきたお坊さんが立てた王国でした。そして、西側に位置するもう一つの国は、この二つの国と同様に輪廻転生を信じる人達が住む国ですが、南の大国と同じ宗教で、厳格な身分制度を持っています.....。
で、「欲望」のコントロールがこれらの王国の運命を左右したという話です。
二つの王国の話

(※ブータンアイドル・キノコ姫。これってほんと?)
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by ogawakeiichi | 2009-05-27 21:38 | 只記録

脳内物質ってなんじゃい?

★ランナーズハイとよばれる現象がある。日常的に走り続けていると、心身の保全のために脳の内部からエンドルフィンが放出されるものだ。ぼくはこれまで三度、この体験をしたことがあるのだが、本来なら苦痛であるはずなのにその行為そのものがすばらしく自己陶酔してしまう情況である。ランナーズハイとまではいかなくとも、作品制作に没頭しているときや、締め切りまえのとんでもない集中力もこの類と思われる。

★トライアスロンなど、肉体と精神の極限状況下で争うスポーツは、ある種の陶酔状態を引き起こしエンドルフィンの分泌を促進する。周囲から見ると、どうしてあんなに走り続けることができるのだろうと、見ているほうにとっては一見バカバカしかったり、辛く苦しいだろうななどど思うのだが、実際に走っているランナーたちは脳から放出された快感物質により、鎮痛作用も相まって一種の陶酔状態になっている。う~ん、陶酔状態になっていることもあるって言うのが正しい言い方だろう。なぜならレース中、辛いことのほうが多いもんなぁ。トレーニングをしっかりやって臨んだレースは比較的陶酔状態にはいりやすいような気がする。
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          ogawa keiichi 13時間34分47秒
    AM6:30 start----PM8:34 finish  佐渡国際トライアスロン

★トライアスロンはロングタイプとミドルタイプ、スタンダード(オリンピック)タイプとだいたい3タイプに分けられるが、いわずもがな競技者の憧れはロングタイプ(水泳3.9キロ バイク186キロ マラソン42.195キロ)の完走だ。距離で言えば、錦江湾を桜島から鹿児島市まで泳ぎ、自転車で福岡県境まで走り、それがらフルマラソンをやるという化けモノのような長さになるが、不思議なことにトレーニングをかさね身体が変化していくと、距離や時間の感覚がしだいに麻痺してニュートン時間がベルクソン的な時間へと変化していく。

★仕舞いにはバイクで駆け抜ける身体が、風と一体化していくのだが、この感覚は文学的な耽美表現ではなく、実際に風になる。もっといえば、意識が身体を離れ自分自身を見下ろしている別な意識(イメージ)と、本意識というべきものとの間を往来する、つまり脳の外と内を往来する感覚が生まれてくる。(※あくまで、ぼくの感覚だが、幽体離脱じゃあない。)

★一方、徹夜仕事で身体は疲れているはずなのに意識はめっちゃクリヤーで、ハイテンションで文章を紡ぎだしたり、デザインを創発していく行為も、意識が肉体を離れるような感覚まではいかないが、心的情況はこれと非常に良く似ている。

★そのとき脳ではどんな現象が起こっているのだろうか?脳は様々な脳内物質が複雑に関係し合って構成されているのだが、たとえばウォーキングを例にとれば、ある時間の経過をもって脳が大きく活性化し、脳内物質「βエンドルフィン」「ドーパミン」「セロトニン」が分泌されていく。

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①歩き始めて15分くらいたつと「βエンドルフィン」といわれる脳内物質が分泌されてくる。これは脳を刺激して気分をハイにするホルモンで、いやなことを忘れ爽快な気分になる。
②その後5~15分くらいたつと「ドーパミン」といわれる脳内物質が分泌されてくる。脳に『ワクワク感』や期待感を与え、意欲ややる気を高める。
③その後10分後くらいには「セロトニン」といわれる脳内物質の分泌が高まり、脳に幸せ感や充実感をもたらす。
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とまあ、こういう具合だ。

★『ドーパミン』、『エンドルフィン』、『セロトニン』と、なにがなんだが、混乱してきた。ここで一旦整理してみよう。あっ、『アドレナリン』っていうのもあったなあ・・、(※『アドレナリン』は副腎皮質で分泌され脳内物質じゃない)

★『ドーパミン』は体の様々な部分で働いている神経伝達物質で、脳内では意欲とかにかかわる部分もあるので快感物質として挙げられている。ただそれだけでなく胃腸運動などにも関与する。

★『βエンドルフィン』は内因性の鎮痛作用が主な作用で、脳内モルヒネとも言われ痛みが生じたとき、その過剰な反応を抑えてくれる。ただこれも高揚感などを与えることがあるので(ランナーズハイなど)、快感などに関与する。

★『セロトニン』はそのドーパミン、ノルアドレナリンの相反する喜び・快楽や恐れ・驚きなどの情報をうまくコントロールして精神を安定させる作用がある。

★まとめてみると
「βエンドルフィン=鎮痛から高揚感への快感」
「ドーパミン=意欲や興奮などの快感」
「セロトニン=幸福感や落ち着き」
これらの関係(働きのバランス)によって様々な感情が生まれると思われる。

★近年注目されて、よく聞く言葉に『A10神経系』というものがる。これは大脳辺縁系と間脳を結び、快感の中枢として働いている脳神経である。この『A10神経系』は、脳の中でも精神性に関わる部分にのみ走行しているユニークな神経らしい。主な走行は、脳幹の神経核から出て間脳の視床下部に入り、そこを出て大脳辺縁系に入る。 

★「A10神経」には、何かをしてうまくいったときに、いい気持ちになる仕組みがある。すなわち、A10神経が刺激されると、まず始めにβエンドルフィンが『A10神経』を駆動し、リラクセーションによって間脳を活性化し、エンドルフィンを放出する。

★そこからドーパミンが分泌され、これが放出されると人は快を感じ 同時に動悸等もはじまってくる。恋愛感情もこの作用の一つだ。(※ちなみに好悪の感情は扁桃体で生まれ 何故 特定の人を好きになるか 扁桃体の細胞で決まるという。)

★また、A10神経は、他の神経系のように過剰な興奮を抑える向きに働く制御機構を持っていない。つまり、前頭連合野と連動して働く限りは、ブレーキが利かない神経系だ。

★そのため原理的に言えば、肯定的なモチベーションを継続させることで、いくらでもエンドルフィンを分泌し、幸福感や充実感を持ちつづけることが出来ると考えられる。そして、免疫系の主力であるNK細胞(ナチュラル・キラー細胞=白血球)には、『βエンドルフィン』のレセプターが存在するため、難病を信仰の力で克服したとか、病気を治すつもりがなくても、一心不乱に物事に打ち込んでいるうちに病気が治ってしまう、といったことが起きるのである。。ありゃりゃ、随分話がそれてしまった。
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知の翼より
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by ogawakeiichi | 2009-05-27 05:21 | サイエンス

微笑(rewrite)

微笑というテーマで、微笑みを追いシャッターを切り続けた。
500名を越える人の顔にレンズを向ける。この行為は簡単そうだが、
そうは問屋がおろさない。
もちろん闇雲にシャッターを切ることもある、
しかし腑に落ちるベストシーンが撮れることはない。
なにせ、他に我意識の銃口を突きつけるのだから。
まぁ、友人になれば、それは簡単だ。

友人と他人の間には、『関係の隙間』が溝を空けている。
その隙間とはいったいなんだ。
信頼関係と呼ぶには、あまりにも言葉が足らないが、そういうもんだ。
いや、いや信頼なんて軽い言葉で結びたくはない・・。
HEREとTHERE、こちらと向こう側の意識が交差し交換され、
ラポールの輪がかかった刹那、シャッターを切る。


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by ogawakeiichi | 2009-05-25 06:31 | NEW桂林

インタヴュー法のメモ

■デザイン事始/マーケティング・インタビュー法のメモ書き
得た情報を構造化できるかどうか。正確かどうかは分からないが”こうだよね”とスッキリ言い切れる論旨まで消化するにはまず、問題を構造化し、その構造の本質を掴む必要がある。そうすれば、新しい構造も的確に構築できる。まずはその仕組みをうまく作れるかどうかだ。そのためには多くのサンプルが必要となってくいるが、ここでは、サンプル抽出のためのインタヴュー法を簡単に記録しておく。

◎1。フレームインタビュー:あるカテゴリーに沿った一問一答式の質問票(アンケート)調査に近い手法。比較するものを並べて、選択させたり、質問に対し「はい、いいえ」など二者択一の方法をとる。たとえば、「これだと×××。これだと×××。どうしましょうか?」、もちろん、言葉の使いかたは相手とのラポールの輪を意識して臨機応変に。
 
◎2。ハーフフレームインタビュー:事前に大まかな質問事項を決めておき、回答者の答えによってさらに詳細にたずねて行く簡易な質的調査法。長時間のインタビューが行えない場合などに効果的。たとえば「5年後どういう状態でいたいですか?」

◎3.ノンフレームインタビュー:質的調査方法。質問内容を特に定めず、回答者が意識していない考えを引き出すのが目的。会場で行うデプス(深層)インタビューや、現場で実際に対象物を使用してもらいながら行うエスノグラフィックインタビューがある。「おばあちゃん、お孫さんいくつですか。」「ああ、その子がお嫁に行くまで元気でいたいですよね。」 「最近よくものを噛んで食べてますか。」 「健康には歯がしっかりしてなくちゃね。」「歯痛が鍼灸でなおることもあるんだってよ」などなど言葉のキヤッチボールを繰り返し、質的に高いサンプルを抽出する。

■グループインタビュー:6~8名程度のグループに対して、質問票に記入してもらいながら、会話から得られる意見も収集する技法。パーソナルインタビュー(個人)よりも、集団としての消費者行動などの把握に適している。

■フォーカスグループインタビュー:一つのテーマに対して、6~8名程度のグループで討論してもらう質的調査法。グループであることから、安心感や連鎖反応が起こりやすく、インタビュアーから直接質問されないため自発的なコメントを取りやすい。


※エスノグラフィー(民族誌学)的なインタビューは、「コンテキスチュアルインクワイアリー(文脈ヒアリング)とか「デプス(深層)インタビュー」などと呼ばれ、一般的な事前に作ったフォーマットに従ったインタビューとは明確に分けられる。

※ラポールの形成(信頼関係)
インタビュアーと被験者のような固い関係にならずに、リラックスして教えていただく。もてなしの心を忘れずに。

※ユーザは慣れの中で、使い辛さを押し殺して習熟している場合があるなど、当事者が気がついていない問題を見つける本人が当たり前だと思っている行動の中に、実は問題が潜んでいる。

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フィールドワークといっても、対象者が観察をされていることを知らないシチュエーションの場合、インタビューも難しい、撮影も制限されることがあるので、データが採りづらく苦労するが、大抵のフィールドワークってこんな条件だ。そういう場合は「トライアンギュレーション(三角測量)」と言って、単一出所のデータに頼らずいくつかの異なるデータを合わせて仮説の確かさを高めようとする。Webや雑誌を調べるのも良いし、他のクラスの学生にインタビューするのもいい。それをしようと思うか「こんなもんでいいや。」と思うかは、その人達のセンスかな。

追記;「気がついちゃったものは仕方がない」

実はこれは佐藤卓さんの言葉です。どこかの現場で直接に聞いたのだったか、あるいは又聞きだったかさえも忘れてしまったのですが、デザインディレクターの最もクリティカルな瞬間の心境を端的に表す言葉だと思います。

そう、気がつかなければ、それで良かったのかもしれません。でも、気がついてしまったほころびを見逃す事はできないのです。〈山中俊治の「デザインの骨格」 より〉
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by ogawakeiichi | 2009-05-25 06:30 | 講座の記録

骨展ー過去の骨格に学び、未来の骨格をデザインする

f0084105_7253236.jpg◎21_21 DESIGN SIGHT の案内状が届く。機能主義とデザイン主義の間隙をつく、けだし名言。



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一冊の写真集がある。漆黒の背景に浮かび上がる様々な生物の骨格。生きているときの配列が忠実に再現された白色の物体は、しなやかに連動し、伸び上がり、走り、滑空する。骨という構造体が抽出されることで、生物の持つ躍動感がいっそう強調されているかのようだ。

生物の骨格は、その優美な外観と見事に連携している。全てが一つの細胞から分化して生成されるプロセスを思えば、その関係が不可分なのも当然かもしれない。しかし人工物のそれはどうだろうか。振り返れば、骨格を隠蔽すべく見ばえを恣意的につくってきた行為こそが、デザインだったのではないかという疑念もわく。それでも、デザインの根幹はその製品の骨格にあるのではないかという期待もある。

現実には、私たちが日常的に接する道具や装置にも、ふと生物に通じる有機的な佇まいを感じることがある。自然のものに似せることを意図したわけではない、金属やプラスチックでできた工作物が、命を思わせるのはなぜだろうか。実際に工業製品の 構造体を収集してみると、その問いへの答が見え隠れする。共通の目的に向かい連携するように組み上げられた部品の配列、長年の工夫の積み重ねからなる進化の痕跡。それらが完成形ではなく、これからも変わっていくことを予感させるあたりにも、生き物に通じるものがある。

では、未来の骨格はどのように変わっていくのだろうか。テクノロジーは人と人工物の新しい関わりを生み出しつつあり、デザインの自由度を広げ、時には突然変異をも誘発する。新素材の骨、高精細な骨、伝統に支えられた骨、自然に学んだ骨、情報技術に見る仮想の骨。クリエーターたちとともに、改めて「骨」と「骨格」を合言葉にデザインを行い、またそれらに触発されながら、次に私たちがつくり出すべき世界の本質を探してみたい。 〈ディレクター 山中俊治〉

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by ogawakeiichi | 2009-05-23 07:31 | 情報とデザイン

ヴィトゲンシュタイン

f0084105_8453741.jpgヴィトゲンシュタインを、いまだすらすらと語るレベルには達していない。
ヴィトゲンシュタインに幾度もアタックするうちに、す~っとのみ込めたようだと思ったら、まったく血肉になっていない。
ふっと、腑に落ちたと思ったら説明できない。

ウィトゲンシュタインはあまりにも当たり前のことを言い過ぎていのかもしれない。だから、「す~っと」、や、「ふっと」、わかったような気になる瞬間はあるものの、「がつん」とした頑丈な理解に至らないのだろう。

ヴィトゲンシュタインにはじめて出合ったのは三年まえの夏だった。
ビトゲンなんたらって、早口言葉じゃあるまいしい、
なんといいにくい名なんだろうと思っていた。
ところが、このビトゲンなんたらさんだが、
『世界』を語るうえでは、腑に落ちなくとも
とりあえず丸呑みが必要な人物らしい。

なにやら、『知る』に関するぼくの師範が、
「世界を知りたかったら,がたがた言わず、丸呑みしてくだされ。
ヴィトゲンシュタイン、ほ~れっ!」と、
そんな素振りで『カタリ(語り)』・『シメ(示す)』してきたのだ。
それも一度じゃなく、3度もだ。
いま思えば、あの事態こそがヴィトゲンシュタインの肝だったのかもなぁ。



                ■■■■+■■■■

ウィトゲンシュタインは「語る」ということと「示す」ということを別々に考えて、
それをあとから一気に重ねた。
これを岡潔は、「ある」には二つの「ある」を考えなくてはいけないといった。
つまり自然に「ある」ことと心に「ある」ことである。
ウィトゲンシュタインはそれを、「語れること」と「示せること」は違うと見た。
そして最初のうちは「語りうることは明瞭に語られうるが、
言えないことについては沈黙せねばならない」ということ、
「示すことができるものは、語るわけにはいかないない」ということ、
この二つをわけて考えた。
カタルとは言葉で語ることで、物事や世界について語ることができるのなら、
カタル言葉をふやせばいいわけだ。

カタル言葉をふやしていけば、
そこにいろいろ似たものどうしや同義関係が見えてくる。
そこからカタル論理もでてくるだろう。

しかし、カタルのなかに語れないものをまぜていくと、
論理はだんだんおかしくなっていく、
だから語れないものはシメスだけがいい。

ウィトゲンシュタインはこのように、
まずカタルとシメスがごっちゃになっているところを
切断しなくちゃいけないと考えた。

けれどもこれでは、言葉は言葉、視覚は視覚、
音は音というふうに切れたままになりかねない。
これでは、ジェネライズした論理はつくれない。
論理学はシメス世界にもなくてはならない。
そこでウィトゲンシュタインはこの二つをあらためて重ねる考えかたがあるのではないかと想定した。つまり「カタル方法」と「シメス方法」を重ねるべきだとみなした。

これを一言でいえば、「私」の思考の限界は「私」をとりまく言語の限界と一致しているということだ。これって、科学的論理のオールマイティー性をおおいにゆさぶった。「私」と「言語」は両方とも互いの縁のところでぼけあっているのだろうと考えたわけだ。そのことを「世界は私のところでぼけている」とも言っている。これが前期のウィトゲンシュタインだ。

このあとウィトゲンシュタインは、なぜそうなっているのか、
よくよく考えてみた、そうすると、おそらくもともとはカタル方法とシメス方法は
一緒のものだったのではないかということに気がついた。
きっと古代人はそういうところにいたはずなのに、それがしだいに分離した。
わかりやすく言えば思考と言語に分離した。
だったら「カタルトシメス」の提案とは、
もういっぺんそれを元に戻すということになる。
「語る」=「示す」の方法があるということになってくるわけだ。

こうしてウィトゲンシュタインは、これからの論理学というものは
「論理の原子」(思考の要素)のようなものと、
「言語の原子」(表現の要素)のようなものをつねに一緒に相手するスタイルやモードになっていかねばならないと考えた。

そして、これまでカタルとシメスがごっちゃに動いてきた人間の言語思考を
「言語ゲーム」というふうに名付けた。

つまり『世界はすべて言語ゲームでできているだけ』なのだ。




引用・参考:千夜千冊虎の巻
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by ogawakeiichi | 2009-05-22 08:02 | 西洋史&思想

シンボリック・アウトプット

f0084105_8363367.jpgPAOSから出版された「PAOSデザイン」は、長いあいだ、ぼくのCIデザインのバイブルだった。

今は手元に無いのだが、この本は中国と日本をもう10回以上も往来し、おまけに当時資料のすくなかった中国の学生の間で“回し読み”(※正確には学生は日本語が読めなかったから、“回し見”です)、されたこともあり、ぼろぼろになっていた。1997年ごろの話だ。

この情況を見て、それじゃあ「PAOSデザイン」を中国語に訳しちゃえと、学部を越えて外国語学部日本語科の主任であった魯淋(ルーリン)とともに、暇をみつけては翻訳をはじめることにした。

ところがである。所属先であるJの美術デザイン部会で北京へ飛んだ際、繁華街である王府井の、とある書店で、この「PAOSデザイン」の中国語版を見つけたのだ。かなりのショック。本来なら中国のデザイン学生の為に始めた作業であるからにして、この訳本があったってことは、喜ばしきことで、なんらショックなど受けることはないずなのに・・。

目の付け所が同じ人物がいて、そいつが、とっくに仕事を終わらせていたことに対するショックである。(※日本へ留学経験のある台湾人による訳本だった。)

その後、日本では資本の尖兵としてのシンボルのアウトプットとその統一と、シンボルをもとにした未来への物語作成は、次第に下火となっていく。が、中国では、2000年を過ぎた頃から、CIのブームが始まった。上海ではPAOS代表・中西元男氏の講演会が開かれ、PAOS上海が開業したりと、日本から中国への本格的CIデザインビジネスの移植が始まりだした。

ぼくのほうも、授業はCIデザインのコマが増えてゆく。CIブームが始まったとは言え、教えられる教員は少数だった。中国のデザイン教育が本格化したのは1995年の頃からで、ブームの始まった2000年前後は、CIを学んだ第一期の学生がやっと卒業する頃だったのだ。

CIは元来、アメリカ発のデザイン技法だが、PAOSの技法を凝視してみると、根幹にアジア的な儒教の思想が融合してアジア型CI技法にリライトされている。

溜まりに溜まった本の整理をしていると、奥のほうにはPAOS・プレジデント社「シンボリック・アウトプット(PAOS.CIプランニングの実際」が埋もれていた。その佇まいには、ほら、ほら、もう一度読んでごらんと、訴えかける気配が漂う。久々にページをめくる。上記ではじめに紹介した「PAOSデザイン」はインフォグラフを多用した本だが、この本はおなじPAOSによる、CIデザインの理論書だ。

まず、目次に目を通してみると、資本の毒に犯されすぎた後半部分はクエスチョンだが、前半部分は、さすがに日本の名立たる企業のCIデザインを総なめしてきたCI事務所らしい貫禄ある筋立てが立ち並ぶ。

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従来のコンテクストであれば、当然、起承転結で運んでいくだろうと、みんなが期待しているときに、そのオーダーをちょっとずらしてやることで、その間の取り方がなかなかの示唆を生みだす。

このような相対的なずらしの移行、意表のつき方の複雑化この「ずらし」文化こそが、なんとなくおもしろいCFを生んできたといえよう。
==
この一節など、まさしく近松門左衛門の「虚実皮膜論」を応用した消費者に対する欲望刺激への方法論じゃあありませんか。

「PAOSのデザイン」は、ぼくのなかで、広告デザインとの距離が加速度的に広がるいま、あの頃の熱気と情景のおもかげを立ち上がらせ、聖と俗、和魂と荒魂、縦糸、横糸で織り成す多即一の世界観を再認識させるパラドックス的喚起装置でもある。
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by ogawakeiichi | 2009-05-21 08:46 | 情報とデザイン

五輪の書

f0084105_10264163.jpgぼくを知らない人にとってはどうでもいい話だが、中国桂林の占者による四柱推命では、今年はぼくの勝負の年であるという。もう散々闘ってきた上に、さらにこの世界景気の悪いときに、勝負かよ~、と、今現在の和気安寧の流れに水を浴びせるようなお告げである。

ひらひらと漂う、胡蝶の夢が大好きなのに、じつは覚悟の構えでの世界対峙も結構好きだ。でも、勝負の覚悟をするってことは、捨てなきゃいけないモノ、コトことも結構多い。

それともうひとつ。勝負に臨む目的と手段を引き起こす「衝動」。すなわち、命を賭けた勝負事は、得たいの知れない不思議で、ありそうもない端的な「衝動」突き動かされるモノである。

易とか風水とかの東洋神秘思想、西洋占星術やカバラなどの西洋神秘思想は、周期や大地のリズムをベースにしていることが多い。中学。高校生活のほとんどを捧げた剣道の勝負の世界では、相手との間合いのとり方、相手とのリズムのとりかたを散々練習させられた。

宮本武蔵の「五輪の書」には拍子の話が幾度もでてくる。拍子とは、わかりやすく言えば、“リズム”だ。相手との間合いに生まれる拍子の裂け目を探すのだ。剣道の世界は所詮、竹刀を使ったスポーツであるが、真剣の世界はそしゃあ、恐怖だったに違いない。

拍子には、「さかゆる拍子」・「おとろふ拍子」・「あたる拍子」・「そむく拍子」があるのだが、武蔵は、この拍子というモノを、自分が命を賭けて相手と闘っているうちに気がついたようだ。どのように気づいたかというと、自分が真剣で構え、相手とともに動いていて「渡り」をこすたびに少しずつ気がついてきた。

なにしろ一瞬の読みの違いに生死の淵のアルゴリズムが待っている。

闘いでは相手との拍子を読まなければならなくなり、そのたびに自分が「渡り」を越したか越さないかということを実感するうちに会得したのだ。

武蔵のいう「渡」とは瀬戸やセトギワのようなもので、川や海をこぐときに越える瀬戸のことをさす。そこを過ぎるかどうかが「渡り」である。剣に生死を賭けようとすると、その「渡り」をまちがうわけにはいかない。

そこで「渡り」というものを瀬戸にさしかかるたびに観察した。そのときに出入りした拍子を呼吸の動作で実感していたら、「「さかゆる拍子」・「おとろふ拍子」・「あたる拍子」・「そむく拍子」があったというのだ。

拍子に背くのが一番まずいことで、そのために拍子をこそ鍛練しなさいという。拍子があるのだから、それによっておのずから打ち、おのずから当たる。それに尽きるというのである。

武蔵が『五輪書』を綴りはじめたのは60歳のときで、それから2年後に筆をおき、すべてを了解したようにその2ヵ月後に死んだ。熊本雲巌寺近くの霊巌洞でのことだ。

武蔵の時代は日本刀の真剣だ。そうとうな恐怖だ。武蔵は、相手のことを知るにはその先端だけを知れと言う。真剣の先端である。そこに「先」という言葉が出てくる。

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こんなぐあいに『五輪書』は絶妙の間合いの話が次々にあらわれて目を奪うのであるが、とりわけ「縁のあたり」「場の次第」「けいきを知る」「渡をこす」が絶妙である。

(一)「縁のあたり」とは、簡単にいえばどこでも打ちやすいところを打ってよいという心得で、それだけなら何のこともなさそうなのだが、それが相手と自分の「縁」で決まるというところ、それもその縁が感じられれば、その縁の「あたり」を打てというのが恐ろしい。

(二)「場の次第」は場を背負ってしまえということで、実際の果たし合いではその時刻の日光を背負うことも入ってくる。さかんに時代劇の剣士たちがやってみせることだが、背負うのは太陽だけではなく、本当は場そのものの大きさと小ささなのだ。

(三)「けいき」は景気である。その場、その人の景気の盛んなさま、景気の衰えのさまによって兵法が変わっていくことをいう。景気というものは日々の感覚の先端が感じとるべきもので、景気は近くに落ちている。武芸においてもその景気をつねに見て、手足の先に感じていることが大事だというのだ。剣は景気なり、なのである。
 
しかしおそらく、『五輪書』で最も絶妙なのは「渡をこす」である。たとえば海を渡るには“瀬戸”を越えたかどうかという一線があり、四十里五十里の道にも度を越せたかどうかということがある。  これは長きも短きも同じことで、その「渡」を越したかどうかを体や心でわかるべきなのである。武蔵は人生にも「渡」があって、その「渡」が近いことを全力で知るべきだと言っている。

それがまた短い試合の中にも外にもあって、その僅かな瞬間にやってくる「渡」にむかって全力の技が集まっていく。そう、言うのである。
 
なるほどわれわれにもつねに“瀬戸際”というものがある。ところがその瀬戸が近づいてくるところがわからない。たいていは急に瀬戸際がくる。武芸にはその瀬戸をはやくから知る方法がある。『五輪書』というもの、一言でいうなら、この瀬戸際をこそ問うていた。
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引用参考
松岡正剛:日本という方法
千夜千冊、五輪の書より

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by ogawakeiichi | 2009-05-20 10:44 | 日本史&思想

パワーズ・オブ・テン

僕らを乗せた地球は秒速30メートルの速さで太陽の回りをまわり、太陽は太陽系の惑星たちを引き連れて秒速20キロのはやさでヘラクレスの星団めがけて宇宙空間を駆け抜けている。

ヘラクレスの星団たちは、太陽系をまきこんだまま銀河の中心のまわりを半径3万光年の円を描きながら秒速300キロというすさまじいスピードで移動している。このことを意識して生活していることなどまずはない。

20世紀デザイン界の巨匠チャールズ&レイ・イームズは“マクロとミクロ”の宇宙を繋いだ「パワー・オブ・テン」という珠玉の映像作品を残した。ミッド・センチュリー・モダン・アートを愛する者で、イームズの名を知らない人はいないだろう。名前は知らなくとも、多く人がカフェや家具店で、彼らのデザインした作品を目にしているに違いない。

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                ▲ラウンジチェア&オットマン

チャールズ&レイ・イームズ夫妻の活動は、インダストリアル・デザインの分野だけにとどまらず、今なお多くのクリエーターに絶大なる影響を与え続けている。しかし、彼らが映像の分野でも世界的に高い評価を受けていることはあまり知られていない。

イームズのpower of tenを最初に見てから数年がすぎた。それでも、あの時の衝撃は鮮明に残っている。「子供の頃に、これを見ていたら、人生が方向転換してたかもな~」

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ぼくたちの宇宙は今からおよそ150億年のとおい昔、無としかいいようのない真空に、“ぽっ”とめばえたそよ風のようなエネルギーの「小さなゆらぎ」がきっかけとなって、限りなくまばゆく、熱い小さな光の粒として生まれたと考えられている。

一方、ぼくらの身体は、それ自身によって、“内なる宇宙”と“外なる宇宙”を分けている。つまり、身体の内側と外側の世界である。ここに存在しているってことは、この身体の“大きさ”とは、物理的な時間、空間の大きさではかるべきものではなく、“宇宙のひとかけら”であると同時に、“宇宙そのもの”なのである。(佐治晴夫)
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これは昨年、高校生と大学生、一部の社会人を相手に、アジアを織り込みながら身体性から宇宙までを5時間ぶっ通しでしやべり放った“み塾”において、使用させてもらった映像でもある。↓



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by ogawakeiichi | 2009-05-18 22:41 | サイエンス