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彩遊記

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身体感覚

f0084105_4552569.jpgあるスポーツの緩やかなチームのトレーニングに参加した。

とはいっても桜島マグマ駅伝準優勝のメンバーを中心とするトライアスロンのグループなのだが、ワタシの場合、そんなレベルにろうという思いはない。

というより、年齢的に身体がついていけないのだ。ただ、マラソンを少なくとも4時間切りを久々にしたくなり、以前のトライアスロン師匠の門を叩くことにした。

なぜ再びトレーニングを再開したかといえば、駅伝を走ってみて体力の衰えの痛感だ。以来、筋トレを開始して半年が経過、身体はすこぶる調子がいい。

しかし長距離のマラソンとなると、師匠につくことはとても重要である。

なぜなら、そこには師の記憶にある様々な場面や様々なタイプの人間を想定した方法が満載しているからだ。

自分の身体を流れていく時間に合わせ改造していくための指導者がいるということは心強い。

齋藤孝は、著書『身体感覚を取り戻す』のなかで、とくに、立つ・歩く・座る。こうしたことは、日常的な行為の姿勢の大切さを説く。

しかし、きちんとした姿勢で長時間すわったり、あるいは立ち続けたりすることは、それほど容易ではない。

我が師匠はまず背筋をみて身体の歪みを指摘、次にランの手の振り方についてのクセを的確に指摘した。これは自己トレでは到底気がつかない。

自然体と言う言葉を聞いたことがあると思うが、自然体とはしっかりと地に足がついており、その大地との繋がりの感覚が腰と肚につながっている。上半身の無駄な力は抜けていて、状況の瞬時の変化に柔軟に対応できる構えになっている。

武道・芸道においては、その人の立ち方を見ただけで力量をある程度推し量ることができるとも言われている。中学、高校時代剣道をやっていた頃、構えを見ただけで勝負はついた。

自然体の中心をなすのは腰と肚である。かつての日本人は腰と肚に対して意識を払っていた。

自然体は、なんとなく立っているのではなく、強靭な足腰によって支えられているのだ。
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by ogawakeiichi | 2012-05-25 16:37 | 身体性

指宿トライアスロン

久々指宿に出かけた。旧友たちが実行委員になって開催するトライアスロン大会を見に行くためだ。

風光明媚で温泉のある街で開催される「指宿トライアスロン大会」は、歴史も20年を越え、国内有数の老舗の大会として定着していたのだが、資金難などの理由から2008年一時中止。一昨年再開へむけNPOを立ち上げ、有志により再び開催にこぎつけた大会でもある。
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トライアスロンは、水泳と自転車ロードレースと、長距離走の三種目を連続しておこなう競技で宮古島や佐渡島で行われる距離が長いものは、競技時間が10時間を越えるものもある。

指宿のコースは、オリンピックと同じタイプで、競技時間は短いもののスピードレースだ。※ちなみに、今年は天候不良で水泳が中止になりデュアスロンとなったが、その判断にも敬服。

この競技がアメリカから日本へやってきたのは指宿での第一回大会の始まる少し前のこと、鹿児島でもランニングや水泳、自転車競技に飽き足らないスポーツマニアが、練習方法を模索しながら、次第にクラブへとなっていく。

一粒で3種類を味わえるスポーツは、当時からなんでもかじりたがりのぼくにとっては魅力的で、創設期も終わるころ、このクラブへと加入した。

5年後、日本で一番長い距離の佐渡島大会を十三時間でクリヤーしたのだが、世間からは、何がおもしろいのと、問い詰められた。
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ところで、「指宿トライアスロン」を含め、全国規模になった「霧島サイクルジャンボリー」「錦江湾横断遠泳」 などの立ち上げに、また運営協力に携わったのもこのクラブの長老たちだ。

指宿をはじめとする大会開催への道のりは、ちっちゃな渦が次第に大きくなり、選手と大会運営者と一般ボランティアを巻き込みながら連鎖するちょっとしたコミュニティでもある。

全国へのスポーツ発信は観光鹿児島へのリピーターを生み、健康愛好者の輪をつなげていった。

ぼくはその後、中国の大学へデザイン教師としていくことになるのだが、クラブでの送別会の席で花束をもらい、トライアスロンでの日中交流の使命を受ける。

しかしそれにもかかわらす、使命を忘れ、連日連夜の中華料理の美味に溺れて、体型もすっかり変わりしだいに競技から遠ざかっていった。

指宿で久しぶりにリアルに見る大会は、スタートの時間が近づくにつれ、ぼくがレースに参加するわけでもないのに、当時の気分に戻りながら胸の鼓動が早くなっていく。
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近年、社会情勢や経済情勢また参加者の減少などで自治体でのスポーツイベント開催が難しい地域も多いと聞く。

しかし老舗の大会やイベントは先達が立ち上げリレーしてきた観光資源だ。

観光とは、光を観ること。

光の観えなくなったいま、胸の高鳴りや誰かの笑顔の光に出会える機会を、『熱意と覚悟と方法』をもって、市民レベルで復活させてくれた大会でもあった。
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by ogawakeiichi | 2012-05-20 18:10

五感通してモノづくり

ある寄り合いでアヤシイ小川さんとアヤシイを枕詞に付けられ紹介された。ある会合でミニ講演をした際も、ナゾの男と枕詞をつけられた。

一般的には肩書きのない名刺を使っていたのだが、世間はなかなか許してくれない。

肩書きのないのは、ヤクザか政治家みたいですねとよく言われる。

大学講師の肩書きは、世間には受けがいいのだが、非常勤なので、この肩書も本人的には座りが悪い。

ときに世間受けするデザイナーの肩書きをつけているものの、もっぱら、コンセプトと方法論に終始して、実在するかたちが残らない仕事が多いので、これでもない気がする。

「ここはデザインする必要などないですよ」などと、ビジネスにはならない言葉を口走り、経理担当に怒られることもある。

デザインとは、カタチあるもの、たとえば印刷物の図案を書くグラフィックデザイナー。建物の設計をする建築デザイナーなどを身近に思い浮かべる人が多いだろうが、どちらかというと、私のほうは、土地を流れる時間と背景を感じ取り、そこにモノや仕組みを繋いでいくための企画書づくりや、一緒に仕事をしてくれる仲間に向けて、仕様書を書くことが多い。

デザイナーというより、郷土やアジアの歴史を読み漁り、フィールドワークにあけくれる裏方稼業だ。

昨日は、アジアからの旅行客の増加にともない、食事の不安を取り除き、トラブルのないように、中国語や韓国語を母国語とする留学生とともに、老舗・黒豚料理の店に陣取り、鹿児島黒豚の歴史を紐解きながら、日本語で書かれた品目を、中・韓・英語へと訳していった。

私たちにも、経験があると思うが、注文した品物が、目の前に並び、イメージしたものと違ったときの食い物の恨みは恐ろしい。アジアから鹿児島を訪れた客に、‘鹿児島ブランドとは何か’が伝わるよう、品々をひとつひとつ吟味しながら海外からの旅行者になりきって、しっくりこないところは、インタビューしながら訳していく根気とチームワークのいる地道な作業であった。

モノやシステムをつくっていくうえで私が大切にしているひとつに、インタビューを含む「観察」がある。

大学での授業の関係から文化人類学を専門とする先生方と同席する機会が増え気づいたことがある。文化人類学と、私の物事へのアプローチに共通しているものがある。

‘わたしとあなた’‘企業とお客様’など二項対立の姿勢に分類するのではなく、世界を‘主と客’に分けないで、五感を通して感じ取ったことから、モノや仕組みをつくり、試しながら修正していく方法である。

偶然にこの「彩遊記」の前、ユーモアの利いた「日中往来」を連載されていた陳耀さんも同席された。聞けば彼も文化人類学を専攻していたという。

ときに日本と中国の、見立ての違いはあるものの気持ちのよい時間が流れていった。
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by ogawakeiichi | 2012-05-06 16:48 | 南日本新聞コラム