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彩遊記

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年の瀬のつらつら

資本主義の創始者たちは、経済のなかに魂を見ていたはずである。モラルを中核とせねばならないとしていたはずなのに、ところが、今年8月から久々に世間に参戦してみると、どうやら、マックスウェーバーの言う『神の見えざる手』も機能しなくなり、明治期、渋沢栄一がもたらした渋沢資本主義の崇高な意志とはかけ離れた、英国のマーガレット・サッチャー政権によるサッチャリズム、米国のロナルド・レーガン政権によるレーガノミクスと呼ばれる経済政策である『新自由主義』が一世風靡していた。

当初資本主義のパイオニアたちが目指した経済の魂によるモラル資本主義とは、違う方向にいってしまったわけだ。その歪をもちまして今年は幕を閉じようとしている。←私的感想

現在巷では、2012年12月22日マヤ暦による地球の黙示録、アセンション、フォトンベルト、二ビル☆とかの末法思想が溢れ、メディアやら占い師やら便乗ビジネスまで賑やかだ。

14世、ヨーロッパでも日本でも似たようなことがあった。ヨーロッパではカトリックの権威が停滞し、ペストが流行し漠たる不安が蔓延した。

さて、この不安な世相で人々の意識改革をやったのは、誰だったのかといえば、ルネッサンス、それに続くバロックを切り開いた芸術家や作家であった。日本では平安時代、末法思想が流行し、新たな価値観をつくっていったのはすぐれた僧侶たちであった。

資本のトドのつまりと、末法思想は、これはこれで、見えないものに対する、警戒感や不安、ためらい、失ったもののムスビをふたたび眺めまわすチャンスでもある。

手前にある、節度や配慮、分を知ること、身近な幸せの可能性を知ることかもな・・。

つまりマクロ的壮大なロマンへ立ち向かいながら、家族とか、身内とかのミクロの絆のムスビの確認をやっていくということだろう。
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by ogawakeiichi | 2009-12-27 12:04 | 只記録

クリスマス

きょうはクリスマス。
昨夜イブの夕暮れ時も、部屋の真下にみえる大通り公園にあるイルミネーション点灯に、普段より多くの人々があつまっていた。帰宅する道がやけに混んでいるなと思ったらこの渋滞はフライドチキンを買うために並んだ車のせいだった。

「なぜクリスマスに鳥料理?」などと考えたこともないでしょうが、日本の人々にしても「楽しくて美味しければいいじゃない」ということなのでしょう。

さて、では、クリスマスとは何か?
もちろん、イエス・キリストの誕生日だと言う人が多い。しかし、それは違う。

12月25日をイエスの誕生日としたのは、4世紀のローマ・カトリック教会でだ。本来、この日は、ミトラ教の太陽神ミラトの生誕日とされる日である、それをローマ・カトリックがパクッてそれをイエスの誕生日と決めただけだ。たぶんパウロあたりがイエスの物語を再編集したんじゃなかったっけ??。←要確認。
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by ogawakeiichi | 2009-12-25 08:49 | 只記録

イイ、いい、好い。。10か条



1。修理 修理をして使い続けられる体制や方法があること
2.価格 作り手の継続していく経済状態を生みつづける適正な価格であること
3.販売 売り場に作り手の思いを伝える強い意志があること
4.作る 作り手に『ものづくり』への愛があること
5.機能 使いやすいこと。機能的であること
6.安全 危険な要素がないこと。安全であること
7.環境 いつの時代の環境にも配慮があること
8.計画生産 あくまで計算された生産数であること
9.使い手 使う側が、その商品にまつわる商品以外に関心が継続する仕組みがあること
10.デザイン 美しいこと
(ナガオカケンメイ)


※デザイナーと組まれる、コンサル、ブローカーなど、中間搾取業の皆様は、4にフックをかけ、10の感性を磨いてくだされ.
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by ogawakeiichi | 2009-12-24 11:16 | 只記録

日中芸術教育シンポジウム

↓只記録。北京にいる弟子からの報告。どうやら、こっちも動き出したようだな。


12月22日(火)、北京の清華大学美術学院講堂において、日本と中国の主要8芸術大学の学長が集合し、日中芸術教育シンポジウムが開催された。

これは、2007年の東京芸大が創立120周年に際し、日中韓11大学の学長による藝術大学サミットを開催し、「藝術宣言」を世界に向けて発信したことを契機に、アジアでの芸術大学の拠点形成のため、国内協定校の協力を求めて、芸術国際協定校との間で特別交流事業や元留学生・研究生とのネットワーク強化事業を展開し、国内外の芸術教育研究機関との連携を推進するもの。


本年は、中国建国60周年、日中韓三国の交流開始10周年の記念の年となる。この節目の年に日本と中国の主要な芸術大学の学長、院長が一堂に集い、芸術教育や両国の大学間交流と文化交流の発展を推進することについて話し合う、このシンポジウムは、次のような特色がある。

◆中国で初めて日本の主要5芸術大学の学長、中国の3芸術大学の院長が参加
◆若手芸術家の育成を図るため、日中の芸術教育の現状と発展を公開で議論
◆国境のない「芸術」の国際交流推進を通じて東アジア共同体構想の推進に寄与
◆芸術領域だからできる日本と中国の交流未来図

《日中芸術教育シンポジウム概要》
日 時 2009年12月22日(火) 9:00~17:30
場 所 清華大学美術学院講堂(A301室)
主 催 東京藝術大学、清華大学美術学院
協 力 中央美術学院、中央音楽学院、金沢美術工芸大学、愛知県立芸術大学、京都市立芸術大学、沖縄県立芸術大学
後 援 文部科学省、在中華人民共和国日本国大使館、日本学術振興会北京研究連絡センター、日本国際交流基金北京日本文化センター
内 容 テーマ【日中芸術教育の現状と発展】

■第1部 学長会議 9:00~12:00
参加8大学の学長が意見を発表し、意見交換、質疑応答。
■第2部 教員会議 14:00~16:30
参加8大学の教員が意見を発表し、意見交換、質疑応答。
■第3部 東京藝術大学元留学生による演奏会 16:40~17:30
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by ogawakeiichi | 2009-12-24 00:54 | 只記録

天孫降臨と騎馬民族


オザワンの韓国における講演だが、彼が話す江上学説であるところの騎馬民族征服は最近では劣勢だ。しかし、遡ること神武の4代前、天孫降臨した二二ギが渡来系であることはまちがいない。天孫降臨のメタファーを外からの渡来に当てたのではと思う。

ちなみに、ぼくはニニギの御陵の下、薩摩川内市御陵下町で生まれた。

ニニギノミコトの奥さんは、阿多のコノハナノサクヤ姫。その子は山幸彦、その奥さんはトヨタマヒメ、その子はウガヤフキアエズ、その奥さんはタマヨリ姫、その子が、神武天皇になり東征していく。この段階で天津神(天孫族)と国津神(地元族)の血は1/8.

この地元の神々は、薩摩半島に住む姫様たちだ。その後、その子孫が熊襲征伐にやってくる。裏を返せば、この地から東征して、ふたたび征伐に戻ってきたということだ。

朝鮮半島には日本神話にとてもよく似た神話がある。亀旨峰(タジボン)に神が降りてきた、天孫が降りてきたという話がのこっている。これはニニギが降りてきた高千穂のソホリの峰とか、タシフルの峰に良く似ている。

その頃の朝鮮半島には、新羅、百済、伽耶などの王朝があって、これがどうも天孫降臨と重なっているのではないか。ということは、ニニギを先導したサルタヒコも韓国系だという推測もでてくる。

朝鮮半島と日本の関係は、いまでも東アジアのなかで非常に難しい問題だが、でも古代は、われわれが思っている以上に日韓はかなり近い関係にあったはずだ。その証拠に、日韓の物語は、原型のところでたくさんの類似した結び目をもっている。

昨夜、東市来・湯之元の風流な飲み屋で、朝鮮陶工末裔十五代と日本や東アジアについてのこんな話をつらつらと語り合った。

朝鮮陶工たちは、豊臣秀吉の朝鮮征伐の際、島津氏に捕らえられ、この地へやってきた。

しかし、島津氏のルーツを探れば、惟宗氏で、惟宗は、対馬の宋氏で、その先は朝鮮半島からやってきた。

たしかそのときサムライの原型であるイケメン集団、花郎の風習を伝え、それが稚児行列になった。

先にこの地へやってきたものが、時代を経て朝鮮半島へ戻り、半島に住んでいた陶工を拉致してきたということになる。まあ、いってみれば、九州にとって東シナ圏は古代より、国境など関係なく、あっちへこっちへしていたのである。
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by ogawakeiichi | 2009-12-22 22:24 | アジア史&思想

一点突破へ

其の一。
ちまたにはマーケッターとかプランナーとか、コンサルとよばれる業種が溢れ、みんなとか、社会とか、世間の為とか、のあいまいな言葉のもと、お金のながれを引き寄せようとしている。

「環境」とか「福祉」というおおきなフレームに金の流れを感じて集まってくる人も多い。

これらの事業に金が集まる現象は悪いことではないと思うが、そこに集まってくる《利益第一主義》の人たちが、本来のコンセプトに対し阻害要因にならなければいいが、そうは世の中うまくいかない。大きなフレームにはとにかく常に違和感が付きまとう。

問題はそのように、お金や、盲目的な事業拡大に意義を見出すことで集まってくる人の価値観がどのように変わり、意識のあり方が変わり、本来の活動へとコミュニケーションが連鎖してゆくのかということである。



其の二.
デザインを美しくつくるのと、デザインを美しいと感じてもらえるようにつくることはちがう。

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たこやき屋の場合だと、「たこ焼きを美味しく作る」ってのはもちろん大事。でもそれだけじゃダメなんです。「美味しいと感じてもらえるたこ焼きを作る」ほうが大事なの。言葉遊びみたいだけど大きな違いなんすよね(この違いをわかってもらいたい)。《某老舗たこやきや》
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作るとういう行為は、作り手の感性に委ねられているのだが、感じてもらえるように作るというのは、数段上位のレイヤーから、作り手のレイヤーへ降りてきて、数段上の感性をつくることである。つまり、大衆の視点とか、第三者の視点というものである。

じゃあ、なにをもって大衆と言えるのか、なにをもって顧客というのかといえば、ぼくにはひとつの経験則があるが、ここでは書かない。

数段上から見た作り方とは、以前もエントリーしたが、ウイバッサーナ瞑想に非常に近い。

対象に向けた集中意識を、一旦戻し、次にそれを丸ごと離脱させ、自分の行動を刹那刹那でリピート確認していく。もちろんかちっととしたやりかたではなく、f/1の揺らぎが必要だ。やってみるとはじめはなかなかむつかしいが、これは訓練をつづけるこでと俯瞰、客観視ができるようになるのである。
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by ogawakeiichi | 2009-12-19 09:15 | 只記録

天之御中主神

f0084105_93310100.jpg悪友白画廊Mの面子を潰しちゃと、深夜からピカサをつかって資料づくり。これ,スライドの長さに合わせミュージックを一緒に編集できるのはありがたい。仕上がったときはすっかり明るくなっていた。

外は久々の寒波到来。北風が身にしみる。高速を北へと走らすと霧島連山は7合目まで雪を頂いていた。

麓にある県立霧島高校の体育館で『アジアと日本の見方』を半徹でつくった資料をまじえて高速連射。こっちはユンケル飲んで、気合がはいって、しゃべりっぱなしだからいいものの、学生たち、寒かっただろうに。。。。

久々の霧島だ。神々の里だ。こりゃあ、日本マニアのおいらにとってはほっとけない。講演を終えると。さてさて、まずは和気神社へ。。ここは宇佐八幡の神託事件で中央を追われた和気清麻呂の配流先とされる。宇佐へ配流の際に猪によって難事を救われたとの伝説から和気神社では狛犬の代わりに「狛猪」が置かれている

何度も通った薩摩一之宮『鹿児島神宮』。大隅一之宮『霧島神宮』はパスして、国分市弟市丸の『天御中主神社』へむかう。鳥居の上には北斗の名が掲げられている。

『天地初めて発けし時高天の原に成りませる神の名は。天之御中主神』とは『古事記』の冒頭だが、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)はこの世に最初に出現し、高天原のトップ。いわばこの世の主宰神。

続いて登場したのが、高御産巣日神(たかみむすびのかみ)、神産巣日神(かみむすびのかみ)。これらら神と合わせて『造化三神』と呼ばれる。

天之御中主神は、県内に9カ所あるが、だいたいアメノミナカノミコトという名前を知っている人も少ない。ところが妙見さんというとちょいと事情は変わる。

天之御中主神は、北斗信仰など道教の影響を受け、室町時代以降は、日蓮宗で信仰される妙見信仰と習合した。妙見菩薩は北極星、北斗七星の神格化だともいわれるが。天之御中主神が妙見菩薩の姿を借りて庶民の中に降りてきたのだ。参考バジラな神々

でも、鹿児島神宮はヒコホホデミノミコトとトヨタマヒメを、霧島神宮はニニギノミコト。つまりアメノミナカノミコトの子孫を祀っている。しかし、どちらもトップに君臨する最高神である『天之御中主神』の神社よりはるかに立派だ。なんでじゃい?
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by ogawakeiichi | 2009-12-17 09:28 | 鹿児島情報史

習近平

f0084105_21174081.jpg中国共産党には江沢民派太子党と共青団派の代表的な派閥がある。江沢民派は今回来日した習近平。(※江沢民派上海派太子党。※太子党とは共産党幹部の子息)ともよばれ、2003年の反日デモを煽った。)

それに対し共青団(共産党青年団。胡錦濤国家主席の出身母体)の代表は、李克強。←おざワンの岩手の実家で若い時、ホームステイをしていた。

だから、おざワンにとっては習のライバルである李克強に近いのではあるが・・サンケイあたりでは天皇陛下と習近平との会見をゴリ押ししたとしている。(※私的には,陛下は会談を断れたと思うので、出来レース!?。か、または、長州藩(羽毛田長官)VS奥羽列藩同盟(おざワン)!?の因縁ではないかと・・)


今回の習近平来日においての天皇陛下との会見だが、中国の一部ネットユーザーの関心も高い。会見を前にネット上に立ち上げられた 掲示板 には、「中日友好はとこしえに栄える! 両国が団結すれば世界は無敵! 世界は必ずおれら黄色人種の天下になる!」 という強気の発言から、「(中国は) 新しい日本政府の出方を探っているんでは。 今の日本政府がどんだけ弱腰か、見きわめてるんじゃないか」 とする憶測まで、さまざまな意見が飛び交っている (一部、法律・法規に抵触するとして閉じられた掲示板あり)。

日本でも賛否両論が渦巻いた今回の天皇会見。 政権交代後の両国関係のゆくえについて、中国のネチズンをはじめとする人々にも波紋を投げかけたことは確かなようだ。北京メディアウォッチ

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by ogawakeiichi | 2009-12-15 20:45 | 只記録

日本デザインのツボ

f0084105_1029244.jpgふっと、日本的な「デザイン」って、記憶の「うつろう」「おもかげ」をビジュアル化しているのではと思う。この、「ふっ」という、言葉も実に日本的だ。、「ふっ」は「おとずれ」でもある。

無意識下でうつろうおもかげの、得たいのしれないチャンク情報みたいなものが顕在意識に上がってきた状態を「ふっ」と呼ぶのではないだろうか。


そのチャンクに引きずられて、ぞろぞろとその他諸々の情報が連なる物語のことが「おもいで」か。。

ブランドやデザインは、あるモノのおもかげが「ふっ」と意識のマに上がる回数が多いほど、数寄になるのではなかろうか。そんな気がする。

日本人は、古来、この「うつろい」に独自の情報を感じ、それを歌や絵に編集してきた。すなわち、「ない」という状態と「ある」という状態とをつなげてきた。

「おもかげ」や「うつろい」が日本文化の多くの場面、たとえば能や俳諧に、また水墨山水や近代工芸に、また神仏習合思想や江戸の儒学や国学に、さらには明治大正の詩や童謡などに現れている。

さて、つぎに「間」とはなにか。。
日本では言葉や文字に精霊(スピリット9が棲むと考え、これを「言霊」という。日本の古代語では「マ」といわれるのは、「真」ということである。また「マ」は「2」を意味し。何かと何かが対合されて合体された状態が「マ」というものである。つまり「マ」は本来は不即不離な溶融状態をあらわしていた。

日本人はこの「マ」の破れた状態を「カタ」と呼んだ。「片方」とか「片割れ」の「カタ」で、「片輪者」のことを、この「カタ」を使って表示する。すなわち、「マに至らぬもの」という意味である。マヌケという言い方もある。だから、マは開けるものではなく詰めるものである。

↓以下、文化のことばが、腑に落ちる。。

モノ。
モノは「物」であり「者」であり、また「霊」である。一個のオブジェには必ずモノザネ、モノダネっが生きている
人はそれに幽閉されて、モノ好きやモノ狂いになっていく。

コト。
コトは事であって言である。そのコトの表情にコトガラを読み、そのコトを割ってコトワリを見る。だからコトブキとは、本来は言葉でこそ祝うことだった。

カタシロ。
形代。死者でも生者でもない、祭祀にあたってなんらかの代わりにさせられた物である。最も代表的なカタシロは大小さまざまな人形だった。究極のシュレイクラム。

カタ。
型がなければカタなしだから、あえてカタをつける。そこにサマやフリの様式の前提が生まれる。典型や雛型をつくる。とりわけ雛型がおもしろい。カタチはココ・チと同様のカタ・チ

サマ。
なぜわれわれは手紙に「様」をつけるのか。相手のサマになってみせようとして様をふる。あいてのサマ変わりを尋ねるために様を伺う。サマとは「~のように」ということなのである。

ムスビ。
おむすびは問題である。そこにはとんでもない力がこもる。「結ぶ」とは霊が産出することだ。だから産霊とつづってムスビとよんだ。その男形がムス・コ。女形がムス・メになる。

アワセ。
左右をアワセ、柄をアワセ、記号や象徴や意味をアワセて、文化を編んだ。アワセられなければ日本でなかった。


カマエ。
門構えや面構えは動かないことをもってよしとするけれど、動くカマエがちょっと見逃せない。なぜなら、そこから「かまう」という生世話や商売が、つまりサービスがうまれた。


カブキ。
もっと傾いてしまいたいからカブイてしまった。カブはカブリなどとつかわれるように頭のことをいう。その頭をかしげて狂ってみせる。故意に大掛かりなトランスにいる。

バサラ。
大袈裟だっていいじゃないか。派手に見栄をはり、伊達や風流を争う婆娑羅。つまりカタ破り。けれどもバサラが成立するには、世の中に本格や正統が成立していなければならない。

フリ。
降ったり、振ったりするものがある。人に宿るエネルギーである。気でもある。そこから振る舞いが出る。もっともあまりにこのエネルギーに出会えないと、久し振りになる。


モッタイ。
ものものしい様子がモッタイで、景気をつくろうこともまたモッタイだった。おかしいのは「モッタイない」がもとは不都合の意味だったのに、ありがたいことになったことである。


ワビ。
せつなくてわびしくて、その不如意をついつい侘びてしまいたくなるほどだから、ワビなのである。しかし誰にワビるわけでもなく隠逸するので、紹鴎ワビや芭蕉ワビがでる。

ハナシ。
話し、囃し、放し、
なぜわれわれはハナシを物語るのか。その物語はやがて自立し、転移し、そして譲渡もできる。神話から人工知能なで、そこには万国共通のモジュールが潜む。


オク。
奥が気になる。奥になにかの決定がある。道があり、門があり、庭があって、奥がある。オトズレはこの順に進んでいく。門付芸能もこの順に進んでいいく。奥まで進めれば最高の首尾だった。

ユカリ。
ユカリはほぼ縁のことだ。限界と外側を相互作用させる。そこには中心となるものに対する反逆の編集さえうかがうことができる。


ミエ。
七五三に見得を切るなどどいう。見栄ではない。いくつかの動作や感情が頂点に達してそこで止まる。その見えるさまを、また見るものがある。止観する。つまりはそこで見切られるのだ。

ヒメ
名状しがたい力を秘めるからヒメなのだろうが、これはあくまで女性形。男性形はヒコとなる。ヒはムスビのヒに通じる。白山菊理姫や藤原大刀自の伝承は今日も日本の山々に眠っている。

スキ。
透く、漉く、鋤く、梳く、そして好く。いずれも数寄のはてで、なおそこにこだわって遊ぶスサビのことをいう。それでも実は面とむかわないのが極意なのである。


ヒジリ。
ヒジリは「日・知り」。かつては、どんな村にも終日山や海の気象を見て、その日の意味を知っている老人がいた、その「日知り」が「聖」になった。もとは「霊知り」でもあった。
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by ogawakeiichi | 2009-12-15 10:31 | 情報とデザイン

やってくる偶然

f0084105_1252914.jpgときどき、向うやらやってくる客神を感じることがある。来臨感というべきなのか、それはやって来たり、降りてきたりするのだが、オカルトチックなものではない。求めている偶然と、やってくる偶然の鍵と鍵穴がパコッと当てはまる気配のようなものだ。最近ではセレンディピティーと呼ぶのかな。

昨日、K御大の一声に呼応して、K大1号館に参集した多国籍軍を共振させる現場に立ち会う。こりゃあ、生半可ではとても共振できない、それとともに「自発性のパラドックス」に巻き込まれる予感が漂う。

多様性を統一有機体とする方法を模索しながらつらつらと寝床の中で枕元に積んである一冊を手に取った。先月松丸本舗で手にいれた30年前ボスがエディトリアルした「遊」を捲る。ちゃ~~んと、ここにまた、求めていた偶然が向うからやって来たではないか。。

●パフォーマンスとは場所である。
●アグレッシブな空気をつくれ。
●場のイニシアティブをとるなかれ、むしろ中心の場を空(ウツ)にせよ。そのためには、いつも自分を消費しつくしていること。
●始めようと思ってはならない、すでに始まっているという意識で対峙すること。
●久しく忘れ去っていたラディカルな少年性、すなわちルールにとらわれない真の破壊と創造。←オームなんたら教じゃない。。
●戦いはつねに流れのキワやヘリで行うこと。

われわれはなにかを止めたり、打ち切ったり、決断してしまうときのみ勇気を出す。そんな勇気などとるにたらない。続ける勇気、つねに消費しつづける存在学的勇気こそが必要だ。いつだって、すでに始まっている。どんなちっぽけな日常的事態にも、全宇宙が語られてしかるべきであろう。平凡なものの中にこそ決死の覚悟を問い続けること。(遊:虫類誌○形態考より)
↑自発性のパラドックス問題はこのアタリの構えですな。。

※埒外:::K御大とボス、ふたりのコトダマと振る舞いをみていると、40年前、高田馬場あたりで、決死覚悟の共闘をしていたのではなかろうか。。そんな気がする。..
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by ogawakeiichi | 2009-12-13 11:44 | 只記録