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彩遊記

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ズレからの創発

製造や、作業的なもの デザインまでもが、価格のやすい方へながれる。印刷もウェッブも中国へながれていく。コールセンターも、人事までもが人件費の安い中国へと流れている。←蓋然性において。

儲かることを一義とした新自由主義が主原因だが、そうなったら、そんなもん、やりたい人のいる中国へ任せておけばいい。

われわれ日本は、そんなところに留まらす、新しいものを作り出すことこそが必要なのに・・。

目標の数字をおいて、それに向けての戦略などどいう数字のインチキと、地域内での斬り合いで、なんら創発性、独創性の欠片もない古典的経営を奨励している。←数字をすべて否定しているわけでもないがインチキが多すぎる。。

儲かっているモデルを真似ろ、ホラを吹けと、古典的経営の後出しジャンケンが、いまだ蔓延る。

こんなことに、いつからなってしまったのか・・。

まったくあたらしいことをはじめようとするとき、何が必要かは街おこしや、村おこしが成功したところを見れば良い。

たしかにリーダーもいるにはいるが、みんながあつまる場がある。たまり場がある。

わいわいがやがやの結論のでない話をしていると、なにかやろうという気になってくるたまり場がある。


なにかやろうとしたら意欲と能力のある人達があつまっていつもわいわいがやがややっている。

そういう場がなければどうしようもない。命令や多少ブログなどで情報交換していても、つぎに、どうしたらいいかがわかるのか、わかるはずはない。

成功するとするアイデアがあって、それにとびついてそれを実現するというのが自分の仕事だとおもっている。←これだと、わかりやすいという。

そうではなくて、なにをするということを、まったくゼロからひねり出すのが、もっとも重要な一番最初の部分であるはずなのに。

日本の良き時代は、役人、民間人、文化人、学者があつまり、あーでもない、こーでもないとありあっていた。それの場が料亭になり、ゴルフ場になり、レストランになったりと色んな会合の場で話あっていた。

しかし現在ではコンプライアンスとかいう魔物がはびこり、業者と付き合うなとか、汚職はいけないとかいって、みんな分断された。

とにかく建前の話が多すぎる。建前じゃなくって、本音で自分がどうなのか。

借り物のことばに、翻弄されない時は来るのか。
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by ogawakeiichi | 2010-03-30 05:58 | 只記録

ブランドのメモ

資生堂ははるか過去、社訓ともいえる五大主義を制定した。

品質本位主義、共存共栄主義、消費者主義、堅実主義、徳義尊重主義」から成る。

以来、同社は創業者の企業理念を実践するための経営哲学として、この五大主義を用い、さまざまな施策を展開してきた。ブランド価値の向上を図るための各種の取り組みもその1つである。

 「消費者に商品の価格は相対的な価値基準であるのに対し、ブランドは絶対的な価値基準。創業者の“魂”と“五大主義”を踏まえ、ブランド価値の向上にとことんこだわってきた」(弦間)


もっとも、ブランドは言葉に記すと簡単だが、その本質は捉えにくい。高い価値を備えたブランドには次の8つの共通点がある。

1. 歴史や物語
2. 研究と技術の蓄積
3. 高品質でふさわしい価格
4. 人から人に手渡しされる
5. ブランドのポジショニングを高めるためにマーケティングに厳しい自己規制
6. 創業者、経営者の人間性が見える
7. 伝統を大切にしながら、絶えざる革新を行うバイタリティがある
8. 世界的である


 「海外で売れるのは本物の商品のみ。そして、本物の商品を生み出すためにはこれらの条件を満たすための、普遍的なアイデンティティや独自性が企業に求められている」(弦間氏)

 五大主義は、まさにブランド価値の向上に向けた同社の基本精神が埋め込まれたものと言える。

品質本位主義や消費者主義からは、消費者にとって高い品質の製品を提供にまい進するという同社の姿勢が読み取れる。

共存共栄主義からは、ブランド価値を認めてもらい、消費者に信頼して購入してもらおうという考えを見て取れる。

 一方で同社は1916年に意匠部を設立し、「商品に美を埋め込むことで、いわゆる“資生堂スタイル”を確立してきた」(弦間氏)。


 今後、ブランド価値をより多くの人に認めてもらうためには、企業にとってさまざまな責任を果たすことが重要になると弦間氏は強調する。

 「ブランド価値を高めるためには“三方良し”の考えが参考になる。これは、買い手と売り手、さらに世間が納得した上で商売を行うこと。これを実践するためには世間、つまり社会に対してより大きな責任を負うことが必要だ」(弦間氏)

 そのために、企業は(1)理念的責任、(2)経済的責任、(3)倫理的責任、
(4)文化的責任、(5)法律的責任を果たしていくべきだ(弦間氏)

「ブランド力総合ポイント」を算出するための7つの指標

* 1. メーカー・販売元に対する好感度
* 2. ネーミングに対する好感度
* 3. コンセプトに対する好感度
* 4. 商品・パッケージに対する好感度
* 5. 販売促進ツールに対する好感度
* 6. 価格の妥当性
* 7. 購入・使用意欲
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by ogawakeiichi | 2010-03-30 05:22 | 只記録

ゲーミングシミュレーション

『狙え!」、中国人観光客』 『ブランド商品づくりで、中国を狙う!』 『文化や習慣の違う人たちとのビジネス心構え』などなど、ビジネスの香り漂わせる主催者のつけたタイトルの『語り部』。リフォームのまっさらな壁に蓮の花のドローイングワーク。黒豚老舗のデザインワーク。パッケージのコンサルと、香港からの文書訳。類の高抽象度ベクトルに、個々の具体的技のベクトルが編まれて、旧相の3月の場から、思いの新相へと4月の相転移へまっしぐらといったところか。

二本松訓練所を思い出すなぁ。

ゲーミングシミュレーションとは何か
引用先

 ゲーミングシミュレーションとは,ゲーム的側面をもつシミュレーション,すなわち,シミュレーションの文脈内に人間がプレイヤーとして参加し,全面的にせよ部分的にせよ,そのプレイヤーの意思決定によって動作するようなシミュレーションのことを指します.

 プレイヤーには,演ずべき役割,達成すべき目標,行うべき活動,何をなしうるかの制約,そして,各プレイヤーの行動やシステム内での他の要素(偶然を含む)の作用の結果としての利得等が与えられます.ゲーミングシミュレーションにおける役割,目標,制約,結果,そして,それらの結びつきは,現実世界から抽出され,かたちづくられます.換言すれば,ゲーミングシミュレーションは現実世界のシステムのこれらの要素をシミュレートしているといえます.

 ゲーミングは,ただ1回あるいは統計的に有意でない回数の反復しかできないという性質をもっているものの,設計者が仮定した人々の反応でなく,実際に人々がどのように反応するかを知る機会を与えてくれるという性質をもっています.また,ゲーミングシミュレーションによって,現実の状況に特有の多元的な複雑性を導入し,理解することが可能になります.

 一般的にいって,ゲーミングシミュレーションは,1)人間の反応や相互作用が予想できなかったり,人間が研究対象のプロセスの一部となっているような探索型研究に,2)専門家の考えを引き出すために,3)状況の本質,特に競争的状況の本質を理解する学習に適していると言えます.

アクター

アクターとは対象問題に登場する当事者のことをいいます.それは個人であったり企業や行政,場合によっては国を代表することもあります.アクターとしてどの程度の粒度(granularity)を対象とするかはゲーミングの抽象の度合いによります.数人のアクターが個人で,他のアクターは組織を代表するというふうに,同じゲーミングで異なる粒度のアクターを抽出することも可能です.

プレイヤー

プレイヤー はゲーミングにおいて問題に登場するアクターの役を演じる人です.一般的に言って,プレイヤーがアクターの役を良く理解し ,その役をリアルに演じることができればゲーミングの結果がシミュレーションとしての効果が期待できます.

参考文献:
グリーンブラット「ゲーミング・シミュレーション作法」共立出版,1994.
新井潔ほか「ゲーミングシミュレーション」日科技連出版,1998.
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by ogawakeiichi | 2010-03-28 07:54 | 只記録

学生を気づかせろ

ここが、すごい。。

No.1→2|ポートレイトワークショップ:問題発見のための
No.2→3|京セラ社講演とインタビュー調査の実践
No.3→4|2軸マトリックスとKJ法
No.4→5|問題発見からコンセプト立案へ
No.5→6|インプロビゼーション,ペルソナ/シナリオ法
No.6→7|シャッフルディスカッション
No.7→8|中間プレゼン
No.8→9|企画修正,ペーパープロトタイピング
No.9→10|ペーパープロトタイピングによる画面UI検討
No.10→11|ガントチャートによるタスク管理,詳細プロトタイピング
No.11→12|アクティングアウトによる評価,発表会準備

ここ
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by ogawakeiichi | 2010-03-28 07:30 | 只記録

天文館へ1500人中国人

朝から電話がひっきりなし。少々まいる。みのもんたの影響。

TBSさん、 ありがたいけどさ。中国人18人行方不明なんてサブタイルにしないでよ~。そんなこと自分たちでタクシーで帰船することぐらい想定内なんだから・・ 。

天文館の第一回中国人観光客受け入れが無事に終わった。よかった。よかった。

ここは、M新聞
ここは、KTSテレビ
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by ogawakeiichi | 2010-03-26 10:21 | 只記録

動き出した狼藉桜

春一番とともに、周囲の動向も変わり始めた。女組長の九州遊会決起。マリナ仕掛けのジャズコンサート。リスクを恐れず突き進んだ狼藉桜姫といったところか。

その周囲には、なにものでもないものに突き動かされ動き始めた姫君たちの周囲にエネルギーがうまれ、コミュニケーションの連鎖がいくつものカルマン渦となり連なる。
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身体性を伴わない口先だけの偽モノ・インチキ。自分では狩をしないで、獲物を横取りする魑魅魍魎が多いなか、リスクに果敢に挑んだふたつの決起。←リスクなど頭にない。!(笑 ) 久々に、存在の事実を体感しました。パチパチ・・・

しかし、姫君たちを突き動かしたのは、なにものでもない、なにかの降臨。。←そうとしか思えないよな。。うん、、狼藉姫は、シャーマンだった。(笑

売れるデザインから、使ってもらうデザイン。売れるデザインから売れつづけるデザインへ。常識・良識・美意識。そしてメディアの按配がキモですな。。
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by ogawakeiichi | 2010-03-23 05:43 | 只記録

瓢箪座遊会メモ

なにかと一挙にこちらへむかってやってきた。WE LOVE 天文館『〇〇』メディアのおまけつき講演。鹿児島で開かれた、ほぼ全国〇〇協議会の旗揚げ?講演。長沙市訪問団との酒飲。広西省と九州の取り結び。マリナのジャス誘致をちょっとお助け、デ協会のなんたらと、語りべと義の連打。企画書と依頼書のアウトプットの連打が続く。相転移もそろそろか・・。

博多、瓢箪座の8畳間?に草莽の遊士がぎゅうぎゅうヅメ決起。九州遊会が立ち上がる。といっても女組長の覚悟のむすび。こちら薩摩の『み塾』もぼちぼち、表で沙汰する時期か。

九州遊会、旗揚げの酒に宵もほろろ、帰路地下鉄の中、藤枝守氏と人目を憚らず、15分の密度で大声語り。その道じゃ匠なんだ。←知らなんだ。御免。

ここから、メモ
↓  ↓

編集軸を入れ替えることによって見え方が違ってくる。たとえば交通軸、経済軸、などカタチあるものを軸を入れ替えて見ていく。

ムネモシュネの手法とは相似律である。相似律とは合同でなく、相似である。数学的幾何学は合同を可能とするが、自然と存在の幾何学は合同を許さない。同じにしようとするから貧しくなり、険しくなり、寂しくなる。合同とは所詮、思い上がった上の自我意識による思いがけない孤立のことだ。すべからく似ようとすることに、とどめるべきである。似ようとしてそこに近づき、マルティン・ハイデガーの近さを熟知した上で、合同の直前で踏みとどまらなければならない。相似とは攻めきらない律動のことである。(松岡)

ヴァルブルグはおびただしい数の図像をあつめた。その図像にもとづいた社会学を構築していく。まさしくムネモシュネの見方の相似律である。

自然学の構造を考えるとき、プラトンは観念的な5角形を重視したのにたいし、アリストテレスは生命体に多く見られる6角形を重視した。たとえば、薬品の化学式もそうだ。

シャボン玉と亀の甲羅。カルマン渦と隼人族の盾。(※カルマン渦は生成のカタチ。隼人族の盾は強さのシンボル。大和王朝は隼人族の盾を井戸の周囲に巡らし、毒などをいれないように威圧した。)亀の足跡とデジタルタイアのタイヤ跡。もっともっとある。

相似律によって世界を取り結び、結合することがアルスコンビナトアだ。アルスコンビナトア(結合軸)が人間の知を創発した。

アルスコンビナトアとしての結合の祖、ライムンドゥス・ルルスや、コットフリート・w・ライプニッツの源郷には相似律が振動しているのだ。

相似律がもたらす情報化は、表層を剥ぎとった歴史の根源にある。本質をあきらかにすることである。

このことにより、それまで予想できなかった、アクチュアリティを生じさせる。ムネモシュネが生じさせるアクチュアリティである。

似ていればとにかく並べてみる。
裏返すとほとんどが○□△である。



リアリティーとは公共的な認識によって客観的に対象化され、ある共同体の共有規範としてその構成員の行動や判断に一定の拘束をあたえるもの。

アクチュアリティーとは生の各自的で直接的な営みである『生きる』ための実践的行為に全面的の即している。動詞の時制を借りていえば、リアリティが「過去形」あるいは「完了形」で表現されるのに対して、アクチュアリティは「現在形」──あるいはより適切には英語でいう「現在進行形」──でしか展開しない。

リアリティが存在者の指標であるとするならば、アクチュアリティは生成そのものの特性であって、いかなる形でも存在の標識にはならない。ただ、人間の志向的意識は、あらゆるものを知のノエマ的対象に変え、(ニーチェの言葉を借りれば)「生成に存在の刻印を押そうとする〈力への意志〉」によって支配されている。こうしてアクチュアリティを知のノエマ的所与として捉えようとすれば、それはたちまちリアリティとしての存在者に姿を変えてしまう。》


ムネモネの手法。チャンスイメージ
雲を見て、犬に似ているというのがチャンスイメージである。
建築の装飾的チャンスイメージを引き起こさねば意味がない。
だから建築は記憶装置である。

デューラーのまくらの中に、見出される顔のチャンスイメージ。
アルティン・ボルドの料理人。アルティンボルドは、作曲もやるルイ2世に仕えた宮廷学者。ダビンチの再来と言われた。

共通にとどまるもの、動くもの、ひとつのパネルの上に、ピンナップ。概念の思追性。

カール・プロスフェルトに見る。ムネモネのアプローチ。自然における芸術の原型。それは建築芸術の原型でもある。

チャンスイメージと相似律

形態学という学問。天体運行の形態は、花の形態と繋がる。ミカエラ・クレッテラーの惑星図。

星々の世界天体。花の種類によって星の運行を調べてみると、つながっていることがわかる。

鉱物の花。金は貼りつく。銀はのびる。銅は纏わり付く。


遊学とは、概念の模倣(ミメーシス)を用いで、認識活動の根源にあるギリシャ以来のゲーテ的認識論の中核に存在しこのフレクナントな『仮像』を作りだすために、ミメーシスを用いたのである。概念の拡散からフレクナントな仮像へ向かう認識論が『遊学』である。

フレクナントとは、ゲーテは観念が形象に転化し、諸形態が結びついて特定の形状を作るというフレクナントな点と呼び、人間の内面を対象化するフロイトの根底にもゲーテの思想の特徴がみられる。それはまさしくフロイトが語った『夢の場合であろうと、芸術作品の場合であろうと(略)有機生命の営みのなかに見出せる』作用をもたらす一点である。それは新しい、フレグナントなミメーシスの創造にある。

日々に試行される『遊学』の実践は現代のミメーシスを創出し、能動的構想力に向かうことである。フレグナントなイメージが秘秘に受胎。それをもういちどミメーシスを開いて、認識していく。内と外が対でつながりながら、成長していく。ゆるやかさを伴いながら成長していく。
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by ogawakeiichi | 2010-03-22 11:06

コンピュータの進化

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左:1980年のIBM社の3380ディスクシステム(写真は2.5GBのディスク装置が 8台)と、右:サムソン社製の32GBのマイクロSDカードの大きさと値段とメモリーのを比較してみる。・・・・・こりゃあ、すさまじい進化だな。。

左:IBM3380SYSTEM(20GB)
推定価格:約5,800万~1億3,000万円
重量:2トン

右:マイクロSDカード(32GB)
推定価格:約9,000~13,600円
重量:0.5グラム
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by ogawakeiichi | 2010-03-22 06:31 | 味写真

マグダラマリア


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by ogawakeiichi | 2010-03-21 14:31 | 西洋史&思想

古事記


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by ogawakeiichi | 2010-03-21 12:35 | 日本史&思想