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彩遊記

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空海の声字実相義を読む

近年様々なところで読書が奨励されているが、読みたくても読めない本を読もうとする機会はナカナカ少ない。空海については、演劇の題材になり、ファッションショーのコンセプトまでなり、空海マニアに出会うことも少なくないが、そのなかで空海本人が書いた著書に触れたという御仁はこれまで出会ったことがない。

そんな空海を、空海の書いた原文を輪読と図像によって読みきろうとする機会がやってきた。

題材は「空海の声字実相義」
前回は、だいたいこんな感じ。⇒ここ

今回はこのつづき・・

輪読しながら、ふと思うことは、空海は世界観のレーヤーをぐいぐいと上昇し、世界を俯瞰。そのとき直感したあるモデルをもって舞い戻り、社会での現象にこれを当てはめてコト動かしていた。ようだ。。

「華厳思想」やナーガルジュナの説く「空の思想」は、はじめは、まったく手に負えなかった.

しかし、読み込んでいくうちに、昨今現場において出会いが多くなってきた「多文化共生」や「生物多様性」と、「華厳の思想」や「空の思想」とかさねあわせて見てみると、「華厳の思想」や「空の思想」の立ち位置から、多文化共生、生物多様性などが紐解け、一蓮托生の世界観が腑に落ちて来るという経過があった。

さらに、空海の声字実相義を読むと、一見お花畑的な思想にも見える「華厳思想」や「空の思想」を突き抜け、その奥には、密へと向かう思考方法があることを知る。

華厳が「部分は全体、全体は部分であってこの世界の実相は個別具体的な事物が相互に関係しあい(相即相入)無限に重なりあう。」というところで立ち止まっているのに対し、空海の「声字実相義」は、そこで立ち止まらず、人間の成長を時間的変化と文化社会的文脈で記述する方法論で未来へ向かう。人間を、環境と常に交流・相互作用している開放システムとして捉える【等至性】と言われるモデルをもっていた。

大日如来という巨大な推進エンジンシステムで、我々全員が共有する避けることのできない自然法則と、これまで個々の人間意識が個々に経験したことをすべて呑み込み、未来へ向かう時間と与えられた文化環境のなかで変性しながら、相互に煌めき合う光のなかを、それ自体が空である自覚をもって【ある情報世界】へ向かっていく。←わかるかな~~。これを文字で表現するって難儀だ。

声字実相義の最後は、自然的原因、社会的原因を超えて、自分自らがクリエートする。それを皆がつくりだす。個性は探すものでなく自分で創りだすもの。アイデンティティーは本覚法身にある。・・・と説いている。(高橋秀元ナビゲート)
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            
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by ogawakeiichi | 2012-02-28 14:09 | 日本史&思想

身体感覚で「論語」を読みなおす

f0084105_9533755.jpg九大のリベラルアーツで安田さんの揺をみた。

安田さんについては以前触れたことがあるが、能楽師であり、中小企業診断士であり、古代中国にめっぽう詳しい。「身体感覚で論語を読みなおす」という本も書いた。

ぼくが論語に本格的に触れたのは加地伸行さんの「論語」だが、加地先生は超中国通であるだけに、現代中国に対して愛の裏返し的な辛辣な暴走がそれはそれでたまらなく魅力的だが、安田登さんの「身体感覚で『論語』を読みなおす。」は、実に丁寧にハッとする記述で古代中国の論語を読み解いている。

九大院生と共有時間をもつD通の友人に誘われ出向いた昨年正月以来、九芸工の流れを引くリベラルアーツや遊会、輪読会と博多~鹿児島の往來が多くなった。

大陸へ向かうときのトランシットにかこつけて滞在する以外、これまで足が向かなかったのは,時間的・経済的問題と、限られた範囲以外は複雑系やリベラルアーツ思考が無風状態だったということが原因なのかも知れないが、なにかと頻繁にやってくる偶然的な現象は、わたしにとっての禅機到来ということかも知れない。

九州新幹線全線開通で博多まで時間的には1時間20分。経済的には高速バスの往復で5千円台も現れ便利になった。時間の無いときは新幹線。時間のあるときは資料を読みながら自宅近くに停車する高速バスという組み合わせはすこぶるイイ。

さて安田さんの「身体感覚で論語を読みなおす」だが、一見難解な論語だが論語は2000年も詠まれているアジアのブランドだ。

なぜ論語はブランドになりえたのが、安田さんは実は論語は世界で最初の「心のマニュアル」だったからだろうと言う。

このなかで軽いパンチを食らったのが、心という字は孔子が活躍するほんの500年前までこの世に存在しなかったということだ。心が出現したのはいつかといえば殷から周になったときらしい。。

たとえば「不惑」の惑だが、惑という漢字は孔子の時代には誕生してしていない。とすれば孔子自身は「四十にして惑わす」とは言わなかった可能性が高い。人々には心(自由意志)がなくただ、命の世界に従って生きていた。

認知考古学者スティーブン・ミズンは知能が未分化だった状態から、脳の中が「各要素の知能」へと分かれていき、もうこれ以上は発展できないという状態から「文化のビッグバン」「脳のビックバン」がおこり、宗教や科学がうまれてきたと仮説した。

心理学者ジュリアン・ジェインズは著書「神々の沈黙」で、心が生まれたのは3000年前だと主張している。これは漢字に「心」という字が現れたのとちょうど符合している。

ミズンは6万年。ジェインスは3000年とするこの差はなんだ!。

ミズンにとっての心とは、各知能の間をつなぐ司令塔のようなもので、芸術を生み出すことができるような各知能間を結ぶメタ認識が彼にとっての心である。脳で言えば前頭前野だ。

それに対しジェインズの心は。内省する意識(コンシャスネス)私たちが普段の生活で心という部分だったのだろう。

古代のくさび形文字で書かれた「イーリアス」の中には、心を表す文字は現れない。たとえば、現在において「魂」や「意識ある心」を表す『プシケー』という言葉は、本来は血や息という意味であり、また、「感情に満ちた魂」を表す「トゥモス」という言葉は、本来は横隔膜という意味である。現代の私たちがいう心の動きに対する語は、もともとは身体を表す言葉だった。

そうなると、どうもその昔には、人間には「意識」とか「意思」がなかったのではないだろうか。・・・と、ジェインズは考えた。

それでは、意識や意思のない人間が、じゃあどうやって行動していたというのだろう。

心理学教授であるジェインズは、統合失調症の患者の心の状態を観察しているときに、古代人はどうも「神」の声に従っていたのではないかという仮説を出した。

つまり、命令を下す「神」と呼ばれる部分と、それに従う「人間」と呼ばれる部分があって、無意識の声に従っていたのでは無いだろうかと考えた。


ジェイムスは、そんな風に、神の声に従っていた「二分心」の人間から、現代のわたしたちのように、「内省する意識」をもつ人間への変遷を、文明の発祥からギリシャ神話とか、旧約聖書とかを紐解きながら説いていった。

彼は、いまでもその名残を「神託」「預言者と憑依」、「詩と音楽」「催眠」「統合失調症」そして「科学」のなかから抽出する試みをしている。

ジェイムスによると、命令を下す神と呼ばれる部分と、それに従う人間を神々のささやき(命令)によってコントロールされていたのを、やがて神は命令を下すことをやめ、人々は自分の意志で行動することを認められるようになり「心」が誕生したとする。←(ジェイムスの【二分心】)。

それに対して、論語ではかって命令を下していた神に対応する「命」もまだ厳然と存在すると考えた。さらに、その命をも変える自由意志が「心」であり、この神と命の両者を結ぶのが「礼」であると考えた。

つまり
▼  ▼  ▼


■ジェイムスの神と心
【神】命令をくだす部分⇒⇒⇒⇒▼
【人間】神の命令に従う部分⇒心の誕生


■論語の命と礼と心
【命】運命・天命=逆らえない部分
     ▲
【礼】命と心の両者を結
     ▼
【心】命をも変える自由意志


ジェイムスの【二分心】では、「心」が発生する以前の人間は、「命(運命・宿命)」には逆らうことができずに生きていた。それを変えるために心が誕生した。しかし、同時にさまざまな悩みや心の病などの「心の副作用」も生み出すことになる。

孔子の論語では現実の世界に裏に隠れた真実の世界が、命の世界である。自然も摂理、世の中の制度、仕組み。母なる優しい世界と重なる冥なる暗闇の世界でもある。動物や、さまざまな自然物、あるいは神霊や祖霊、精霊までも「命」の世界に住む。

心の世界は、心によって創造された実はバーシャルな世界であり、心の創造によって命を克服する力と共に心の病というべき副作用も産み出してきた。

命とは、運命の命、宿命の命だ。絶対的安心の母なる世界(宿命がなんとかしてくれる)であると同時に、すべてを呑み込んでしまう(宿命から逃れられない)世界でもある。

古代の人々はその「命」の世界のなかで生き、そしてあらゆる「命」はただ従うしかなかった。そこに心が生まれたのだ。そうするうちに、心によって「命」のなかには変えられるものもあるのではないかと気がついた。

大切なことは、どの命が変えられる命で、どの命が、変えられない命なのか、それを知ることだった。それにはまず、命について徹底して知る必要があった。

その方法として孔子は「学」ということを考えたのだ。

学とは、身体による学びである。とても過酷な修行の果てにようやく秘事が伝えられるような、秘儀の行法としての学びだった。

孔子学団の門を叩いたものにはまず、「前・学」の段階の修行が課され、それは孝悌と信愛をベースにした行いの修行で、頭より身体だったのだ。

稽古とは、秘儀を獲得するための行法だった。

心を使う前に「命(運命・天命)」を知ることが求められる。その「命」を知る方法が秘儀の行法である「学」だった。

その修業の過程では、まず行動の重要さをカラダで学び、続いて世界の秩序や秩序化の方法を学ぶ。全身を海綿体のようにして、師匠の発するあらゆるものを吸収する。それによって100%を自分で創り上げていったのだ。
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by ogawakeiichi | 2012-02-25 09:56 | アジア史&思想

徐福伝説と里山と冠嶽

f0084105_1649362.jpgいちき串木野市にある冠嶽を散策した。

西岳の山頂からは東シナ海、薄っすらと開門岳、桜島が望め、眼下には、深緑色の奥山から里山へと連なる日本の風景が見渡せた。

山岳信仰のある冠嶽は嶽と里山をめぐる「おへんろみち」があり、山中にはお寺や神社、神様を祀る小さな祠が点在する。

祠のなかには両手でクサリを掴み、足元に全神経を集中させて登らなければならない岩場もあり、やんちゃな頃の冒険心が甦る。

ふもとの徐福の里にはチャイナモード満載の家屋と庭園の「冠嶽園」がある。

ある日の昼下がり、コスプレモードの女の子たちが中国風の建築をバックにミニ撮影会をやっていた。

冠嶽は、徐福が秦の始皇帝の命を受け多くの子供と技術者を伴って、不老長寿の薬草を求めてやってきたところといわれ、真言宗・鎮国寺への登り口には日本一の大きさを誇る徐福の像が故郷をしのぶがごとく、東シナ海を向いて建てられている。

徐福渡来の物語は、佐賀県武雄市や和歌山県新宮市などが有名だ。伝承は日本だけではなく韓国にもある。

様々な場所に伝承が残っているのは、徐福の集団が移動しながら分散していったのかもしれない。

さて、徐福とはいったい何者だろう。なぜ、いちき串木野市周辺に徐福伝承があるのだろうか?

ひょんなことから、この謎を求めて、徐福を追うことになった。

なにしろ徐福が来たのは2200年以上も前のことで、まったく手がかりがない。

フィールドに出て、観察してうわさを聞いて資料に当たり直感からイメージをつくり、デザインを立ち上げていく方法で、2200年前にやってきたであろう徐福の気持ちになってみることにした。

徐福は、中国の秦の時代(紀元前3世紀頃)に生きた方士だ。

方士とは、仙人のことで、様々な術の使い手だ。術を現代のことばに置き換えれば、さしずめ東洋のサイエンティスト。

徐福集団は食物や酒、鉱物、漢方の知識はもちろん、当時の学問である陰陽五行や風水学の使い手でもあったはず。

陰陽五行や風水学は、世界を構成する要素の循環と、大地の氣の流れから土地の吉凶禍福を決める古代中国思想。平たく言えば、現在の環境学や地政学、地質学といったところだろうか。

徐福の古代サイエンティスト集団は、冠嶽から川が流れ、里山が嶽を囲むという風水の理想的な姿を海から眺め、土地のもつパワーと、そこでとれる良質の幸の恵みを感じとったのかもしれない。

徐福の船団が着いたとされる照島の神社には、よくよく調べてみると、秦の始皇帝とのつながりを示すかのような「秦氏の氏神」と、徐福を暗示するかのような、医薬・穀物・お酒の神も、他の神様に混じり祀られていた。

徐福ロマンにとり憑かれ、ほぼ一年。最近では海岸から仰ぐ冠嶽が、なんとピラミッドパワーを放つ山にもみえてきたのである。(笑)
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by ogawakeiichi | 2012-02-04 16:49 | 南日本新聞コラム