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彩遊記

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振り返り

一年の時が経つのは、はやいもの。

今年1月2日に、今年の行動様式の銘文化みたいなものを書いていたが、

ふ~ん。こんなことを書いていたんだ
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1 選択と集中。
※よく考えて選んで、時間や力を集中。←モーラと一点突破か

2 マイペース。
※粛々と 淡々と やる。←マラソンや座禅みたいな要領か。

3 むやみに群れない。←オートポイエーシスの意思か?!
※感覚を研ぎ澄ますために、ひとりでいることは(自分にとって)必要なこと。もちろんマイナス面もあるけれど。

4 ひとと同じことはしない。あえてリスクをとる。
※オリジナリティーと言えば聞こえはいいけれど、単に‘あまのじゃく’なだけかもしれない。


目標を持てとかいわれるが、これは、どーも腑に落ちない。やりたいことが先であり、
ちょっと専門的に言えば、「寝食を忘れてなんとか・・」とはカオスの淵にいることで、
そのカオスの特異点を越え、創発してくるもので。目標はつねに意外なところにまっている。

また目標も時と場で変化してくる。また、分というものある.

しかし、まあ、でも、大雑把なベクトルはゆらぎながらもすすんできたかな。

20代で海外放浪、日本の中心(東京)で暮らし、めしの種(技術)をマスターし、

30代で会社をつくり、身体性に興味をもち、
トライアスロン(スイム3.9キロ バイク182キロ ラン42.195キロ)をやっつけて

40代は海外で10年の教員生活をしながら、アートをはじめた。。。。外から日本を考えた。

50代から総まとめ・・・。

こんな感じか・・

カチッとした永続っぽい目標に縛られるような生き方はあまり好きじゃない

のめりこんだのち(最低でも3年)、ツボがわかると、そのつぎへ

その時々のその場の状況を感覚でとらえて、直感的に反応しつつ生きていく。

きっと今年も、計画性とか、無理だなあ。。。


まあ、お上から、目標はどうなんだと迫られると、そのフリはします。が。

渦中に永続的にいないだけに、世界というものが、わかるんだよなあ・・

しかし、周囲が見えなくなるような久しぶりのノメリコミのリスキー世界もなつかしい。←結局、どうなんじゃい!

そうなると、今年は、つまり、個と類。ノメリコミと俯瞰をかわるがわるメリハリきかせ、
高速往来させてリスキーな年ということになるのか。


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へ~え。こんなこと書いていたんだ

さて、ここらあたりから、心境の変化はあったのか。

あす、あさってあたり、次のアンカーポイントを
銘文化してみよう。
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by ogawakeiichi | 2010-12-31 09:09 | 只記録

コトラー3・0

f0084105_13204458.jpg年末の大掃除をしていると、部屋の片隅に放りなげた中型スーツケースから、『コトラーのマーケティング』が出てきた。

フィリップ・コトラーといえば、マーケティング界の大巨匠。

9月上旬、ジャパンブランドで1週間の上海滞在のとき、運河を望むホテルの部屋でパラパラと捲っていた、インクの匂いのする出版されたばかりの新刊本だった。

どこへ、いったのかと思っていたら、スーツケースのなかにそのまま忘れていたのだ。

「消費者志向」はもう古い!マーケティングは、モノを売り込む「製品中心」の「1.0」、顧客の満足をめざす「消費者志向」の「2.0」を経て、「3・0」にバーションアップした。と帯には書かれている

さて、そのバーションアップした3.0とはなにか・・

『「コトラーのマーケティング3.0」ソーシャル・メディア時代の新法則』を一読して思うのは、西洋型コトラーマーケティングは、生物学や物理学と同じ方向に進んでいるということだ。

というより、怒られそうだが、後を追っているな。。という感想。

マーケティングの巨匠に楯突くつもりは毛頭ないのだが、生物学でのミトコンドリアとの共創、物理学の複雑性や相転移、民俗学のエスノグラフから連なる国際協力の村落開発などの手法、もともとアジアにあった共生、多文化共生の技などは、呼び名もつかないまま、すでに先行していた。

それはそうとして、3・0のキーワードとはなんだろうか。

著者は、マーケティング3.0を

【協働マーケティング】
【文化マーケティング】
【スピリチュアル・マーケティング】

の融合であると位置づけている。

【協働マーケティング】とは、製品開発やコミュニケーションにおいて顧客や他社をいかに参加させ、協力者をいかに得るか。

【文化マーケティング】とは、グローバル化によるパラドックスといった文化的課題を自社のビジネスモデルの中心に据え、グローバル化によって引き起こされる消費者行動の変化にも対応できるようにする努力。

【スピリチュアル・マーケティング】とは、単に人々のニーズを満たす製品やサービスだけではなく、精神を感動させる経験やビジネスモデルを提案し、心理精神的便益の実現。

消費者の精神に訴えかけるブランドに必要な3つの要素が次の3iである。

ブランド・アイデンティティ
ブランド・インテグリティ
ブランド・イメージ

ポジショニング、差別化、ブランドの整合性を保つことが重要課題になる。

多様な価値観のグローバル世界では、コミュニティ全体の幸福という大義名分を持つことが、最強のマーケティングになるということだろう。

言うは易しだが、実践行動方法は、たぶん多文化共生の『技』とおんなじだろう。。な。
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by ogawakeiichi | 2010-12-29 13:11

御用納め

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かごしま“ふくふくの正月"記念品。もう10年続く我が筆による干支シリーズ。きょうで御用納め。

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桜島フェリーで、温泉へ
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by ogawakeiichi | 2010-12-28 06:15

4つの距離

文化人類学者「エドワード・ホール」は、違うカテゴリーに属する人たちはちがう言語をしゃべるだけでなく、ちがう感覚世界に住んでいるということを述べている。

彼によると、人間における距離を「密接距離」「個体距離」「社会距離」「公衆距離」の4つの距離にわけている。

「密接距離」は、愛撫、格闘、保護の距離。
「個体距離」は、特定の個人とのコミュニケーションを取る距離。
「社会距離」は、個人でなく業務や社交上の対話。
「公衆距離」は、講演会の演説などの距離。

人間の心の中で、それぞれの距離に結びつく行動と関係を結び付けたいという願望が、関係のカタチをつくりだしている。

つまり、人々がお互いにどんな気持ちをもっているかということが、お互いの距離を決めている。

このように身体的見地からコミュニケーションのサインについて考えてみると、言葉は意識的に嘘をつくことができるが、身体は嘘をつけない。

「カルチュラル・コンピューティング」より
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by ogawakeiichi | 2010-12-27 14:54 | 情報とデザイン

ブランドにたいするたわごと

ブランドに対するワークが増え、今、ぼくのなかではデザインの流れが、建築や絵画、グラフィックなどの目にみえるモノから、サービスや、システムなどの目に見えないコトのデザインへ大きくシフトしている。←その分、観察のため出遊する時間が増えた。ま、世間からみると、一見、何をやっているのかわからない。。らしい。。

ブランドとはその商品を購入することで、楽しいとか、なにかが起こるという期待感をもたせるデザイン。ここでいうデザインとは、モノのデザインを含めた仕組みのデザインでもある。

地域のブランディングでいえば、週末どこに遊びに行こうかと思うとき、多くの人が、自分の未来を愉快や素敵にしてくれる場所をえらぶだろう。このときの決め手になるのが地域ブランド。

ただ、ここで大切にしていることは、「売れる」のではなく「売れ続ける」という、命題。

一喜一憂しない。つまり、気がつけば、いつの間にかじわじわとトップへ出てくる、マラソンランナーのような走り。のブランド。←ここを書きだすとキリがないのでおわり。。

話を元に戻して、「地域ブランド」だが、ブランドを形成するには、具体的にどのような順序で人間は行動にでるのか?を考えてみることにしよう

たとえばのはなしだが、そこには「願いごとのかなうパワースポットがある」とか「かつが、おいしい」ということの情報がメディアが告げ、人々の記憶に刻印され、「それ、知っている!」ということからはじまる。

続いて、インターネットのサイトを検索して、「身近なものに感じ」、【知っている】から【分かっている】の段階へと進み、確信したうえで、ようやく行動に現れていく。

テレビや新聞情報だけでは、人々の気持ちはなかなか動かない。

人々が、実際に行動に移るための要因を【マイメジャー】とよぶ。

情報は【メジャー】な情報と、自分にとっては大変重要でも、他人にとってはどうでもいい情報がある。

※例えば、携帯電話自体はメジャーだが、ストラップや待ち受け画面などは【マイメジャー】。

【マイメジャー】のポイントは「そこは良さそうだから自分も行きたい」といった自己のアイデンティーがモチベーションであり、他人に見せられることにある。

テレビから得た情報は口頭でしか伝えれれないが、手にとって渡せるものは、自分たちの手でほかの人へと次々に渡り、新しメディアとなっていく

図しすれば、「知っているメジャー・マス情報」→「わかっているマイメジャー情報」→「信用しているクチコミ」となる

「信頼する人から、あそこへ行ってみろ」とか、「騙されっとおもって食ってみろ」とか「あれいいね」とかの言説が「信用しているクチコミ」である。
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①少数者の法則:影響力の高い少数の目利きが推奨する
②粘りの要素:記憶に粘りつく
③背景の力:人の性格に感染する背景の力を利用する
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現代のメディアの中心は、マスメディアから、クチコミ以上マスメディア未満の携帯電話や、メールなどへ移行しつつある。

イギリスのある首相は、「顔のみえないネットワークの社会において最も重要なのはブランドである」と明言した。


ブランドを形成するにはまず、「私たちはこのような問題と素晴らしさを同時にもっています」と、現実にきちんと目を向けること

つぎに、「来てくれたら、こんなに素晴らしいことをあなたに保証します」といえること、

三つ目に、そのことを確実に人に「伝達」すること。四つ目に、伝えた相手を「育成」すること。

そして、一番重要なことは、当たり前だけど、自分自身がそのモノ、コトに対して、素晴らしと再認識することである。

自分自身が、それを素晴らしいと思えなかったら、まだまだブランドとして未熟ということ。←あたりまえだが・・
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by ogawakeiichi | 2010-12-24 12:54 | 只記録

験担ぎごはん『三大カツ』参上

徐福(徐市)伝説を知っていますか?

いまから、約2200年前、中国は万里の長城を築いた秦の始皇帝の時代です。

その秦の始皇帝に派遣され、不老長寿の薬草を求め、童男童女1000人と、五穀の種、技術者を乗せて東の海へ乗りだし突如として消えた一団がいました。その徐福(徐市)一行はいったいどこへ向かったのか?。

東アジアの大きな謎でした。

しかし、それはどうやら、いちき串木野の照島海岸にたどりついた。!?

照島海岸には始皇帝の王朝、秦から命名したような、『秦波止』という場所がありますがそこは、徐福一行が上陸した場所ではないか。徐福のまたの名を“徐市”といいますが、いちき串木野の“市来”は市が来たという意味ではないかと言われているのです。

さらにもうひとつ、

照島海岸の秦波止に上陸した一行は、近くに荘厳なパワーを秘めた山をみつけその山の山頂で、天の神様と対話する「封禅」という儀式をおこない、自分の冠をその山に収めたといいます。

それが、いちき串木野のシンボルにもなっている山である『冠岳』ですね。

ふむふむ。。そうなると・・・・ぼぼ、謎は解き明かされたようで・・。。

冠岳には日本一の徐福像が建ち、また信仰の山としてたくさんの人がおとずれるパワースポットでもありますね。

当時のハイテク頭脳集団でもあった徐福一行のもっていた思想や技術は、その後、修験道や密教のなかに脈々と受け継がれていくことなります。串木野に金鉱脈があることも、彼らの技術からすればもともとわかっていたのでしょう。

冠岳から西へ約4.5キロの場所にある旧串木野金山は、金の産出量日本一を誇ったパワースポットです。旧金山はいま薩摩金山蔵として坑道仕込みの焼酎蔵とともに、トロッコにのって金山巡りが楽しめます。

いちき串木野の海岸線を北西に向かえば、夕日の美しいパワースポット羽島に到着。ここは1865年、日本初の海外留学生15人が、英国へと船出した「薩摩藩留学生渡欧の地」。留学生たちは、帰国後、初代文部大臣や、サッポロビールなど様々な分野でドラマをつくっていきます。この場所で先人に想いを馳せるのもいいですね。

最後に、もうひとつ県内外のサッカー関係者の間で注目を集めているのが、パワースポット市来神社。鎌倉時代、市来一帯を治めていた市来氏家(うじいえ)は蹴鞠(けまり)の名手。ここで願掛けしたチームが初出場で、全国大会準優勝の栄誉を勝ちとりました。

ここで話は一転しますが。

徐福伝説の冠岳をはじめとする、このパワースポットいちき串木野で、土地に縁あるパワー食材で『験担ぎごはん』を誕生させたいという思いが食に携わる関係者のなかにはありました。それは思いから、次第にかたちへと変えてきます。なんどもなんども会議をかさね、なんどもなんども試食会を重ねました。そこから誕生したのが、勝つ!の験を担いだ、『鶏かつ』『まぐろかつ』『豚かつ』の『三大かつ』です。

パワースポット串木野巡りとともに、パワーを浴びた食材で皆様に貢献できることを祈願参上仕ります。

どうぞよろしくお願い申し上げます

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キャラクターデザイン串木野出身K嬢(筑波大視覚伝達デザイン)
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by ogawakeiichi | 2010-12-21 10:54 | 只記録

あおによし・・

『青丹(あをに)よし寧樂(なら)の都は咲く花の
薫(にほ)ふがごとく今盛りなり 』


昨日、奈良では平城遷都1300年記念行事のNARASIAグランドフォーラムが終了。←おまけに我が生誕記念日。

『平城京』とは一体なんだったのか?

振り返ってみると「古事記」「風土記」「日本書紀」の修史編纂。

富本銭などの通貨鋳造、房戸による郷里制の施行、三世一身の法などの土地政策の統括、

神事と仏事の多義的な統合などに向かっていった。

縄文以来の日本的なるものと、稲・鉄・漢字・仏教による東アジア的なるものが、独自に多文化共生へと編みこまれていった時期でもある。

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平安遷都1300年記念出版、NARASIA。

じつは、編集委員会から、入稿の土壇場で、ある緊急依頼。

歴史に残る一冊の「奥付け」に記名賜り。。感謝!!。
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by ogawakeiichi | 2010-12-20 11:58 | 只記録

デザイン思考

f0084105_7495747.jpgデザインとは『デ(De)』+『サイン(Sign)』.つまり、従来の意味(記号)の組み合わせを否定し、変えることである。

常識を否定し目の前に現れる複雑な状況をシンプルに解決しようとする『引き算』のアプローチだ。

それは何らかのフレームワークをあてはめ分析して一般解に至るのとは逆のアプローチでもある。

我々の直観、身体、感情、知性を用いて現場での個別具体の現実から仮説を生み出し、目的にむけて諸要素を総合的に創造する知である。

方法論でいえば、チャールス・パースのアブダクションだろう。

五感を総動員してモノのデザインを『知の仕掛け』に載せていく設計だ。

観察で得た直観から、仮説をつくりモノを生み出し、物語としてのコトに乗せていく総合的な思考が本来のデザインである。最近は、それに向うデザイナーもほとんどいなくなってしまった。

モノのデザインは、とっくにグラフィック、インテリア、広告デザインといったカテゴリーに分断され、コトは、バイヤーやコンサルや広告代理店などにより専有されている。この分断された領域を横超できなくなっているのだ。←バブルの頃から、効率を求めてモノとコトの両方に分断されていった。

アブダクションの背後にあるのは、あくなきパッション、探究心。さらに特定分野での博学的知識も重要だ。市場環境分析から論理的にでてくるような戦略や施策には誰もコミットなどしない。

大事なことは、明らかにチャレンジングな常識では考えられないようなことを解いて現実のモノにすること。

そこには感性と直観力が不可欠なのである。

小さくても、そういった積み重ねがエクセレンスを形成していく。

それではデザインにおける直観的思考とはなんだろう?。

認知心理学者のドナルド・ノーマンは、人間には創造に不可欠な2種類の認知システムがあると考えた。一つは【体感的認知】。もうひとつは【内省的認知】と考えた。

ドナルド・ノーマンのいう【体験的認知】とは身体的な五感、経験を通じた観察からくる直観のことである。

デザインを進めていくにあたって、我々は現場に踏み込んでいかねばならない。

『体験的モード』とは、身体的な関わりを通じて思考することである。

しかし、それもまた、個人の体験の限界に留まってしまうかも知れない。

そこで、同時に『概念的な本質、真理を追求する必要が生まれてくる』

つまり、そこには【内省的認知】によって、比較対照や思考、判断などが行われ、最終的に【新しいアイデア、新しい行動がもたらされる】。

ズバッと言えば、自分を客観視できる力だ。←禅的な訓練が必要になってくる?。

身体(五感)のアンテナで何かを暗黙に『知る』その純粋経験をもとに、そこで分析したりせずに、バイアスを捨て、包括的・直感的に印象をえて、顧客や現場の事象の生きた『データ』を感受する。

しかし、このあたり矛盾に満ちたものでもある。

ただ、ここでこれに白黒つけようとせずに、多様な意味や、事象の集まりとして認識し、それぞれを比較対照しながら関係性を理解していく。あるがままに理解する。

受動的であるけれど、同時に個別の様子にも目を向けた認知状態である。ここに飛躍が訪れ、仮説が見えてくるのだ。

これはデザイン思考する人の内部では、概念の『熟成』がおこなわれている段階でもある。

参考:ビジネスのためのデザイン思考より


つづく・・
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by ogawakeiichi | 2010-12-16 07:50 | 情報とデザイン

オーランチオキトリウム

f0084105_1429649.jpgこれが実用化されると、エネルギー問題が一挙に解決?

戦争へのエンジンは、宗教、民族、・・戦争利権などであるが、
戦争への原因は、食料とエネルギーだ。。。

きょう、グッドなニュースが舞い込んできた。。
沖縄の藻に含有される「オーランチオキトリウム」というものが、化石燃料の重油に相当する、炭化水素をつくることがはわったという。

記事はここ
asahi.comニュースサイエンス記事.

生産能力10倍 「石油」つくる藻類、
日本で有望株発見2010年12月15日7時0分

              ↓         ↓        ↓       ↓
 藻類に「石油」を作らせる研究で、筑波大のチームが従来より10倍以上も油の生産能力が高いタイプを沖縄の海で発見した。チームは工業利用に向けて特許を申請している。将来は燃料油としての利用が期待され、資源小国の日本にとって朗報となりそうだ。茨城県で開かれた国際会議で14日に発表した。

 筑波大の渡邉信教授、彼谷邦光特任教授らの研究チーム。海水や泥の中などにすむ「オーランチオキトリウム」という単細胞の藻類に注目し、東京湾やベトナムの海などで計150株を採った。これらの性質を調べたところ、沖縄の海で採れた株が極めて高い油の生産能力を持つことが分かった。

 球形で直径は5~15マイクロメートル(マイクロは100万分の1)。水中の有機物をもとに、化石燃料の重油に相当する炭化水素を作り、細胞内にため込む性質がある。同じ温度条件で培養すると、これまで有望だとされていた藻類のボトリオコッカスに比べて、10~12倍の量の炭化水素を作ることが分かった。

 研究チームの試算では、深さ1メートルのプールで培養すれば面積1ヘクタールあたり年間約1万トン作り出せる。「国内の耕作放棄地などを利用して生産施設を約2万ヘクタールにすれば、日本の石油輸入量に匹敵する生産量になる」としている。

 炭化水素をつくる藻類は複数の種類が知られているが生産効率の低さが課題だった。

 渡邉教授は「大規模なプラントで大量培養すれば、自動車の燃料用に1リットル50円以下で供給できるようになるだろう」と話している。

 また、この藻類は水中の有機物を吸収して増殖するため、生活排水などを浄化しながら油を生産するプラントをつくる一石二鳥の構想もある。(山本智之)
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by ogawakeiichi | 2010-12-15 14:25 | サイエンス

記号論への招待

f0084105_1005394.jpg中国を「シナ」と呼ぶ問題。

『差別用語』だ、歴史的言語だとかで、ガタガタやっていたことがある。

今頃、俎上に上げるのもなんだが・・。中国では、日本人および日本のことを『日本鬼子』と言い、差別している。

ぼくも農貿市場で中国語がわからないと思っている、おばちゃんたちの会話の中で『日本鬼子』と言われていた。←そんなとき、大胆不敵な笑いを浮かべ、中国語で『なにいってやんだぃ!』と放ってやった。おばちゃんは、しまった!と恥ずかしそうな顔をしていた。

『日本鬼子』は差別というより、日中戦争で、日本に対する蔑称ではじまったものが、いまでは完全な差別用語となっている。。

日本人が中国に対して使う差別用語『シナ』も、中国人が日本に対してつかう差別用語『日本鬼子』も、起源をたどれば、、ひとつの公のラングから、意味の違う、二つのパロールに乖離していいったことに起因する。

つまり、本来の意味と、そこから徐々に乖離して行った差別用語としてのふたつの意味である。

差別用語としてのパロール(使い手)は、元来の公のラングを盾に執拗に発してくる。

それに対し、指し示された側も、歴史的公のラングの意味を差し置いてパロールだけを攻撃する。

『シナ』という言葉の場合、嫌中国論者が執拗に放ったことで大衆の俎上にあがった。

『日本鬼子』という言葉の場合、中国での反日映画のなかで頻出することにより大衆の俎上にあがった。

その中でも香川照之が出演した、中国映画『鬼子来了』(日本名:鬼が来た)は、タイトルの差別用語云々はおいといて、内容的には逸品だった。

翻って、『シナ』も『日本鬼子』も、差別用語の背景を知らなければ差別用語にはなりえない訳でもある。

シナも日本鬼子も、はじめて蔑称と知ったときは、『へえ、そうなんだ。。』程度であろう

結論を急ぐが、

そんな日本の若いネットユーザーたちは、日本人への差別用語『日本鬼子』を『ひのもと  おにっこ』として、萌え系キャラクター化。

中国大陸へ向け攻撃(発信)している。

この萌え系キャやクターの発信で、中国萌え系ネットユーザーの間から『日本鬼子』の意味が次第にかわりゆく時がくるのかも知れない・・・。

あとで、中国サイト、QQあたりの掲示板を見てみよう。。
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by ogawakeiichi | 2010-12-14 09:54 | 情報とデザイン