ブログトップ

彩遊記

ogawakeiic.exblog.jp

<   2013年 12月 ( 1 )   > この月の画像一覧

かさねの作法

f0084105_11352225.jpg鹿児島県川内は、母方の実家があるのだが、ぼくは夏休みのたびに、ここで1か月あまりをすごしていた。庭師だった母方のじいさんには随分可愛がってもらい、庭石を探しに渓谷へ行き、当時の市長宅や川内高校、黎明高校(当時鹿児島実業川内分校)などの庭つくりに連れて行ってもらった。そのじいさまが毎朝、仏壇と神棚にごはんと水をお供えし、仏壇の前に座り、りんを叩き南無阿弥陀仏を唱えながら手を合わすと、こんどは立ち上がり敷居の上にある祭壇に柏手を打っていた。神と仏が屋敷のなかで同居していたのだ。

神仏は家のなかに限らずもっと広範囲で日本の国のなかに存在し、日本国そのものを神仏の入れ子構造で埋め尽くしている。神と仏はくっつかず離れず同じところに存在しながら、ときに寄り添い、かさなりあって、空間をつくりだしている。それをこれまで神仏習合と言い表していたが、どちらかというと二枚の紙をすこしずらしてかさねたような習合というよりパッチワークだ。よくよく観察してみると日本人はなんでもかさねてきた。土着の神々に仏をかさね、神事に直会をかさね、正道に邪道を、美しいものにわわしい(うるさい)ものをかさねてきた。インテリアのひとつひとつにも歌と絵と書がかさねられていた。これが【かさね】だ。

田んぼにある蓑を着てたっているカカシじつは神様だ。高貴なお方は本来、人目をはばかりシャイでつつましい。この国ではありのままの顔や素面で人前に出ることは恥ずかしいこととされていた。ましてや虚勢を張って自らを大きくみせたり、ことを尊大にかまえたりすることは、とてもできないことだった、高いところから身を隠し衆のなかにまぎれる“和光同塵”それが【やつし】。しかし、熱中しのぼせあがることもやつしと言った。やつしも繊細で、あわれではかなさの漂う美学によるものだった。

日本は本来無文字社会だった。朝鮮半島からそれまで見たこともなかった漢字トいうものが王仁氏によって“論語”と一緒にもってきた。そのうち漢字を借用して換骨奪胎して万葉仮名として植えつけた。わが国最高の発明品である仮名文字は【くずす】ということによって誕生した。

と、まあこんなところで。

藤原成一には“生き方の美学”という逸品な著書もあるのでそのうちに
[PR]
by ogawakeiichi | 2013-12-14 11:37