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彩遊記

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東シナ海ルネッサンス

台湾の故宮博物館を訪れたのは、いまからもう三十年前になる。

バックパックを背負い、アジアからヨーロッパを目指したときのことだ。  

博物館の展示品を模写してみたいと、スケッチブックをもっていた。

当時の台湾は、大陸との関係から戒厳令がしかれ、入国審査も厳しいチェックが待っていた。   

故宮博物館の壁面には、自国の領土を示す中国大陸と台湾島の描かれた大きな地図が掲げられ、台湾島の台北には、中国の首都を表す大きな赤丸記号がついていた。

日本もまた中国大陸とは国交のない時代でもある。

台湾、故宮博物館のメインの催しは、たしか四〇〇〇年余に及ぶ中国の陶器の展示の数々だった。

到底一日では見きれない展示品の数々と、見事なアジアのデザインに魅せられ、スケッチすることなど忘れていた。館内は観客もまばらで、ゆったりとした時間が流れていた。

先月中旬、台湾でジャパンブランドの仕事を終え、帰国の途につく直前、時間があったので台北の故宮博物館を久々尋ねてみることになった。

ところが、館内のロビーに一歩足を踏み入れるなり人の多さと熱気に驚いてしまった。

小旗を掲げた大勢のガイドが団体客を引率しながら、ワイヤレスのマイクとレシーバーを使い、展示の品を説明してまわる。

特にお目当ての超国宝級の展示品は、様々な団体客に取り囲まれ、なかなか作品まで辿り着けない。

週末も影響したのだろうか、なかには入場制限をしている展示室さえある混雑ぶりなのだ。

その団体客のなかでも圧倒的に多いのが、なんと中国大陸からの観光客だ。

ほんの十数年前まで、大陸と台湾のあいだには、軍事的一触即発の気配さえあったのに・・・。(当時、僕は中国大陸で暮らしていた。)

空港へ向かうタクシーの運転手に、台湾の景気を尋ねてみると、「大陸から来る観光客で、賑わっているよ!」との返事がかえっていた。

帰国便を待つ間、空港内の書店を覗くと、「台湾よ、どこへ行くのか?」といったモードの本が、並んでいた。

それとは逆に、もうずいぶん以前から、多くの台湾人旅行客が大陸に渡り、学生が留学し、また多くの台湾企業が中国大陸に進出していることも事実である。

翻って、鹿児島だが、三年前から夏場、週一回の割合で、中国人観光客を乗せた、大型船が寄港している。鹿児島の印象はなかなかいい。

桜島フェリーや主な観光地へ行けば、どこからともなく、中国語が聞こえてくる時代になった。

近年、台湾と大陸との間に直行便が開設され、交流がはじまったのは知ってはいたのだが、その現場に遭遇し、また、中華圏の商店に並ぶ日本の食材と、どこからともなく流れてくるジャパンポップスを聞くと、もともともとはるか昔から東アジアに息吹いていた歴史に戻りつつある『東シナ海・ルネッサンス』の時代なのかなと、そうも思った。
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by ogawakeiichi | 2010-07-30 11:11 | 南日本新聞コラム

食とスポーツと中国


かごしまの食と香港メディアと俳優の組み合わせは、ブレストで出ていたが、食とスポーツかぁ・・。ハウス食品はもうずいぶん前から上海に来ていたが、地道に動いていたんだなあ。。。

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【北京=川越一】食の洋風化が進む中国で、日本のカレーライスが中国スポーツ界とタッグを組んで市場拡大を目指す。13億人超の人口を抱える中国での消費拡大は価格や物流に大きな変化を及ぼす。カレーに対する判定は甘口か、辛口か。

   日本の食品メーカー、ハウス食品は29日、北京で中国国家体育総局との協賛を発表した。同社は2005年から、中国でカレールーの販売を開始。売り上げは年々増加しているが、中国人家庭の食卓に定着するには至っていない。

 同社によると、北京や上海といった大都市でも日本式カレーを食べた経験のある市民は25%に留まる。ルー購入者の50~60%は再購入しているといい、一度口にしてもらうための方策を探していた。

 中国で「食」をアピールするならば、タレントよりも五輪金メダリスト。約1年をかけて、中国国家体育総局を口説き、パッケージに同局推奨のマークを入れることや、訓練局内の食堂で選手に提供すること、北京五輪トランポリン女子個人の金メダリスト、何●(=雨かんむりに文の旧字体)娜選手のテレビCM起用などの契約にこぎつけた。

 同社幹部は「中国では急激に食の洋風化が起きている。日本では昭和30年代、40年代の20年かけて起きたことが、中国ではすごいスピードで起きている」と指摘する。近年、富裕層の増加と歩調を合わせるように、パン店の数が急増し、パスタやピザなどの消費量が増えているという。

 03年の調査では、中国の食生活はデンプン質中心の「途上国型」からタンパク質中心の「先進国型」に変わったというデータが示されている。もっとも、タンパク質の摂取源は欧米型の肉・乳製品よりも、魚介類の割合が高い「東アジア型」といわれており、日本の食品が受け入れられる土壌はある。

 これまで、大手チェーン店の牛丼やラーメン、乳酸飲料などの日本食品が“市民権”を獲得してきた。中華料理の香辛料、八角を配合し、中国人好みの黄色に仕上げられたカレーが、巨大市場に挑む。
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by ogawakeiichi | 2010-07-26 11:02 | 只記録

かるかん雑感

かるかんも、黒豚も、さつまあげも、ごくごくふうつに地元で食べて気にもとめなかったものが、地方特産品のブランド化がささやかれ、全国区へ発信した。その情報が、地方へフィードバックすることで、認識新たに見つめめなおされた。

もともと、鹿児島県には「ふくれ菓子」と言われる黒砂糖、小麦粉、重曹を用いた一種の蒸しパンが古くからあった。よく、ばあさまが、おやつにつくってくれていた。たぶん、かるかんは、この『ふくれ菓子』がプロトタイプだ。

また、鹿児島は、かるかんの原料である山芋が藩内のシラス台地で自生し、琉球や奄美群島で生産される砂糖も入手しやすかった事からだろう。

薩摩はこのサトウキビによって巨大な財力を蓄え、戦艦を購入するなど近代化を進めやがて倒幕。

かるかんも、明治維新も奄美の砂糖が一役買っているのだ。
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by ogawakeiichi | 2010-07-26 09:44 | 只記録

変なタイトル

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変なタイトルだが、たまにはこんなのも。。
複雑系の見方、アフォーダンスやオートポイエーシス、システムを平素な言い回しで格言っぽくいえば、こういうことだよなぁ。。



ルール52

1.ピンチのときこそ、リラックス

2.有権者の本当の望みを知れ

3.「目的は何か」を問い続けよ

4.「解決」より「予防」が安上がり

5.「現状でのコスト」>「変化に伴うリスク」であれば改革せよ

6.額縁を変えて絵を見よ

7.「システム思考」をせよ

8.新しいカテゴリーをつくれ

9.「出発点はお金」を肝に銘じよ

10.「よい答え」より「よい質問」

11.「どちらか」ではなく「どちらも」選べ

12.情報の「よしあし」はそれを知る時期で決まる

13.「ノー」の返事は自分への問いである

14.安心できるゾーンに留まらない

15.スタート時には「4C」が必要だ

16.ストーリーを語れ

17.「効率よいもの」より「掘り出しもの」

18.「知っている」と「やっている」はまるで別物

19.「雑音」を減らし、「信号」を発せよ

20.戦略戦ではスピードがカギを握る

21.「世界の人々を魅了できるか?」と問い続けよ

22.自分が「本当に売っているもの」を知れ

23.「朝目覚めさせるもの」と「夜眠れなくするもの」は何か

24.勝つために、ゲームのルールを変えよ

25.顧客の期待感をひたすら高めよ

26.人への投資がお金を生む

27.「メーガン・スミスの3つのルール」を知れ

28.「よいデザイン」より「偉大なデザイン」

29.正しい言葉を正しい位置に

30.全方位でイノベーションを起こせ

31.「自分ブランド」の発信法を知れ

32.「コンテンツ」より「コンテキスト」

33.演じる自分を自覚する

34.迷ったときにはシンプルに

35.忠誠心は「双方向」

36.「お金」よりも「気持ち」のマネジメント

37.「適切な資金」を集めよ

38.目の前の問題からはじめよ

39.「真剣な遊び」のやり方を知れ

40.ITの真価を考えよ

41.「リーダーの仕事」について真剣に考えよ

42.自分と違った人間を大切にせよ

43.「学歴」と「才能」を混同するな

44.自分の専門が必要だ

45.失敗を讃美せよ

46.現実的な理想主義者となれ

47.自分を世界の中心に置け

48.「象徴」となるプロジェクトをつくれ

49.最後に勝つのは「開かれた人間」

50.調子のよいときに「強み」を見直せ

51.仕事に厳しく、ユーモアは忘れずに

52.至る所に学ぶべき先生が溢れている



 「どこかで聞いた。あたりまえじゃん。。」と、流すのは簡単だが。そう思わせるには、その経験があったはず。
上記にもある「知っている」と「やっている」はまるで別物。の一条が、腑に響く。
昨夜、某処であった地方政府系秘密結社の座において、『なにを言っているかではなく、なにをやってきているかだ!』と、激が飛んだが、これもおなじかぁ。。。身体と触知感覚の面影を発動させ、振り返りでの棚卸だな。。そうすることで、方法としてがっつり認識していくのだろう。
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by ogawakeiichi | 2010-07-24 12:26 | 只記録

フェアトレード学

f0084105_1048216.jpgひょんなことから、あれよあれよと『フェアトレード』なるものにミメーシス(感染)されつつある。

環境とか福祉とか平和とか、言葉あたりのよいこの近辺は、ときに胡散臭いものも混ざった玉石混合な世界でもあり、これまでこちらから出向いていくことはなかった。

しかし、人生の縁とは奇なもので、あれよあれよと「共生のためのフェアトレード」という初開講のメンバーに座をもたされ、推進エンジンである鹿児島大学留学生センターK先生の放射熱に感染したこともあり、ここへ身柄を投企してみることにした。

※昨年後期は、内モンゴルまでいくことになる。

振り返ると、ぼくの人生は大雑把には、ああしたいとか、こうしたいとかのベクトルがあるのだが、ミクロ的には、そのほとんどが、突然やってくるものである。

さて、フェアトレードのことだが、とりたてて、トレードをフェアと言い立てるのには訳がある。そこには、1980年第から、主要国をはじめ世界を席巻した「ネオリベラリズム(新自由主義)」へのパラドックスがみてとれる。

現在の日本での食料自給率は、わずかに40%。私たちは、食べ物の多くを海外からの輸入に依存している。

食べ物だけではなく、家具、衣類、文具、生活雑貨など、私たちの生活は。海外、特に安い製品をつくってくれる途上国と密接に結びついているのだ。

1991年、香川県高松市に「100円ショップ」の第一号店がオープンし、価格破壊が凄まじい勢いで進行。グローバリーゼーションの波に乗って、企業は世界各地から、とくに途上国から安く『買い叩いて』きた。

企業努力という美名の裏で、途上国の生産者が「泣かされている」ことを、私たちは全くと言っていいほど知らない。

原始共産の時代は、お互いが物々交換をしていた。しかし、そのなかに「聞き耳をたてる第三者」つまり、情報を往来させる媒体が参入することにより、生産者から消費者までのあいだを、何人もがバトンリレーしていくシステムになる。

本来の生産者より、流通システムを握ることで生産者の何倍もの利益を享受するモノが現れれくる。

そうしたなかで、フェアトレードはむき出しのネオリベラリスト(新自由主義)がもたらす競争から、零細な生産者を守るセーフティーネットとしての装置でもある。

しかし、このフェアトレードと一括りで呼称される世界を、凝視してみると、じつに曖昧模糊でもあるのだ。

フェアトレードとよばれる団体やコミュニティーを、じっくり観察してみると、気がつくのは、いわゆるフェアトレードに対する立ち位置の違いだ。

深化ー拡大を横軸に、改革ー慈善を縦軸にとる二軸四方の四象限に分け、オルタネイティヴに深化したイデオロギー満載のグループ。フェアトレードラベルをつかった認知ビジネス。

売り場の片隅に、フェアトレード商品をちょろっと並べただけの、フェアトレード参加を謳う大企業。

立派なカタログを仕立て上げ通信販売をおこなうフェアトレード団体まで多様なのだ。

乱暴にいえば、フェアトレードの立ち位置からビジネルをやるのか、ビジネスの立ち位置から、フェアトレードを利用していくのか、様々な思惑をもった個人、団体が入り乱れている。

したがって、ぼくとしては人間中心のデザイン思考から、「現状をあつめ、ひきだし、つくってみる」ワークショプでおおまかな里程標を立ててみることにした。

そこから、デザイン思考で対極を取り結び、フェアトレードに創発を起こそうと企んだ。。

FTの原点・現状・問題点を、文化人類学、農業経済学、デザイン思考、の多様なメンバーと学生組織フェアレスの協力を得て、ワークショップを中心に紐解き、再構築していきます。。


先は長くなりそうだ。。。
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by ogawakeiichi | 2010-07-22 10:49 | 情報とデザイン

グローバル資本主義

フェアトレードの授業を終わらせ、香港へ向かう。ピュアな世界から、一転してアジア金融資本で盛況きわめる香港へ。香港では、アジア経済の最先端に寄り添うことになる。

午前は一地方都市で学問としてのフェアトレードのワークショップを講じ、夕方には、もうかりますか?のアジア金融最先端、香港ビジネスの世界へ向かうことになる。同じ日に対極に位置する矛盾を、どさっと引き受けることになったのだ。

いま、世界中に金融ネットっワークや商品ネットワークとともに、資本主義の力が網の目のようにはりめぐらされている。これを最近では「グローバル資本主義」という。コーヒーを飲んでも水を飲んでも資本主義。いまや中国もロシアも例外ではない。

いっとき社会主義の計画経済が、東欧や中国で確立されてのだが、これもなし崩しくずし的に解体され、多くの国が自由資本主義を導入してきた。歴史経済学のエマニエル・ウォーラースティンはこれを歴史的な「世界システム」の発動というふうに捉えた。

さらに、今日の社会は、ウェッブがはりめぐらされた高度情報ネット社会でもある。つまり、資本主義と情報主義の監視と管理をうけていることになっている。

ということは、なにもかもが、レジストレーション(登録)されていることにもなったわけで、便利で自由になったと感じている分、その外側は「私の要望」が管理されていることになる。何かしようとすると、自分の位置も身元もバレていく。

巷ではよく、自由市場とか、自由競争ということをいうが、いったい「自由」とは、なにを自由といっているのか?。

そもそも資本主義が、自由を満喫できるほど、それほど高度なものなのか。あるいはまた、すこぶる倒産や合併が多いのに、どうして株式会社は万能にみえるのか。最近の日本は外資系に買収されていく日本企業もめだっている。

近代経済学を確立したといわれるケインズは、だからこそ「市場は不安定である」というところから出発した。また、いっとき世界をさわがせたヘッジファンドの投資家ジョージ・ソロスさえ、「金融資本主義を書くとしたグローバル資本主義ほど不安定なものはない」と言っていた。

また、ノーベル賞をとったケンブリッジ大学の経済学者アマルティア・センは「貧困と飢饉」のなかで、国家や政府が介入しない資本主義は世界各地の民衆の権利をなんら擁護できないとした。

むろん、逆のことを主張する学者も大勢いる。経済学者フリードリッヒ・ハイエクは、資本主義は、個人の自由とわかちがたいもので、そこに国家が介入してはいけないという思想を主張した。これはこれで、すばらしい自由思想かもしれないが、しかし、個人の自由を資本主義でしか保証できないなんて、誰が得心しているのだろう。これって、お金が無いと自由は手に入らないのですと言っているに過ぎない。

ヨーゼフ・シュンペンターは「企業家精神(アントレプレナー)」の重要性を言い出した画期的な経済学者だが、そのシュンペンターは「市場経済はほっておけば利潤ゼロの均衡状態に向かう傾向をもつ」と言った。そこでシュンペンダーは、だから「企業家は、つねに創造的な破壊をしつづけなければ生き延びられない」、それゆえ「イノベーションが必要」とした。つまり、「よほどのことをしないかぎり、企業は勝てない」と言っているだけでもある。

競争の激しい既存市場を「レッド・オーシャン(赤い海、血で血を洗う競争の激しい領域)」というが、競争のない未開拓市場である「ブルー・オーシャン(青い海、競合相手のいない領域)」を切り開くべきだと説くが、所詮はニッチャーを狙った資本の自由競争に違いはない。

そうなると、これはもう、翻って、資本主義を成立させている歴史や基盤を、問題にしたほうがいいかもしれない。(引用参考:世界と日本のまちがい)。
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by ogawakeiichi | 2010-07-20 14:23 | 只記録

中国人富裕層

きょう、まもなく中国からのチャーター船が入港する。これから通訳に向かうのだが、通訳といっても、左右の結び目上で起きたトラブルを、どこに落ち着かせるかの専門になってきた。まあ、ズバッといって苦情処理。だが、ぼくにとっては最先端現場における語感や間のアフォーダンスセンスと、触知感覚を切磋琢磨する装置でもある。

中国人旅行客といえば富裕層。

中国人富裕層という言葉が、頻繁に使われるようになってきたのだが、ところが、この富裕層、使い方がマチマチで、これまで日本がビザを発行していた富裕層とは年収350万以上160万人。

7月1日から年収85万以上1600万人への緩和された。

しかし、富裕層とは、人民元で、1億元(15億円)以上のキャッシュを持つ人間という話もある。

これらの人々が、中国全土で、100万人とも言われる。

350万以上所得のある人が160万人いるのか、15億以上所得のある人が100万人なのか?

あまりにデータの開きがありすだ。さすが大雑把な中国データ。ご都合マーケッチングの印象は拭えない。なにがが本当なのかは知らないが。。

だだ、急激な中国マネー日本到来の時期がきているという蓋然性でとらえておこう。

下に添付した記事から想定できることは、各地方の共産党の幹部が、これまで密かに蓄えこんだ自分の資金を、国外で確保することを考え始めるということ。

中国人の今の人気は、京都、富士山、そして、北海道。。

これら以外の土地は、まだ、彼らが、知らないだけだ。

それを、どう認知させるか?

現在、鹿児島は、一度日本へ来た中国人へのアンケートで、また行きたい場所ランキング上位にはいる。←苦情に対する通訳能力の高さだな。。。ふふふ。

これから、さらに、鹿児島が仕掛けていくとすれば、地域興しを兼ねて、映画やテレビドラマ制作のネタでしょう、

歴史物語の発掘 そして、共同制作のコラボレーション。

話題つくりに、中国や台湾のスターを名誉町民として招き、土地を無償貸与。

どうでしょうか、徐福伝説のある、某市のみなさ~ん!!。

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中国共産党、幹部らに不動産など保有報告義務付け
配偶者・子女も対象、汚職撲滅アピール 2010/7/12 18:48

 12日付の中国各紙によると、中国共産党は党・政府幹部と配偶者、子女に、不動産や有価証券などの保有状況を党に報告するよう義務付ける規定を新たに設けた。官僚腐敗に対する国民の不信が根強いなか、申告する資産の対象を広げ、汚職撲滅への積極的な姿勢をアピールしたい考えだ。

 11日付で公布した規定では、配偶者と子女の非上場企業に対する投資や海外での就業状況の申告も義務化。事実と異なる申告や未申告について、悪質な場合、幹部本人を免職処分にする。

 近年、不動産や有価証券など現金以外のわいろ授受が増えたほか、幹部の家族による海外での不正蓄財に国民の批判が高まっており、党は申告の対象項目を拡大したとみられる。

 ただ、申告内容は非公開のため国民のチェック機能は働かず、閣僚級以上を除き申告対象に預貯金は含まれていない。まん延する腐敗の撲滅に向け、今回の規定がどこまでの効果を発揮するかは不透明だ。(北京=尾崎実)

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by ogawakeiichi | 2010-07-13 10:16 | 只記録

ブランディングのたわごと

いま、二つのブランドプロジェクトにかかわっている。、どちらも地域や日本を美味しくイジッてくれるのでは、との期待からだ??。

自分という個もブランドになってないのに、人様や公共さまをブランドなんぞにできるわけがない。しかし、世間様はぼくを、中国通であり、モノやコトをデザイン思考で捉えてくれると思っているらしい。←ふふっ。

おかげでいま、この圧力から、観察と観察であつめたものを仕分ける地味な引きこもりの日が続く。


地域ブランド化のこれまでの手続きを、よくよく凝視してみると、どれもこれも単線系で組み立てている。おまけに、その地域から立ちのぼる香ばしさというものを捉えきっていないのだ。つまり、観察してない。

広告会社がキャンペーンをしても、コンサルが技術の優秀さをいくら説明してもねえ。。

使いふるしたフレーズで、物知り顔で会議の場で放つだけのコンサルやファシリテータが、未来を演繹的に扱ったマーケティングが、大手を振るっていたのである。

マーケはマーケで、あるデータを切り取った重要な情報の一つ。マーケティングそのものに問題があるのではないのだが・・

地域をどうするかではなく、地域がまわりとどういう関係で動いていくかの思考が不足している。

バブルな右から上がりならいざしらず、複雑系の現在、後出しジャンケン的思考からは、イノベーションなんて生まれませんよ。


それとともに、地域の人々にとって、その地域とは何であり、どのような問題があり、なにを解決すれば皆が満足するのか、答えを利用者の日常生活に投げ込んで、その価値を理解してもらうことが大切でしょう。

やるべきことは、問題に観察とプロトタイプで挑戦し、地域の人々の心のなかにひそむ「忘れ物」を表層にあげていく、カタチにしていく。それはまた、「ワザ」でもある。

そのワザが地域の人々を動かしたとき、そのプランはオートポイエーシスでいうところの構造的カップリングをはじめ、多くの共感をよび、ブランドとしての実現に向けての第一歩を踏み出すことになるのである。
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by ogawakeiichi | 2010-07-12 07:17 | 只記録

共生への挑戦

鹿児島大学留学生センター主催による多国籍合宿が、第十回を迎えた。

六月中旬、二日間の合宿先である大隅青少年自然の家には、県内各大学のサークルや、高校生、国際交流機関、一般家族など、約三十カ国、四五〇名近くが集まった。

議論、講演、スポーツ、ワークショップなど多彩なプログラムにしたがって、降りしきる雨をよそに、テーマである「共生への挑戦」の時が流れた。

ぼくも昨年に引き続き「アジアのアート」と題した分科会を担当した。

昨年は、ひとりひとりに水墨を体験してもらうワークショップだったが、今年は多様な国籍をもつ人々を数チームに分け、それぞれのチームが共同で「梅の樹」を描くワークを試みることにした。

なぜ「梅の樹」だったのかといえば、水墨画の発祥の地、中国で師匠からはじめて教えてもらったのが「梅」の書き方だ。

そのためか、「アジアのアート」といえば、無意識のうちに「梅の樹」を選んでいたのだろう。

さてさて、ぼくが主催する分科会の参加者だが、そのほとんどが、お互いにこのワークで出会ったばかりの、ほやほやな組み合わせだ。

老若男女の多国籍からなるメンバーは、筆と墨をつかって全員でどんな作品を仕上げるのだろうか。どんな順番で、どんな描き方をして、どんな結果がまっているのかは、皆目見当がつかない。やってみないとわからない。

そのうえ、この梅雨の時期に描く水墨は、思いがけないにじみが多発し、それがいい味を醸しだせば問題ないが、ときには、そのにじみが絵画のバランスを崩してしまう。

多国籍合宿という「場」で、出会った「偶然」は、どんなものを生み出してくれるのだろうか。

振り分けられたグループは、たまたまな偶然の出会いにすぎない。

しかし、偶然のいくつかは、思いがけないモノやコトを生み出し、価値観を揺さぶり、ときに人生を大きく左右する。

偶然の出会いではじまったメンバーに、コミュニケーションが芽生え、次第に全員でつくる「場」に意識が向かい、自分の持ち味をいい按配で発揮して全員が「仲間」や「ファミリー」という必然になったとき、思いがけない効果や力が生まれる。

ワールドカップのサッカー日本代表チームがそうだった。

一戦ごとにまとまっていくチームの姿を見てそう感じた。

ところで、分科会「アジアのアート」の顛末だが、たまたまアフリカの人が複数いるチームは、全体がしっかりした線で描く現代アートの香り漂う作品になっていた。

日本人が複数いるチームは余白のある、きめの細かなにじみのある画面に仕上がっていった。どのチームも調和がとれた作品だった。

初日から、窓の外を濡らす雨は、多様で多彩な人々を、多国籍合宿という「場」に濃厚に閉じ込め、共通の体験を通じて、偶然による縁の結び目をより強固にさせていたのかもしれない。

「共生」と「偶然」と「場」について、ちょっぴり哲学した気分の二日間でもあった。
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by ogawakeiichi | 2010-07-02 04:46 | 南日本新聞コラム