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彩遊記

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スポータ

手を動かして、何かものをつくる身体経験は、どちらかと言えばそれに価値はない。只の乾いた身体運動だ。だが、思考で共鳴しているだけでも、ものはつくれない。価値がないと思われている手を動かすことで、はじめてカタチも誕生する。

言葉は、名だけではなにも立ち上がらない。名の組み合わせが、言;センテンス(文章)へ、そして、事:コンテキスト(文脈)をへとなっていく。

インドのバルトリハリは、スポータが咲かせる『意味の華』を重要視した。

スポーツとはもともと、感情、思考、行動を起こさせるための意味の華を爆発させる、身体性の起爆装置のことである。

とにかく、やってみること。試みること。受容における共鳴の美とは異なる、身体性をともなった実際的な配慮の積み重ねが重要なのである?!・・・
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by ogawakeiichi | 2010-05-31 08:11 | 只記録

編集思考素

創発性とは、進むべき方向性を見つけて重大な障壁を突破し、今まで予想しなかかったパラダイムが現れることを意味する。

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言葉の創発性が生まれるとき、そこには、『類』と『個』、または『地』と『図』という要素が『物語』のなかでつながっている。こういう出来事が、新しい関係の発見と斬新なイメージの作成につながっていく。(カルチュラル・コンピューティング/土佐尚子)
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言葉の創発性とは、どのようなものなのだろうか。そもそも言語には語源や、系統があり、単独では存在しない。それとともに、言葉には見立てやメタファーとして表現するという存在もある。

新しい関係の発見と斬新なイメージを作成するにはどのような方法があるのだろうか。

京都大学の土佐尚子氏は、約二万語オープンソースのエジンバラ大学の『心理学的連想データ』などから創発する鍵となる思考のカタチ(編集思考素)というべきものをアウトプットした。(小川)

↓そのカタチ

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■三間連結
三つの情報の階層を厳密に揃えて、情報が以下の条件を満たしているもの。
1。A・B・Cの情報の階層性が揃っているもの。
2。A→B→Cの順番制が守られていること
3。AとB、BとCの『間』が等間隔で連続的に変化していること
例:ポップ・ステップ・ジャンプ、松・竹・梅などの三間連結


■三位一体
情報編集的に有効な三位一体型は、以下の条件を満たす。
1。A・B・Cの情報の階層性が揃っているもの。
2。A・B・Cの情報が同じ対等な力で引きあっていること
3。AとB、BとC、AとCの関係性が同じであること
例:父と子と精霊

■二点分岐
情報編集的に有効な二点分岐は、以下の条件を満たす。
1。情報Aを親情報とし、情報Bと情報Cの二つの子情報に分岐していること。
2。情報Bと情報Cのバランスが揃っていること
3。AとB、AとCとの関係性がおなじであること。
例:コンピュータはソフトとハードに二点分岐される。

■一種合成
二つのアイデアの組み合わせと統合を通して、造語、またはイメージ(新しいパラダイム)を作成する。
例:ラジオとカセットを合成してラジカセができる。

■二軸四方

1。情報Aを中心に、情報B、C、D、Eを並列に構成する。
※情報B・C・D・Eの階層性が揃っていること
※情報B・C・D・Eの情報が対等な力で引きあっていること。
例:情報Aに四季を入れると、情報B・C・D・Eは春夏秋冬になる。


2。情報B=C,情報D=Eのふたつの軸を設定して構成する。
※情報Aと、情報BCDEそれぞれの関係性が同じであること。
※直交座標系を想定するとわかりやすい。情報B=CがY軸に、情報D=EがX軸に設定されること。

二軸設定型では、ふたつの軸の組み合わせによって、4つの象限が生まれる。
例えば、老若男女の場合、『老・若』『男・女』という軸が設定されており、軸をはさんだ情報の掛け合わせが可能になる。すなわち『老・男』『老・女』『若・男』『若・女』という情報が立ち上がってくる。
この掛け合わせから、新しいイメージや意味がうまれてくる可能性がある。
(カルチュラル・コンピューティング/土佐尚子)

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文化も、様式やモードやコードといった『型』の文脈をもっている。例えば、歌や茶の作法、能や狂言、歌舞伎や武道などは、身体性をともなった『カタ』が脈々と受けつがれた。

その『カタ』を継承することは、ブランドの構築へも繋がっていく。

周囲を俯瞰し詳しく精査し、資源や資産を発見。そのなかから、編集思考素をアウトプットし、類と個、地と図を結ぶ物語の型を創発させていく、これがブランドになっていくのだろうな。←地方でブランド云々が言われているが、どれもこれも、凝視してみると、大雑把で思いつきでのブランドとは名ばかりのモノが多い。それはそれで収束型として結構なのだが、土佐尚子氏や松岡氏の説く方法は、観念の概念化を導き出し、収束、発散の両視眼思考が必要な地方のブランド構築とっては、すぐれた方法ではないだろうか。と、思う。。(小川)
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by ogawakeiichi | 2010-05-30 09:08 | 情報とデザイン

偶有性ーセレンディピティ



ネットを渉猟しているうちに、まったく予想もつかない世界に投企していることがある。

インターネットの魅力の一つに、予想もつかなかったことが突然やってくることがある。

茂木健一郎は、インターネットの魅力に、この偶然の出会いである偶有性をあげている。(小川)

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「偶有性の設計」こそが、ある機器が魅力的であるかどうかを決定する。自分が想定していたことに沿った「シグナル」と、自分が想定していなかった「ノイズ」が混在しているということになる。
自分がどのようなアクションを起こした時に、どのような感覚フィードバックがあるか。この「偶有性の設計」こそが、ある機器が魅力的であるかどうかを決定する。(茂木健一郎)
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偶有性を設計すると言っても、設計者自体が、意図的にシグナルにノイズを混ぜる必要はない。(茂木健一郎)

デザイナーの視点では、偶有性を設計するってことは、メタファーやアブダクションを記号に埋め込み偶有性への誘導を仕掛けるということじゃあないのかな・・(小川)

===
たとえば、imodeは、メニューが設計者によってあらかじめ分類されており、その限りにおいての偶有性は少ない。偶有性は、各メニューの先に表れる。たとえば、ニュースサイトに接続した場合、その先にどのような情報が提示されているかということが偶有的になる。(茂木健一郎)
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しかし、偶有性といっても、アルゴリズムを選択したことが偶有性であって、選択したさきに提示される情報そのものはその属性であると思う。(小川)

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どのようなレベルの偶有性提示が好ましいかは、ユーザーの志向性、経験値、タスクの性質によって異なる。いずれにせよ本質的なのは、インターネット自体が持っている偶有性であり、
恣意的なノイズの混入が入る余地はないのである。(茂木健一郎)
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偶有性をセレンディピティともいうが、
アゴラの小川浩氏は、こう言う。。

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セレンディピティとは、簡単にいうと、偶然の出来事から何かを発見をする「能力」のことで、ひらめきやアイデアを幸運をつかみ取る力のことです。通常の洞察力、というものとは若干ニュアンスが違うのは、セレンディピティは、例えば金を探しているときにダイヤモンドを見つけてしまったり、石油を掘っていたら温泉が出た、というように、もともと欲しかったものとは異なる新たな可能性を見つけ、かつそれをモノにする力のこと

例えば、米国Twitter社は、もともとTwitterとは全く違うサービスを事業にしていましたが、社内で誰かが遊びで作ったショートメッセージの交換ツールが意外なほど中毒性を持っていることに気づき(=ひらめき、アイデア)、そのツールを事業の中心にすることを決意しました(=セレンディピティ)。それがいまのTwitterです。

また、薬でいえば、ファイザーのバイアグラはもともと心臓疾患に対する処方薬として研究開発されていたものですが、実証実験中に回春効果があることが分かってきたため、方向性を変えて売り出したところ大ブレイクしました。(小川浩

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こう考えると、巷でいう目標達成のビジネスモデルも、色褪せて見えてくる。
つまり、偶有性を仕込む、ベンチャーの構えがあっていい。
鍵と鍵穴を、方方に仕込んで、創発を促すビジネスモデル。。(小川)
続いて↓
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友人のネットサービスベンチャーの社長は、こういいます。「自分は会社の株を25%ほどしかもっていないマイナーシェアホルダーに過ぎないが、株式を抑えることで会社を所有するという考え方自体が20世紀的だと思う。スティーブ・ジョブズだってAppleの株式保有率ではたいしたことはないが、
彼はアイデアと器量でAppleを”所有”しているじゃないか」と。

僕もこの意見に賛成です。僕自身も自分が経営する会社の株をほとんど持っていません。自分が起業した会社であるのに、です。しかし、上述の友人と同じく、起業家は株式ではなく、情熱と努力と、セレンディピティを含む自らの能力をもって会社にとって欠かせない存在になればいいのです。
小川浩


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そうそう、、
おなじ、小川姓だが、同感!
小川姓が、そうさせるのか
そういえば、小川家血筋のマリナも、ここらあたりに似ている。
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by ogawakeiichi | 2010-05-28 10:49 | 情報とデザイン

振り返り

一般システム論でいうフィードバックとは、「ある行いをしたときに、その結果の具合をみながら、次の行いを調整する機構」だが、これはなにも機械に限らず、人にも言えるのではないかと仮定してみる。(世間)つまり世の間を泳いでいくには、このフィードバックを上手にすることで、大局のベクトルをすすめられるのではないかと仮定してみる。

たとえば、、電車に揺られながら、体重移動をうまくやりながら体をうごかす。急なブレーキがかかっても、グッと足を踏み出して踏ん張る能力は、体力の重要性もさることながら、筋肉の緩めかたがもっとも大切な気がする。つまり、かかった力を、フィードバックさせ全体のゆらぎに、身体を同調させていく。

これを別の言い方に置き換えてみよう。

自分より他人が優れているとそれを追い越そうと努力する。まったく、追いつかないとわかったら、まったくべつの分野で勝負する。これも全体との関わりにおいてうまく、フィードバックさせ、同調させているのではないか。。

競争心を燃やすのも、周囲の状況に流されてみるのもよい。ただ、自己の状態がわかったうえで「自己観察によるフィードバック」する。

つまり、自分と他を、同時に俯瞰して、瞬時に最適化のフィードバックができるかどうか。もちろん、フィードバックできないくらいノイズが多い場合は、『発言オプション』さらには、その小社会システム放棄という『退出オプション』という選択もある。←慶応の井庭先生の受け売りだが、、。まあ、イチャモンつけたり、文句を言ったり、辞めたりすること。。だが、これは社会システムに属する小システムでのことであり、人という個のシステムのことではない。←言葉より図示したほうがよさそうだ。

何かをやったときに自分がどう思ったか、他人がどう思ったかを、次の一手に生かしていく。

そうなると、反省とか振り返りとか、が重要になってくる。。反省って言葉は、どうも好きになれないが、『振り返り』って言葉は、なかなかよい響きだ。。←なぜか、菱川師宣の『見返り美人』の面影が・・

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ウィキペディアによれば、【反省(はんせい、英: reflection)は、一般的には自らの行動に関して考え、ある評価を下すこと、あるいは自己の心理状態を振り返り意識されたものにすること。

哲学史において、ジョン・ロックは反省を、外的対象に向けられる感覚に対して、意識の働きに向けられた内的感覚と考えた。

ヘーゲルは反省を、相関的な関係を持った二つのものの間にある相互的反射関係を示すために用いた。】と記述する。
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反省、つまり『振り返り』をすることで、出力されたノイズをフィードバックして次の動作の構築を刹那、刹那でやっていく。。。と、いうことなのだろう。。

ルーマンのいうオートポイエーシス見立ての社会システム論では、フィードバックもまるごと包括して、自己言及していくダイナミックさがある。。。が。。。いまいち生活の中で身に迫ってこない。。。、一般システム論でいうところのフィードバックは、オートポイエース的社会システム論の構成要素。。という仮止めで、とりあえず腑に落としておこう。。
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by ogawakeiichi | 2010-05-26 07:23 | 情報とデザイン

フェアリーリング(妖精の輪)現象



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少年時代に、“世界のふしぎ”という本で読んだ記憶のある“妖精の輪”。 。。。この『技』。。村落開発ブータンあたりで使えない? 


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ここ  静岡大学大学院は18日、科学的に未解明だった輪状に芝が色濃く生え、その後、キノコが生える「フェアリーリング(妖精の輪)現象」を引き起こす物質が、農作物の収穫量を増やす効果を持つことを突き止めたと発表した。早ければ2~3年後にこの物質が含まれた肥料が発売される見通しだ。

 効果を発見したのは、同大学院創造科学技術研究部の河岸洋和教授。河岸教授によると、この物質は「2-アザヒポキンサチン(AHX)」と呼ばれ、キノコに含まれている。

 フェアリーリング現象の発生は、キノコの胞子が風で空中に舞い、地面に漂着すると、このAHXを含む菌が性質上、円状に広がる。この現象が周辺の植物の成育を促す効果を持ち、輪状の部分の芝のみが成育するという。これまで西洋では妖精が輪をつくり、その中で踊ると言われており、1884年に科学雑誌に紹介された以降も正体は謎に包まれていた。

 今回、このAHXをキシメジ科のコムラサキシメジから採取。フラスコを使って培養し、稲やジャガイモ、レタスなどの農作物に与えたところ、実験レベルで稲の収穫量が25%、ジャガイモが19%、レタスが25%、アスパラガスが約2倍に増えたという。また、塩害、低温、高温にも強いことも判明。河岸教授は「品種改良をしなくてもセ氏35度まで耐えられる上、海辺での栽培も可能」とみている。

 来週にも実用化に向け、県の農業技術研究所(磐田市富丘)の農場でAHXを与えた稲の苗を植える実証実験に乗り出す計画だ。河岸教授は「アフリカ、インドなどの途上国の食料問題の解決につながれば」と話している。
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↑でも、円状に広がるワケは書いてないよな???
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by ogawakeiichi | 2010-05-21 09:00 | サイエンス

偶然の必然化

偶然論 ─ 哲学者たちは偶然をどう考えたか

法則性のない世界を学問の対象とすることはほとんどない。法則の一つでも見出して世に出るのが学者の共通の夢であるからである。それゆえに「偶然」を学問の対象にして深く掘り下げる人は少なかった。

それでも古くギリシャ時代から多くの哲学者が「偶然」の意味を考証し、その著作の中で「偶然」の在り方や役割について述べていた。

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■ヘラクレイトス(BC540? ~ BC480?:ギリシャ)

世界は対立だらけである。「偶然」と「必然」もその一つである。絶えず変化し対立矛盾に満ち満ちた自然そのものが「神」である。世界をコントロールしている、世界の理性のようなものが存在するに違いない。それはロゴスと呼ばれ、世界を動かしている法則である。
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↑西洋哲学の代表的考えだ。ぼけた領域がない。ギリシャの神々は多様性のある八萬之神とは違って、一神教的なのはなぜ?(小川)

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by ogawakeiichi | 2010-05-20 09:05 | 只記録

スクリブル

アーアー・ウーアー・マンマといった喃語から始まる声の獲得は、触知能力→声→喃語→言葉と経験的に想像できるが、文字については放ったらかしだった。が、思いがけない情報が、メールでやってくる。
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「スクリブル」は幼児が自然発生的に描くさまざまな線のこと。
これが表現の基礎や根本的なパーツとなるそうだ。
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スクリプルから文字獲得までの発達過程
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        ↑スクリプルの種類
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by ogawakeiichi | 2010-05-19 21:12 | 情報とデザイン

来訪神

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◎神が来る者であって帰るものであるというのは、日本の神は『客なる神』の性格をもっているということ。主神的ではなく、客神的だということ。一所に常住する神ではなく、ときおり訪れる来訪神。(日本という方法)
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※『うつなるものに、客神おとずれ、うつつへ、うつろう』これが、日本なのだろうな。大陸と日本をかわるがわる高速で俯瞰しないと見えてこないことでもある。←抽象ではなく、現象として。(小川)

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◎異形なるものを排除したものはうまくいかないけれそ、汚物とか異形、異例、例外というものを受け入れたところには富が発生している。ということは富とか価値とかいうものは長らく特別なものだっだ、言語も特別な区別力を持った価値だ。そういうものはアノマリーで例外的なものが発生のきっかけになっている。(脳と日本人)
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※触媒を加えた創発型ということだろう。このあたり前例に習う資源集中型の行政やコンサルにとっては理解しにくいところだろうな。←内ではなく外からガツンと実例示すか。 コンサルタントの勝負点は「思考力」であって、「経験」ではない。(小川)
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by ogawakeiichi | 2010-05-19 09:53 | 只記録

サルコジとアジア


ツランとは、往時のペルシャで自分達の住まう「イーラーン」の地に対置して、草原のトルコ諸族の世界を「トゥーラーン」と呼んだことにちなむもので、トルコ諸族に加えてモンゴル系諸族やウラル系の諸民族をも加えた民族集団を指す言葉である。ウラル=アルタイ語族と言い換えた方がなじみがあるかもしれない。(引用元不明)

そういえば、荒川静香が金メダルをとったときの音楽も、トゥーランドットだった。。。

ステップロード、スキタイを調べ始めて数年。

玄洋社も黒龍会も、大本教も日蓮も、こぞって満州へとロマンを求めて出かけていった

新宿・中村屋と安曇の関係も気になるところですが、それはさておき。

サルコジのこの記事、あながち、珍説ともおもえない。のだが。。。中華思想なのか。。。それとも、つまり、ツラン繋がり?なのか。。

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by ogawakeiichi | 2010-05-18 11:17 | 只記録

競争と公平感

f0084105_9321460.jpg日本は資本主義の国のなかで、なぜか例外的に市場競争に対する拒否反応が強い。

私たちは市場競争のメリットをはたして十分に理解しているだろうか。また、競争にはどうしても結果がつきまとうが、そもそも私たちはどういう時に公平だと感じるのだろうか。

本書は、男女の格差、不況、貧困、高齢化、派遣社員の待遇など、身近な事例から、市場経済の本質の理解を促し、より豊かで公平な社会をつくるためのヒントをさぐる。 (アマゾン)
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世界同時不況以降、この国では、市場原理主義という表現のもと、市場経済という考え方への批判が一般的になっている。

本書で浮彫りにされるのは、この国に蔓延する競争を排除した反市場主義的な考え方である。
そこには、市場経済主義と反大企業主義の混同、すなわち本来保護されるべきは消費者であるはずが、規模の小さい企業を保護せよという独占禁止法の誤った理解にあるという。(カスタマーレビューより)

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「貧富の格差が生じるとしても、自由な市場経済で多くの人々はより良くなる?」

市場経済への信頼を問う、この質問に対して日本人は49%しか賛成していない。アメリカでは70%以上が賛成している(Pew Research Center)。日本の賛成の率は主要国の中でも顕著に低い。日本人は貧富の格差がつく競争を嫌う。

国際的な調査によれば資本主義への支持と相関するのは「人生での成功を決めるのは運やコネではなく勤勉である」という価値観であるそうだ。日本では、人生での成功を決めるのは運やコネである考える人が、90年で25%、95年では20%と少数派だったのに、2005年には41%と急増している。アメリカでは22.6%に過ぎない。

年齢別にみると若い世代ほど、この傾向は強い。長期の不況によって、努力しても就職できず、出世や成功もできない状況が続き、若年層の価値観に影響を与えているのではないかと著者は分析している。

所得はどう決まるべきか?を問う調査もある。

「アメリカでは、「学歴が所得を決定する」と考えている人の割合は77%であるのに対し、日本では43%にすぎない。また、アメリカでは「才能が所得を決定する」と考えている人が60%であるのに対し、日本では29%である。アメリカ人が重要だと考えているのは努力、学歴、才能の順番であるのに対して、日本人は努力、運、学歴の順番である。」

両国ともに1位は努力だが(アメリカ84%、日本では68%)、アメリカでは学歴と才能で所得が決まるべきと考える人が50%を超える。日本では 10から15%にとどまる。日本の競争力が低下している理由、競争的な市場を形成することに失敗している大きな理由が、こうしたマインドの変化にあるのかもしれない。(橋本大也)

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契約型一神教と、共生型多神教のミームの違いが根底にあるのでは。(小川)
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by ogawakeiichi | 2010-05-18 09:38 | 只記録