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彩遊記

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グローバル資本とアジアの面影

7月1日は農暦では「半夏生」という。農家にとってはこの日までに農作業を終えなければならない日とされた。

大陸から伝わった農暦・二十四節気は、春分、秋分、夏至など季節を表す言葉として用いられ、農事や神事などの決め事に使われた。

中国大陸では、正月の元宵節、先祖の墓を掃除する清明節も、建国記念日の国慶節も「農暦」で行事の日が決まる。

中国ではその日に家族や友人と食事をするのが慣わしだ。わたしの暮らした桂林でも、中国人の同僚や、水墨画の師匠に誘われ、食事をご馳走になった。

現在、日本に住んでいるわたしたちの食べ物の多くは海外からの輸入に頼っている。そのためか、農作業の目安であった「農暦」も「二十四節気」もいまでは影が薄い。

歴史を振り返れば、明治の初め、西洋に習い太陽暦を採用した。

文明開化の掛け声とともに産業革命からモノづくりが始まった。

次に、つくったものを売る時代から、消費者の満足を満たすモノをつくる時代へと移り変わっていく。

しかし、1990年代初め、右肩上がりでバブルといわれた景気が崩壊。

その頃からアメリカから「グローバル資本主義」の波が本格的にやってきた。

「グローバル資本主義」を、ごくごく簡単にいえば、国境を取り払い、人やモノや情報を自由競争させることだ。

そのため消費者にとっては安くて便利なものが手にはいるようになる。

しかしそれとは裏腹に、企業ではコストダウンやリストラの嵐が吹き荒れた。

百円ショップがはじめて現れたのもこの頃だ。

ディスカウントの店や量販店が出現し、いかに安く売るかの価格競争がはじまっていく。

勝ち組・負け組という言葉が飛びかうようになっていく。

当時、中国の陶芸を担う歴史に名高い「景徳鎮」を訪れたことがある。

人件費の安い工場では日本からの依頼で某有名産地の印が押された湯のみ茶碗を大量につくっていた。
現在、世界中に金融のネットワークや商品・流通のネットワークが網の目の世に張りめぐらされている。

社会主義や共産主義の看板を掲げているロシアや中国も例外ではない。

わたしたちが飲むコーヒーも、衣類も、その材料は、グローバルな自由競争の名の下に労働賃金の安い途上国でつくられている。

自由競争と言いながらいったいなにが自由なのか、これはこれですばらしい自由思想かもしれあいが、お金がなければ自由なんてありませんと言っているようでもある。

加えて世界は、高度なネット情報社会になった。便利で自由なったのとは裏腹に、あらゆるものが登録され管理されていく。位置も身元もばれていく。

窓を伝わる雨粒を眺めながら古き良きアジアの浪漫と、四季の移り変わりで分を知る生活していた人々に思いを馳せてみると、なにやら胸に詰まるものがこみ上げてきた。
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by ogawakeiichi | 2012-07-01 10:29 | 南日本新聞コラム