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彩遊記

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言霊鼓舞

ほぼ1週間の連日連夜の対決を終え、昨夜、出先駐在での缶詰状態から放たれた。←パソコンからスキャナ・コピー機まで持ち込んだ出前みないなもの。。

といっても、自分自身が放った放題で大雑把なフレームをカタチづくりへと自らを投企、投入、没入していたわけで、別段どこからか圧力があったわけではない。言霊に放っていたことを、丹念にカタチへと紡ぐ作業であった。

代理店が上流にいるわけでもなく、インチキコンサルが存在するわけもなく、対象とのコラボレーションの快感に酔いしれる時間に費やしたと言ったほうがいいかもしれない。

無から有を生むということは、じっくりと観察したものを、俯瞰して整理することで生まれる。

無から有が生まれることは、天地創造やビッグバンならいざ知らず、観察→整理の過程で見えてくる。

ダンドリだんとつ。そこからカタチ誕生への道筋は見えてくるものなのである。

ただ、その縁起を捲れるかどうかだけ。


きのうは、2・26事件の日でもあったんだ。。関係ないけど。。

う~ん。。。実は個展まであと1ヶ月。こんどは、こっちか。
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by ogawakeiichi | 2011-02-27 12:36 | 只記録

意識の編集

モチベーションとかテンションとかいわれているものの正体は、脳内物質の仕業なのだが、その脳内物質のスイッチを押すには技がいる。

しかし、その技をくりだす前に、技を使う対象や対象周辺を網羅する必要がある。

常日頃から立ち向かう対象をつねに総ざらいして総力をあげ大量のものを頭の中を一旦通過しなければならない。

準備する質と大量の情報を浴びて新しい未知の世界へ向かう構えをとっていく。

身体をそこに晒し、大量にモノやコトを通過させていく。これは、量が質に変わる相転移させるためでもある。

相転移するぎりぎりのところが既知と未知の境界である。

「コツ」とか「ツボ」とか、「腑に落ちる」とかは、ここの通過をどれだけやったかで訪れる。

自分の「わかる」と「かわる」を発見したければ、まずは質と量の単位を変えることである。

そこへ向かうレース感覚をつねに修得しながら向かっていく。

ハチャメチャになる寸前に落とし所(ゴール)を複数に増やし、つぎに余分なモノを引いていく。

その引き方はその日の周囲の空気感とか、前後の配置とかさまざまな調子で選択して、最後のところで準備をやめその場に望む。本番5分前の意識や感情が重要だ。


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by ogawakeiichi | 2011-02-23 06:06 | 身体性

都市のイメージ

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「ケヴィンリンチ・都市のイメージ」←丹下健三訳・・・

道を見つける過程における重要な手がかりは、環境のイメージである環境のイメージとは個の人間が物理的外界に対して抱いている総合的な心象のことである。

現在の見たままの知覚と過去の経験の両者から生まれていく。

そこから情報を解釈して行動を導くためのイメージを、それぞれが用いて行動している。

つまり鮮明なイメージを生み出す生き生きとした物理的背景というものは、また社会的役目も果たすものである。

ケヴィン・リンチは、都市の環境イメージをアイデンティティ identity(そのものであること)、ストラクチャー structure(構造)、ミーニング meaning(意味)の3つの成分に分析した。

とくに『都市のイメージ』では、アイデンティティとストラクチャーの2つに絞り込んだ。

ケヴィンリンチは満足できる都市の形態をつくるためには、5つのエレメントがあり、これらの相互作用を考慮して組み合わせる必要があると書く。

リンチのいう都市のイメージタイプとは、次の5つだ。


パス path 道路
  人が通る道筋。
  街路、散歩道、運送路、運河、鉄道など。
エッジ edge 縁
  連続状態を中断するもの。地域の境界。
  パスにならない鉄道路線、海岸、崖など。
ディストリクト district 地域
  比較的大きな都市地域(部分)。
  その内部の各所に同質の特徴がある地域。
ノード node 接合点、集中点
  重要な焦点。
  交差点、広場、ロータリー、駅など。
ランドマーク landmark 目印
  外部から見る道標。比較的離れて存在する目印。
  建物、看板、モニュメント、山など。

都市のデザインという芸術?は他の芸術とは本質的に異なっていること。都市のイメージは変化していくこと。←これは、どのデザインにも言えると思う。なぜなら切り取られたデザインには時間軸が作用してないからだ。そんなデザイナーなんて、都市建築系の他には、おいらしかいない。←言い過ぎだろ~笑

目指すべきは、視覚的に把握できる、分かりやすい都市。ランドマーク(目印)やパス(道路)がたやすく見分けられ、しかも都市の全体的パターンを容易に理解できるもの。分かりやすさが都市環境にとって決定的に重要である。

つまり、利便性のある都市とは環境イメージの鮮明さと一貫性が決定的条件になるのである。

『都市のデザインの芸術が高度に発展するかどうかは、批判力をもつ注意深い聴衆が誕生するかどうかにかかっている。 もし芸術と聴衆が成長するならば、われわれの都市はそのときこそ、その数百万の住民の毎日の生活を楽しくする源泉となることができるだろう。』
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by ogawakeiichi | 2011-02-21 10:08 | 建築と情報

案家と図家

渡辺素舟は、日本で最初のデザイン専門誌【図案】を編集。多摩美術大学の創建にもかかわった。価値無きものとして放置されてきた文様の世界こそ、人間の精神の原型が盛り込まれていたと考え、研究を重ねていた。

人類というものが発生依頼、衣食住はもとより、すべての工作物は文様を施されないことはなかった。それは世界を図象し、、また根源的恐怖を和す神々を表象していた。

図案というものは、奈良時代、挑文師と呼ばれる職業であった。大化の改新のときはじめてできた。

当時、大陸へ渡りいろんな文物を見てきた連中が大化の改新のとき、美術の好きなものが挑文師となり国内の焼き物や染色の産地へ派遣されていった。同時に、京都にいる挑文師が朝廷で必要とされるものをつくった。現在の正倉院の作品も、挑文師の作である。

ところが、平安朝以降、作る人がデザインのアイデアを頭のなかでつくってしまった。そして、手を動かす者と分離されてしまった。

たとえば光琳は、実は頭のなかで作って、実際に最後まで手を動かしてつくりあげたものではない。つまり、案家と図工が別れて、共同で作業した。

案家がアイデアを出し、図工が手を動かす。デザインとはこの案家と図工が一貫した流れをいう。

デザインというもの、根底に哲学があって、その上に美学が建つ。デザインの美学のプロセスの第一原理は『変化と統一』である。具体的には人間の誰もがもっている目的あるいは要求というものを、企画・設計するのが美学である。(渡辺素舟・コスミックデザインの原型)
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by ogawakeiichi | 2011-02-17 11:40

イキの仕業 2

いまこうやってパソコンのキーボードを打ち込む指の力(エネルギー)はどこから来ているのだろうか。いつ、どこに始まりがあり、それはどこへ消滅していくのだろうか。

この力とエネルギー、つまり運動の問題は深く尽きぬ謎に包まれている。

中国に古来からつたわる体操に、ごく簡単なリラックス法がある。それは、通常の自然体で立ち、両足は本の数センチひらいて並行にし、両手は自然に垂らす。次にゆっくり息を吸いつつ背伸びをする。少しそのままのポーズでいて、ふっと息を吐きながら体中の力を抜きつつ、腰をストンと床に落とす。

踵がストンと床に落ちた軽い打撃波が全身に伝わるかどうかで、その人がリラックスしているかがわかる。腰で止まる人、首まで止まる者、色々である。

それがうまくゆくと衝撃波は全身すっと頭頂までぬけていく。それは心地よい快感でもある。

古来から、各気脈、経絡をゆさぶり、身体を調える方法として用いられてきた。スポーツ選手がスタート前に肩の力を抜き、軽くジャンプしながら全身の筋肉を緩めている姿は、競技会などでよくみる姿である。

こういうスムーズな関係ーすなわち、流れが滞ることを『力み』という。

『力み』は、閉鎖系に陥り、エネルギーが滞った状態でもある。開放がない。もっといえば、全身、あるいは、その身体が置かれている環境との有機的な関係が失われている。

動きは波として伝播していく。ひとつの筋肉はうねってそれを次へつたえて沈むとまた次が隆起する。すなわち筋肉は波なのである。

もうひとつ、見逃せないのが呼吸である。呼吸こそ私たちの運動の原点である。複式にせよ、胸式にせよ、これもどこからともなく動きがはじまる筋肉の運動の原象である。

吸気は求心的に自己の内へ向かい、外界を受け入れつつ、それを内部で統合してゆき、呼気は一定の方向を以て外へ働きかけていく。そしてこの呼吸作用の律動の今、ひとつの局面は、それが通常の意図的は運動と異なって、意識的でもあり、無意識的でもあるということだ。

私たちは息を統御できるが、わたしたちも息に統御されているのだ。


参考:身体気流学・坪井繁幸
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by ogawakeiichi | 2011-02-15 06:57 | 身体性

世界を変えるイノベーションのつくりかた

f0084105_11593137.jpg『東大式世界を変えるイノベーション』は、僕の右も左もわからない中国体験記憶のコンテキストとほぼ同じ。

本として整理された方法や理論を自己体験と相互スライドさせながら追確認しているような感覚でもある。←おっと、言うね~

昨年の自分自身の年間テーマが『観察』であったことは、以前のブログで書いた。今年のテーマは『手を動かす』。つまり、口先だけでなくちゃんと手を動かすことでカタチをつくる。ということなのだが、ところが、こっちへ振れ過ぎると観察眼が鈍ってくる。そこで、観察の極意をかいたこの本を再びトレースして自分の感覚を巻き戻してみたい。。

実は、この本。昨年度、鹿児島大学で担当したフェアトレードの授業で行ったワークショップ前に集中して読み込んだ本。薄いノートのような持ち運びやさから付箋の山と赤線で、ボロボロにちかい。。

さて、『東大式世界を変えるイノベーション』だが、これの方法を最初に生み出したのがIDEOだIDEOはこれまでも、幾度か取り上げているが、アメリカ合衆国カリフォルニア州パロアルトに本拠を置くデザインコンサルタント会社。

よく知られているのはアップル社のマウスや、無印良品の壁掛け式CDプレーヤーなど、世界的なデザインコンサルティングを手がけている。たしか深澤直人が、IDEOの日本代表だったかな?

会社の特徴としてはデザイン思考というものがあるが具体的にはまず。(1)観察手法を活用し、潜在欲求やニーズ、無意識な行為や態度などから、人々をサポートできるようなアイデアを導き出し次に(2)イノベーションをカタチにするプロダクト、サービス、空間、メディア、ソフトウェアなどのデザインによって、企業やブランドが進むべき方向性を提示。最後は(3)イノベーションを育む組織や文化の形成をサポートしていくことである。

そのIDEOの手法としてもっとも特徴的なことは、多角的に「観察する」「あつめる」「引きだす」という技がよく知られている。

観察の極意を箇条書きにしてみると

・「はじめての気持ち」で臨むこと。
・見たものだけを記述すること。まだ解釈は加えてはいけない。
・「人間中心」のことばでまとめること
・予想を超えるものが発見できるくらいの幅をとること。
・十分に管理しきれるくらいの幅にしぼること。

これを続けることで、そこから何がしかの気付きを得るのであるが←これはチャールズ・パースのいうアブダクションか?

「あつめる」の6つの手法とは、
1、観察する
2、インタビューする
3、ケーススタディのための資料集め
4、未来を洞察する材料を準備する
5、未来の「兆し」を集める
6、思いつくものを持ち寄る

「あつめる」の次の段階の「ひきだす」6つの手法
1、情報共有する
2、コレスポンデンス分析
3、ブレインストーミング
4、シンセシス(統合)
5、インパクト・ダイナミクス(強制発想)
6、ケーススタディをする


このあたり反復暗唱して、記憶にしっかり定着させ、『観察から手を動かす』を再確認していこう。。今年のワークショップは、学生たちと海を越え、内モンゴル・オルドスに行くことになりそうだ。
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by ogawakeiichi | 2011-02-10 11:58 | 情報とデザイン

通用設計(ユニバーサルデザイン)

いまさら、ユニバーサルデザインを取り上げる必要もないのだが、自己プロジェクトである、デザインの概念化としてまとめておきます。

さて、ユニバーサルデザインという言葉には感慨深い思い出がある。
 
中国でデザインを学生に教授していた頃。卒業制作で担当学生にユニバーサルデザインを是非やらせてみたいと思い立った。しかし当時中国にはユニバーサルデザインの概念がなく該当する中国語がまだあやふやだった時代のことだ。

その経過は、以前このブログ、「アフォーダンス」の前振りで書いたこともあり、こちらを読んで欲しいのだが、卒制で学生が作ったのは、ユニバーサルデザインの領域であるバリアフリー。さらにその一部であるバリアフリーを訴えるグラフィックデザインで終わったのであるが。。。

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↑自ら目の不自由な被験者になり、体験のひとコマを視覚化、シリーズ化した。

まあ、当時は強者の論理だけが支配する中国社会のなかでは、先進的なポスターでもあった。もちろん、最近は志愿者(ボランティア)とか通用设计(ユニバーサルデザイン)とかの言葉を知らぬものはないが。。

さて、以下、ユニバーサルデザインのエキス抽出。

◯ノースカロライナ州立大学のユニバーサルデザインセンター所長であったロナルド・メイス(1941-1998)が1985年に公式に提唱した概念。

◯「できるだけ多くの人が利用可能であるようなデザインにすること」が基本コンセプトである。デザイン対象を障害者に限定していない点が一般に言われる「バリアフリー」とは異なる。

◯身体に障害をもつ彼は1980年代、それまでのバリアフリーの概念に代わって、「できるだけ多くの人が利用可能であるように製品、建物、空間をデザインすること」をユニバーサルデザインとして定義した。

◯ロナルド・メイスの唱える7原則があるのだが、その7原則とは

・誰でも使えて手にいれることが出来る(公平性)
・柔軟に使用できる(自由度)
・使い方が簡単にわかる(単純性)
・使う人に必要な情報が簡単に伝わる(わかりやすさ)
・間違えても重大な結果にならない(安全性)
・少ない力で効率的に、楽に使える(省体力)
・使うときに適当な広さがある(スペースの確保)

◯一口に障害をもつ人といっても、視覚、聴覚、肢体、内部、知的など、さまざまな障害があるし同じ障害でも程度の差がある。また誰もが、怪我などで一時的に障害をもつこともあるし、言葉のわからない土地に行けば移動制約者となる。

◯ユニバーサルデザインは、“すべての人が人生のある時点で何らかの障害をもつ”ということを、発想の起点としている点で、それまでのバリアフリーデザインとは大きく異なる。そこには、可愛そうな人のために何かしてあげようと いう慈善はない。

◯障害の部位や程度によりもたらされるバリア(障壁)に対処するのがバリアフリーデザインであるのに対し、ユニバーサルデザインは障害の有無、年齢、性別、国籍、人種等にかかわらず多様な人々が気持ちよく使えるようにあらかじめ都市や生活環境を計画する考え方である。

◯都市空間であれば、誰もが歩きやすいように電柱を地下に埋設した道路、多言語表記のわかりやすいサインなどがあげられる。建物であれば自動ドアや多目的トイレ、日用品であれば、テレホンカードの切り込みやシャンプー容器のギザギザが、ユニバーサルデザインの代表例だ。

◯ユニバーサルデザインによって、バリアフリーデザインがなくなるかといえば、そうではない。たとえば、まちでよく見かける黄色の点字ブロックは、バリアフリーデザインの代表例だが、ユニバーサルデザインのまちづくりという全体的なデザインのなかでは、ユニバーサルデザインの一部となる。

◯ユニバーサルデザインの領域は製品、施設、都市などの目に見えるものから、サービスやシステムなどの目に見えないものまで多岐にわたる。それらが関連し、補完し合わなければ、ユニバーサルデ
ザインの社会は実現できない。

とまあ、こんなところ


参考参照:ウィキペディアなど
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by ogawakeiichi | 2011-02-09 10:43 | 情報とデザイン

徐福伝説

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2月2日は旧暦の正月の前夜である大晦日だ。大陸では半端じやない爆竹が街中に鳴り響く。

日中友好協会の方々とともに、鹿児島でも海を越えてやってきた中国からの留学生百人を越えるメンバーが集い、餃子をつくり、カラオケを歌い『新年快楽』を祝った。

歴史を振り返れば、本土最南端に位置する鹿児島は、地理的な特徴もあって、日本の窓口として古くからさかんに大陸との交流が行われてきた。

いまでは押しも押されぬ鹿児島ブランドとなったさつまいもや黒豚も大陸から沖縄経由でやってきた。

鑑真和上は5度目のチャレンジでやっと坊津へと着いた。

とりわけ日中の歴史ロマンをくすぐる人物もいる。

徐福(徐市)伝説って聞いたことがありますか?

それは、いまから約2200年前、中国は万里の長城を築いた秦の始皇帝の時代、不老長寿の薬草を求め、多くの童男童女、五穀の種、技術者を乗せ蓬莱の国を求めて船出しながらも、忽然といなくなった徐福にまつわる話である。

徐福は長い間中国でも伝説上の人物だった。しかし,近年、彼の生まれた村がみつかり,その村には現在も徐福の子孫が住んでいることがわかったのだ。
そもそも徐福(徐市)を実在の人物とすれば、一行はいったいどこへ行ってしまったのか?

彼の伝説は日本各地に存在するのだが、どこにたどり着き,どこに居住したのかは、だれも知らない。

これは日中の歴史家を悩ます東アジアの大きな謎でもあった。

ところが、どうやら徐福一行は、いちき串木野の照島海岸に上陸しているらしい・・・のだ!?

ロマンを膨らませば、照島海岸には始皇帝の秦王朝、秦から命名したかのような、『秦波止』という場所があるが、そこは、徐福が上陸した場所ではないか?

徐福は、またの名を“徐市”というが、いちき串木野の“市来”は市が来たに由来するのでは?との話さえある。

さらにもうひとつ、照島海岸に上陸した一行は、荘厳なパワーを秘めた山を見つけ、山頂で、天の神と対話する「封禅」という儀式をおこない、徐福が頭にかぶっていた冠をその山に収めたという。 それが、いちき串木野のシンボルにもなっている『霊峰冠岳』である。

ふむふむ。そこまで揃うと、そうなると、ぼぼ、徐福ロマンは、伝説から実在へと解き明かされた気分になってくる。

当時のハイテク頭脳集団徐福一行の思想や技術は、修験道や密教のなか流れこみ、受け継がれ、彼らのもつ技術は、串木野に金鉱脈があることも、地形を一見しただけで分かっていたのかも知れない。

現在、修行や信仰の山である冠岳には、日本で一番大きな徐福像が西の海に向かって立っている。最近、近くに温泉もできた。

周囲の九州新幹線全線開通の喧騒を離れ、静かなパワースポット巡りもよさそうである。
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by ogawakeiichi | 2011-02-05 10:01 | 南日本新聞コラム