ブログトップ

彩遊記

ogawakeiic.exblog.jp

<   2011年 10月 ( 13 )   > この月の画像一覧

空の思想史2

・・・・昨日からのづづき↴

例えば、「この本は重要だ」という命題は「この本には重要が載っている(重要性がある)」と解釈されるが、この場合、本体は本であり、重要ということは本の属性と考える。

ある基体(y)にあるもの(x)が存すると考えられる場合、xをダルマとよび、その基体yをダルミンとよぶ。

それでは、ある本があったと仮定して思考実験してみよう!。ほら、あなたの前のその本を材料にして・・・。そこに重要性や、色、大きさ、カタチ、匂い、重さといっ属性のひとつひとつを取り除くことができたと仮定してみよう。色を取って、匂いをとって、重さをとっていき、すべての属性を取り除くことができたと仮定してみると、最後になにがのこるか?

本の属性とその基体との間に明確な区別があるのかどうか、

あるいは明確な区別はないのか?。

じゃじゃん・・

無色透明ではあるが、基体とよぶべき何ものかが存在するというのがバラモン正統派でインド型の実在論と呼ばれ、

なにも残らないとするのが仏教的で、インド型の唯名論と呼ばれる。

(※バラモン正統派の基体が残るとするこの基体のことを世界の根本であるブラフマンと呼んだ。ヒンズー哲学は属性が存在する基体、すなわちブラフマンは存在するとした。このブラフマンは決してキリスト教的な創造主ではなく、キリスト教が神そのものを世界そのもにはなることができないのに対し、ブラフマンはそこから世界が展開し、しばしばそれが世界そのものになるのである。)

龍樹はまた、この世界のすべての存在、現象は原因(因)と条件(縁)によって起こりその現象はそのまま、他の現象の原因とか条件になっているという。

これもまた、そんなバカなである。

空の思想では、存在などないと言ったのに、存在現象は、縁起によって起こされるとはどういうことなのか?


龍樹は、存在現象にそれそれ独自の固有な本性があるわけではない。すべては縁起によって起こされ、自らは無我であり存在現象自体が空性であると説いたのだ。



つづく・・
[PR]
by ogawakeiichi | 2011-10-31 11:18 | アジア史&思想

空の思想史

f0084105_10591188.jpg西郷さんの菩提寺である南洲寺にて、留学生会館の弟子と座禅を終えた。日曜日恒例のすき家で朝食を取りながらダベリング。まもなく清華大学の一行や、鹿児島市の姉妹都市、長沙市から副市長一行の来鹿などなにかと慌ただしくなるようだ。

日曜の朝、テレビは報道番組揃い組。どれもこれもがTPP問題で揺れている。TPPのようなマスタープランを社会政策に採り入れていくということはなかなか大変なことなのだが、議論がなにかと未熟すぎると思うのはぼくだけだろうか。これまで、変動相場制やIMF体制や金融自由化を採用したとたん、一気に国内がブローバリーゼーションに突き進んだ。


奈良時代、当時の仏教がまさにそれだった。当時の日本、この頃はまだ倭?にとって大陸経由のアジアの価値観を採用し、それにより国際化するかどうかの大選択だった。物部氏は仏教採用派の蘇我氏に猛烈に反対した。なぜ物部氏は蘇我氏に対立したかといえば、それはそれは古代史の深い闇があり、簡単にココでは書けない←オイラの妄想だが・・(笑 ざくっといえば、両者とも出雲系で渡来系なんだが、さらにその奥が・・

話がそれていくのでもとにもどして・・

さて、立川武蔵の「空の思想史」だ。

仏教の経典でよく知られたものに般若心経にある。その有名な一節に色即是空、空即是色があるのだが、そこにでてくる「空」である。

ぼくはこの「空」に惹かれ、長男に空也と命名しようとしたが、頭がカラッポみたいと親戚縁者から猛反対を喰らい妥協して宙也という名をつけた。

余談だが、長女は結婚前に連れと游行したインドのインドサリーから紗里。次男は裕也だ。←本来なら遊也だったのだが、これまた遊び人みたいだと親戚縁者から猛反対を受け撤退した。

おっとまた話しがずれた。

ぼくたちは通常、自分たちを取り巻くものが「存在」すると思っている。机、家族、自分自身の肉体などが「たしかにある」と考えて日々を過ごしている。しかし、本当にそれらは不変のものとして存在するのであろうか。もしかすると、実際はそれらは存在しないのかもしれない。←わかるかな~

「もろもろのものは、実存生を欠いており、中味は風船のように空である」という考えが龍樹(ナーガルジュナ)の説く「空の思想」と呼ばれてきた。

しかし、そんなバカなである。モノは燃やせば灰になって残る。

そのうえおなじ龍樹(ナーガルジュナ)の説く「縁起の思想」は、鉛筆一本だってモノも行為もなんらかのカタチをかえたり、連鎖したりと延々とこの宇宙から存在が消えることはないと言ってるではないか?


しかし龍樹(ナーガルジュナ)は、すべてが空だと言ってのけたのだ。
そればかりか、神の存在も自己の存在も否定した。神もなく自己もなく、世界すらない思想、それが、彼の言う「空」なのである。

空の思想を眺める前に、最初に理解しなければならないのは、空は概念として孤立(自立)していないということだろう。わかりやすくいえば空は「空じる」という動作的な過程であらわれる意味であって、すなわち思惟であって、行為なのである。

つまりこちらから「空」に近づかないかぎり、「空の思想」は理解できないということだ。

つづく。
[PR]
by ogawakeiichi | 2011-10-30 11:00 | アジア史&思想

詩篇23篇・詩篇91篇

ユダヤ教徒でもキリスト教徒でもないのだが、ちょいとばかし気になったので記録しておく
=================

詩篇23篇

ダビデの賛歌

主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。

主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。

主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます。

たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。

私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、私の頭に油をそそいでくださいます。私の杯は、あふれています。

まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追って来るでしょう。私は、いつまでも、主の家に住まいましょう



=============


詩篇91篇

いと高き者の元にある隠れ場に住む人、全能者の陰に宿る人は主に言うであろう

「わが避け所、我が城、我が信頼しまつわる我が神」と

主はその羽を持ってあなたを覆われる。あなたはその翼の下に避け所を得るであろう

そのまことは大盾、また小盾である

あなたは夜の恐ろしいものをも、昼に飛んでくる矢をも恐れることは無い

また暗闇に歩き回る疫病をも、真昼に荒らす滅びをも恐れることは無い

たとえ千人はあなたの傍らに倒れ、万人はあなたの右に倒れても、その災いはあなたに近づくことは無い

あなたはただ、その目をもって見、悪しき者の報いを見るだけである

あなたは主を避け所とし、いと高き者を住まいとしたので、災いはあなたに臨まず、悩みはあなたの天幕に近づくことは無い

これは主があなたのために天使たちに命じて、あなたの歩む全ての道であなたを守らせられるからである

彼らはその手で、あなたを支え、石に足を打ちつけることの無いようにする

彼は私を愛して離れないゆえに、私は彼を助けよう

彼は私を知るゆえに、私は彼を守る

彼が私を呼ぶときに、私は彼に答える

私は彼の悩みのときに、共に居て、彼を救い彼に光栄を与えよう

私は長寿をもって彼らを満ちたらせ、我が救いを彼に示すであろう
[PR]
by ogawakeiichi | 2011-10-27 14:35 | 西洋史&思想

開発手法

f0084105_7452757.jpgいちき串木野の〇〇委員会でちょっとしたデザイン思考でのフィールドワークをやり、川内ロータリークラブでの卓話に呼ばれ、マルカガーデンズでのJICA主催の写真展、現場の仕切を終えた。類と個の領域を横超した数日だった。8月を最後に中国での舞台がないのはちょいと寂しい。

多様なワークのそれそれには、対象についての観察からたくさんの仮留をつくり、瞬時に事態の鍵穴と鍵を合わせていくのだが、そのワザをつくりだすには、対象への文化人類学的視点が欠かせない。

この「開発調査手法の革命と再生」は開発ワーカーの一人者ロバート・チェンバースによる開発方法論である。

実は文化人類学と開発学は方法論はほぼおなじなのだが、落とし所の違いがあってあまり仲が好いとも思えない。

文化人類学はそのままそっと観察記述。開発学は貧しさからの脱却だ。

「街づくり」と「開発学」も似てはいるものの。これもまた資本の具合が全く違う。「街づくり」がどちらかといえばMoreの商の香り香ばしいのに対し、開発学は貧しい人々のリアリティーをどうすべきかからスタートしている。

しかし「街づくり」にも、事始めには文化人類学的視点、開発学的視点のフィールドの観察から立ち上げることが必要だ。まずは、対象を観察によってキーワードを導き、リアリティーを見出す。普段みすごされているモノを観察する。この構えで、全体を俯瞰しながらアブダクションしていくのだ。

本来のリアリティーを発見しようと思うのならば、場所による偏り、季節による偏り、外交辞令による偏り、専門分野の偏り、コンプライアンスによる偏りを排しなければならない。まして、時間軸のなかで刻々と変化しに対応できる揺らぎの視点で観察しなければならない。

また専門家といわれる人たちの多くが、世界本来の構造システムである複雑性と多様性に気づかない。それは現地訪問の偏り、短期的な視野、そして単なる観察の欠如が原因だ。それでは最適解に近づくための類比も類推も類似もできない。

シャーロック・ホームズはワトソン博士に「…君は見ているのに観察していない」いった。

こうした認識の偏りは、場やシステムの複雑性、多様性など読み取れず、ありきたりのどこを切ってもおんなじの金太郎飴の結果を生み出す。

上辺のさらっとした現地視察では、場所、プロジェクト、相手、季節、など、柔軟性をもった農民の方が、科学者よりもずっとくわしい。しかしまだ、フィールドを視察するのはイイほうで、なかにはまったくの観察なしもある。←先日もこれにやられた。さっさと現場を去ってあとはデザイナーが尻拭い(笑

そこでは。
=====
●目に映るものと映らないもの。モノや活動は目に見えるが、関係は目に見えない。
●傾向ではなく瞬間描写。その瞬間のことはわかっても、その目的の重要であることを見落としている。
●聞こうとしないこと(自分が話しばかりしている)
●誤解や偏見(知ったかぶりのベテランが、自分たち独自の意図を投影して解釈する)などがある。
=======
が、おこっているのだ。

必要なことは、
============
●時間をかけ厳密なサンプリング、正式な質問票という暴挙は行わない
●偏りを意識して埋め合わせる。
●重要人物になろうとしない。
●耳を傾けて学ぶ、対象者の立場になって世界を見る。
●同じ問題を異なる手法で調べる。
==============


ということだ。

これから先はチャールズ・パースのいうアブダクションのワザとともに、常に試し、常に改革し、常に学び直すことが必要になってくる。。

かってできない、わからない、と思われたいたことが、できるようになる、わかるようになるのに気づきがはじまる。
[PR]
by ogawakeiichi | 2011-10-22 07:46

生物多様性

複雑性とか多様性とか多文化共生という、ごちゃっとした言葉に惹かれ、生物多様性シンポジュウム鹿児島大会に参加した。

昨夜某所で一緒だった某嬢がパネリストのひとりだっだのには驚いたのだが、おまけに後ろの席には、夕べの主客であった副知事までが座っていた。←シンポジウムのことなど一言も話題にはあがらなかったのだ。なんの因果だ。マクロもミクロも我が眼の前に現れる現象は、 thereからhereへと動いているのか。

多様性は、どちらかといえば、もうかりまっかのマーケットの競争理論とはまったく正反対のベクトルにあるのだが、官学そして経済界からもキーマンたちが参加していた。

もともと複雑で多様な世界を、善悪や儲かる儲からないなどの2元論が幅をきかすようになったのはいつの頃からなんだろう。

生物多様性とは個性とつながりの世界である。

すべての生物の間には違いがあり、それぞれに個性を持ち、それらが森から海まで、そして食う・食われる・花粉を運ぶといったさまざまな関係でつながりあっている。

やっかいなことに、人間の場合、誰もに生物多様性や多文化共生の意識がないと、多文化共生や生物多様性の意識をもたない、イケイケ組にヤラレっぱなしということにもなりかねない。


じつにここが難しい。お花畑的な軟弱思想と見られがちだ。

非現実的といわれようと、徐々に全体レイヤーをあげていくしかないのだろう

多様性や多文化共生といったものは、複雑系を理解したうえで、どうにもならない違いをワザをもって良い塩梅を目指すしかない。

まあ、海外で現地の人にまみれ、あちらのメンタリティーで長期生活してみれば多様性は触知感覚として腑に落ちるのだが、・・・

どうしたって、世界は、人間は、生物多様性がもたらす価値をワザをもって上手に利用していくことしかないのだ。←我が見解

鹿児島県知事は、人間の潜在意識に多様性の理解を落としこむ教育の必要性を説いていた。



生物多様性条約では、3つのレベルで多様性があるとしている。
======================
【生態系の多様性】(たとえば、東京湾の干潟、沖縄のサンゴ礁、白神山地の原生林、釧路や尾瀬の湿原などいろんなタイプの自然がある。

【種の多様性】大きなヒグマ、空をとぶトンボ、海をおよぐ魚、ブナ、ヒノキなどの樹木、動植物から細菌などの微生物に至るまで、いろいろな生き物がいる。

【遺伝子の多様性】あさりの貝殻模様が千差万別なことなど、同じ種類でも多様な個性がある。異なる遺伝子をもつことにより、環境の変化や病気の蔓延がおこっても絶滅する可能性が低くなる。
======================

我々の呼吸に必要な酸素は、数十億年の間に植物の光合成によってうみだされた。雲の生成や雨を通じた水の循環、それに伴う気温、湿度の調節も、植物の葉からの蒸発散や、森林や湿原などが水を蓄える働きが関係している。

豊かな土壌は、生き物の死骸や植物が分解されることで形成され、森から窒素・リンなどの栄養分が河川をつうじて海までつながり、豊かな生態系をはぐぐんでいる。

これらのベースにも生物多様性があるわけだ。

生き物の遺伝的な情報、機能や形態も、我々の生活の中ではなくてはならないものとして利用されている。鎮痛剤、解熱剤、アスピリンは柳の樹皮を成分とし、工業分野でもハスの葉の表面構造をまめて汚れのつきにくい塗料が開発された。生物多様性はわれわれの暮らしを支える有用な価値をもっている。

日本人は、四季の移ろいとともに変化する風景、鳥や虫の声、山や海の幸をもたら豊かさと、自然災害をもたらす荒々しさを持ち合わせた自然をまえに、独特の自然観をはぐくみ、さまざまな知識、技術、豊かな感性を培ってきた。

また、全国各地には漬物、しょうゆ、日本酒など、それぞれの地域の微生物と食材が織り成す地域固有の食文化のように、自然と文化が一体になった「風土」がある。

豊かな自然に接し、そのなかで遊び、学ぶことは豊かな文化の根源である【生物多様性】からしか生まれない。
[PR]
by ogawakeiichi | 2011-10-16 10:55 | サイエンス

マルヤ・ガーデンへ!

笑顔とか明るさなんかありません。一点一点の写真を見ていると、その被写体が、もし自分だったら・・と、考えこんじゃうんです。正直言って、ちょいとばかし気持ちが落ち込むような写真ばかり。立ちすくんでしまう写真ばかり。でも、この手の世界も一度くらいは見てやってください。オイラの綜合ディレクションです。主催はJICA九州。



「地球の上に生きる2011・鹿児島展」
DAYS JAPAN フォトジャーナリズム写真展
◎とき:10.12wed〜10.18tue
◎ところ:マルヤガーデンズ7階 ガーデン7

http://bit.ly/qwL1IB

※地球の上に生きるー自分の知らないところで何かが起こっている。。。



●現場の記録

f0084105_823432.jpg

●裏方編:2ヶ月前の事始め
資料を集めて、読み込んで、観察して、イメージのプロトタイプをつくって、揺すって、ポスターつくって、市電に吊るして、チラシをちらし、プレスへつなぐ
f0084105_842347.jpg

現場見て、空間のイメージつくって、当日の午前中、外光をふさいで、壁をつくってそこを東日本大震災写真展示のスペースに
f0084105_844927.jpg

午後になり、壁紙を張って、入り口のメインをつくる
絵画配置の指示をして、微調整を繰り返す。スタッフは途上国帰りのJOCV看護士と我がお弟子さんたち(笑
f0084105_85980.jpg

人手が足りずにJICAメーリングリストでHELPを発信。仕事を終えた面々が三々五々やって来て、なんとかかんとか、間に合いそう。
f0084105_853414.jpg

誘導系ビジュアルをおいて
f0084105_86423.jpg

完成~!
f0084105_862461.jpg

ライティングの調整を終わり、はじめてじっくり写真を見た。その強さに、立ちすくんだ。◯◯なんかどうでもよくなった。

.
[PR]
by ogawakeiichi | 2011-10-13 08:14 | 只記録

儒学総ざらい

久々に儒の周辺をさらってみる。

儒教の名のある経書『大学』『中庸』『論語』『孟子』の4つ。これを四書という

大学は以前、暗唱できるくらいにやっつけたつもりだったのだが、久々に開いてみるとすっかり忘却。

ありゃりゃ。

まずは儒学の総論からやりなおしだな。


↓    ↓

孔子、孟子、荀子といった人々は人間の社会生活について「儒教」として体系化した。

人間はなによりもまず「礼」というものを重んじるべきではないかということを考えた。

そして、「礼」を尽くすことで、人間の「仁」というものに到ることがでくるということを人々に説いた。

「礼」をいうものは年上を立て、未熟な人は経験者たちに学ぶといった考え方で、ある意味で非常に封建的だ。

この形式的なことをきっちり守って徹することでそこから「仁」がでてくると考えたのが孔子であった。

孔子は山東省の付け根になる魯の国に生まれた。

ここは周をたてた武王が、弟に摂政となった周公旦に与えた、周の文化漂う国であった。その気風の根幹にあったのが「礼」である。

孔子の考え方の発端に儒教が生まれる。※それを学ぶことが儒学。そのスローガンを整理していうと「仁・義・礼・智」(四徳)を重んじなさいとした。四徳は漢の時代に発展して「仁・義・礼・智・信」という五常になった。


ときょうは、ここまで。。
[PR]
by ogawakeiichi | 2011-10-11 07:54 | アジア史&思想

たわごと

久々に間合いを詰める、機を誤った。

間合いをとりながらプロトタイプを構想して、それを揺さぶりながら事態は進行していったのだが、どこでそうなったのかは定かではないのだが、よし、これでヨシ!と、思いをぐっと入れこんだのだ。

===========================================
プロトタイプが高額になったり、思い入れがあまりにも強くなりすぎると「完成品」に近づいてしまい、建設的なフィードバックが得られないばかりか、フィードバックに耳を貸そうとさえしなくなる。そこでデザイナーが受けたダメージばかりが強調されてくる。(ティム・ブラウン)
===========================================

本来ならば、経験豊富なデザイナーは多くの仮留をしながら最後の最後で一気に詰めるのだが、今回ばかりは、ちょいとばかし詰めのタイミングを誤ってしまった。

対象とはすでにラポール環にあると想定していただけにそれは無念になった。

想定外の展開の余地を残していなかったのだ。

やはり最後一気に詰めるタイミングを見計らうのは、難しい。

間合いを詰める、機をつかむには、身体性を伴った堪技を磨くしかないのかも知れない。
[PR]
by ogawakeiichi | 2011-10-10 11:00 | 只記録

孔子の正名論

昨夜、ある寄り合いでアヤシイ小川さんとアヤシイを枕詞に付けられ紹介された。先日も、ミニミニ講演をした際の肩書きに、ナゾの男と枕詞がつけられていた。

私的にはデザイナーというかりそめの肩書きをときに名刺に記載はしているのだが、これが前面に出すぎると、昨今、私的には避けたい広告デザイナーに受け止められやすいので都合が悪い。←モノをつくり、コトの仕組みをつくり、人と人を繋ぐすべてをデザインとして捉え動いているので◯◯デザイナーと限定されるのも好きじゃない。

鹿児島大学の講師の肩書きは、世間様には受けがいいのだが、講義時間的に腰をどかんと下ろせてやってないので、この肩書も、本人的には座りが悪い。

一般的には肩書きのない名刺を使っていたのだが、世間はなかなか許してくれない。

肩書きのないのは、ヤクザか政治家みたいですねとよく言われる。

なぜ、日本では肩書きがないと不安なのだろう。

どうも、それは儒学の影響じゃあないだろうか。。。儒学の本家、中国での名刺に記載してある肩書きなんで凄まじい。勝手にでっち上げたようなものまがりだ。←なぜ、こんなこと言えるかというと、同僚中国人の多くがそうだった。

孔子は「必ずや名を正さんか」と言い、荘子は「われ、こころみに汝のために妄言せん」と言った。

「名、正しからざれば、言、順わず。言、順わざれば、事、成らず。事、成らざれば、礼楽、興らず」だった。
 
このように孔子が考えたのは、もともと中国では「名」は「実」にこそ合致することによってのみ力を発揮すると考えられていたからである。

「名を正す」とは「名と実の合体」の如何を問うことでなければならなかった。

つまり、「肩書き」に、実体を合致させることが、孔子の言う正名論なのだ。

パラドックス的に言えば「名」というもの、たとえば「肩書き」というものがが儒教社会にとっていかに重要かということが、ココから垣間見えてくる。だから肩書きがないと不安なんだろうな。

「名を正せる」かどうかはおいといて・・
[PR]
by ogawakeiichi | 2011-10-09 15:29 | 只記録

ニッポンの風景をつくりなおせ

f0084105_695543.jpgある飲み方で同席した熊本の行政マンが、梅原真を検索していたら小川さんが引っかかりました。と、メールをくれた。

どういうリンクのアルゴリズムで辿り着いたのかは知らないが、梅原真さんの周辺を自分がうろついているってことは少々うれしい。いや、大いにうれしい。

著書『ニッポンの風景をつくりなおせ』で、彼は「すべての基本は一次産業! 一次産業は日本の風景を紡ぎ出している。風景を見れば、その国がどんな国かがわかる。一番大事なものは風景である」と説いた。

そうそう、御意!

一次産業がうまくいかなくなってから世の中うまくいかなくなった。金融資本主義など、実体のないデジタル化した虚の経済の影響と、手っ取り早い益の都合飛沫の影響だろう。

もうかっている皆様は努力して儲かることのなにが悪いとおっしゃるのだろう。が、共同財であるニッポンの風景までも変えてもらう必要はない。

その資本の毒を薬にかえるべく、その間隙に攻め入るように、梅原真はその一次産業にデザインをかけあわせた。

そこに【新しい価値を生み】【新しい価値を経済にして】【経済をうまくまわすことで一次産業を生きのばし】【そこに日本の風景】を残そうと考えた。【一次産業×デザイン=風景】この方程式でニホンの風景を残そうと考えたのだ。

=====
梅原が提唱する「新しい価値」は、安手の包装紙のような「デザイン」とはちょっと違う。梅原がデザインをする目的は、その商品が売れることではなく、「その風景が残ること」だという。自分の好きな故郷の風景を残すためにデザインを続ける。

そして、梅原の手によって潰れかかったカツオの一本釣り漁船は残り、砂浜が美術館として活用された。時はまだバブルの盛り、リゾート開発やハコモノ行政が是とされていた時代である。

そして、「スローライフ」やら「田舎暮らし」やらが喧伝されるようになった2000年代に、ようやく梅原が手掛けたデザインは脚光を浴びるようになった。

 しかし、「いいものを作っていれば売れるなんていう時代じゃない。いいものを作っているんなら自分で売らなければならない」と、梅原が本書で述べるように、本書はゆったり気楽に無理しない「スローライフ」とはほど遠い。「エコロジー」がもともと60年代のヒッピーから生み出されたラジカルな思想であったように、「いいもの」を売るための戦略と熱意に満ちた「梅原デザイン」はスローライフとは似て非なるものである。(某雑誌の書評より)

=====
[PR]
by ogawakeiichi | 2011-10-06 06:15 | 情報とデザイン