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彩遊記

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デザイン散歩:大嵩文雄氏への追悼文

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◆初七日に寄せて

事務所の引っ越しを終えやっと落ち着いた頃、大嵩さんは「うんまかコーヒーを飲ましっくいやはんどかい」とバリバリの鹿児島弁で入って来られました。コーヒーを飲みながら「オーストラリアへ行こや!」といきなりの言葉。30年前の出来事です。


それまで大嵩さんのことは市制100周年事業・博覧会サザンピアや水族館、いまでこそブランドになっている焼酎などを手掛ける“手も口も動かすデザイナー兼ディレクター”という雲の上の存在でした。


その後もズバズバと不意を突く「大嵩節」に翻弄されながらも思わず「はい」と返事をすることしばしばで、口の悪い友人は「大嵩さんのパブロフ犬」などと比喩します。


でもいいんです最後の徒弟と思っています。


7月のある日「錦江湾で船釣りをしながらいろいろ語ろかい」と電話をもらいましたがそのままです。


17日夕方病室で“目で会話”しましたがその日の夜“船釣りの約束”を反故にされ逝ってしまわれました。


一昨日武蔵美の展覧会で最後の作品をみせてもらいました。「人生もデザインじゃっど」が最近の口癖でしたが最後の作品が“曼荼羅”になろうとは。


いま大嵩さんの残された2冊の本「エッセイ画集・魚眼恋図」と「大嵩文雄のデザイン散歩」を読み返しています。


ごめんなさい、はじめてちゃんと読みました。


中国桂林を流れる漓江での釣りや、わたしのことを“友人”と書いてあるページを見つけ只々絶句です。大嵩さんありがとうございました。
・・・・合掌


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by ogawakeiichi | 2014-09-26 06:58

自由について

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先日ある寄り合いの席で、簡単な自己プロフィールを表沙汰することになる。

経済的にもトレーニングにも必要な浪費と時間がかかるトライアスロン、順調だったデザイン事務所を閉鎖しての中国での教員生活、デザインとアート、文筆活動など多分野なわたしの“自由”に興味をもったのか、“自由”ってなんだろうという問いが立った。

“我侭で自由に見える生活も「捨てるもの」が多いですね。“と答えておいた。

英語で言う自由には「何かへの自由を表すfreedom」 と、「何かから開放されるliberation」がある。前者が無料とかバリアフリーなどの意味に使われるのに対し、後者は獲得していく自由を意味する。たとえば信仰の自由や、表現の自由、就職の自由など。

また「何かに向かう自由」【to】と「何かからの自由」【from】がある、何かに付け加えながら進む自由と、すでにある何かの中身を変えていく自由がある。

中世の日本での自由は、近代における意味とはことなり、自由狼藉という意味である。狼藉とは夜郎自大など、まるで無頼のように思われているが、どちらかというと既製の価値観を倒すために自らを他者とともにパティキュラライズした人のことを自由人、自由とよんだ。網野善彦「無縁・楽・公家」あたりを読むと、日本本来の意味がわかる。

しかし、自由を英訳したのはだれだろう、西周あたりかな。。。あとで調べてみよう。





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by ogawakeiichi | 2014-09-18 09:31 | 只記録

日本の歴史をよみなおす。負について

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岳母の米寿祝で東京に滞在しているあいだ、気になっている場所を歩き調べた。今風の言葉で言えばフィールドワークということだろう。岩谷松平の代官山天狗坂、杉並和泉の島津氏菩提寺大円寺。東京赤坂の“溜池山王”などだ。

百姓という言葉はいま差別用語になっているらしい。なぜそうなったのかは知らない。だから大っぴらには使えないのだが、日本語では百姓と農民はだいたいおなじ意味だ。

ところが、中国語は、百姓とは、‘一般人、庶民’、をあらわす言葉だ。

はじめてこれを知って驚く人も多いと思う。中国語では、庶民のことを、かわいく親愛をあらわした‘老’をつけ、老百姓(ラオバイシン)と呼ぶ。

これまでの日本社会は、全体として非常に農業的な色彩が強く、近代以前は完全な農業社会と考えられてきた。

しかし、網野善彦は、この理解は、百姓=農民という誤った思い込みである。とする。彼は、日本列島の社会はこれまで考えられていたよりもはるかに非農業的であったことを炙り出した。←中国語には本来の意味が残っているのかも知れないなぁ・・。

網野史観によると、
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とくに鎌倉時代後半、13世紀後半以降の社会は、銭貨の流通が活発になり、信用経済に近い状況が展開し、さまざまな形態の資本、金融資本、あるいは商業貿易資本さらには土木建築に投資される大きな資本が動くようになってきた。つまり資本主義的であったという。
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網野史観は、表舞台の歴史とは裏腹に、裏や負の立ち居地からの見方でもある。。

近代にはいっても、明治の自由民権運動など政治家や知識人や壮士たちばかりによって推進されたのではない。壮士と博徒(やくざ)が手を組んでいた。そして博徒が負を引き受けた。

日本の中心国会議事堂近くに溜池山王という地下鉄の駅がある。ぼくはこの近くのマンションに2ヶ月ほど住んだことがあるのだが、いま埋め立てられ溜池はない。←世界どこに行っても迷わないぼくの優れた身体センサーによれば、ここいらあたり山王神社と氷川神社に囲まれた低地だった。

この溜池の開発は車善七という負を背負った男が担当した。江戸社会の中の汚物をあらかた引き受けた。それが溜池ということになる。

江戸初期のころから浅草弾左衛門という人物(襲名名称?)がいた。代々明治時代まで続く皮職人でもあった。

当時、牛を殺し生肉を扱う、皮を剥ぐというとこは賎視されていた。しかし、それを浅草弾左衛門が引き受けたかわりに、幕府は‘利益’と‘悪所’の特権を与えた。

その弾左衛門の許可がなければ市川団十郎の歌舞伎も興行が打てなかった。

中世では‘化外の民’とか‘道々外在人’と呼ばれる人々のネットワークがああり、そのネットワークが社会を融通していた。

しかし、今日ではそういうことがまったく通用しなくなった。
宗教と政治は‘政教分離’になり、差別は徹底して回避されるようになった。相撲も興行もすべて表に引きずり出された。暴力団も売春も賭博も一切禁止だ。

アウトサイダーやアウトローはほとんど排除されるようになり、アウトサイダーもインサイダーも排除され、安全な中間地帯だけが保全されていく。

いまは、そこに第三の‘負を引き取るところ’はない。そのまま法廷に持ち込まれるか、メディアに叩かれるということになっている。(参照:松岡正剛:千夜千冊)

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by ogawakeiichi | 2014-09-15 08:42 | 日本史&思想

戦略読書日記

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鹿児島デザイン史と新三国名勝図絵(仮称)の構想から5年が過ぎた。資料や写真も随分集まり、いよいよ書き出すためのニューロン発火の時期に入ってはいるのだが、内省すればまだ熟してないよという声も聞こえてくる。そんなこともあって掘り出し物の資料を探そうと訪れた図書館で、本来集めようと思っていた資料とは全く関係のない本がとつぜん目に入り視覚にフックがかかった。おいでおいでと手招きするアフォーダンスなオーラを醸し出していた。

ちらっと捲る装丁の折り返しには「読書は経営のセンスを磨き、戦略ストーリーを構想するための筋トレであり、走り込みである。即効性はない。しかし、じわじわ効いてくる。三年、五年とやりつづければ、火をみるより明らかな違いが出てくるはずだ」の一文にもひかれた。

ざくっと目を通すと、平素な書きっぷり。す~っと通過していく清涼感とガツンガツンが交互にくる。


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スキルがビジネスのベーシックス「国語算数理科社会」の世界だとすれば、センスというのは課外活動、「どうやったらモテるか」。「モテる人」を見ればすぐにわかることだが、センスとはそういうもので必勝法や必殺技を探しにいってもそんなものはどこにもない。疑似でもいいから場数を踏んでセンスのよさということを見破ることにつきるという。

しかし、とはいうものの読書でセンスが磨けるのか?

その疑問にはこうあった。センスとは因果論理の引き出しの豊かさであって、断片をいくら詰め込んでも肝心のセンスの論理は身につかない。論理を獲得るための深みと奥行きは「文脈」の豊かさにかかっている。つまりセンスを練成するのには、読書で文脈を広げ因果倫理を考えていく、最高の読書というのは、登場人物や著者と対話しながら読むうちに、自分がその世界に入りこんで同じ時間と空間を生きているような感覚になる。その材料として読書は最強の思考装置なのである。

読書による情報の文脈を凝視すれば、因果のロジックが見えてくる。経営の名人が書いた経営戦略ストーリーが見えてくる。つまりは経営物語編集の力量が浮き出されてくるのだ。

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●本質を抉り出す「ガツンとくる」論理
●逆説を鮮やかにする「ハッとする」論理
●森羅万象をエレガントに説明できる「スバツとくる」論理

ガツン、ハッ、ズバッが満載の本です。
















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by ogawakeiichi | 2014-09-09 22:50

オートポイエーシス・トレーニング

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膨大な量の書籍を整理処分している。デザイン修行時代、薄給のなかで何年も最優先で買い続けた誠文堂の「IDEA」。1996年から12年滞在した中国で買い集めたデザイン関連書籍。数多くのパンフレットなどなど今後見ることもしないであろうと思える書籍は思い切り処分している。束ねた書籍をもう一度振り返れば、偶然にも目に留まり“金銭”という対価の支払い動機とその後の物語があるものばかりだ。

どうしても処分しきれなかった本を見渡せばある特徴が見えてくる。それはなんど読んでもなかなか腑に落ちない濃厚な味わいをもつ謎めいたシリーズモノ。工作舎“遊”、中国の思想全12巻、梅原猛著作集、青土社や求龍堂など哲学書群だ。

ガイドブックもない時代、南アジア・インド彷徨、中国生活。チベットや新疆ウイグルへの旅へて、8000M級の山々を仰いでのヒマラヤトレック、延々と続くウイグルの砂漠の神々しさに涙したことがあったが、i言い換えれば身体感覚を通したリアリティーからの経験記憶としてインプットはしてきたが、それは次第に思索へのインナートリップへと向かっていく。

『われわれは、そもそもにおいて「単語の目録」と「イメージの辞書」と「ルールの群」によって知覚と認識と行動をおこしている(松岡正剛)』

普通一般的には「単語の辞書」だけに偏るそうだが、わたしにはなぜか旅やアート、デザインで得た視覚からの「イメージの辞書」が先行し、言葉のアウトプットすることは苦手であった。それはたぶんに「単語の目録」を記憶として保存する努力が足りなかったせいであろう。※ブログはそのための言語訓練でもあるが・・

本を整理処分するなかで捨てられなかったひとつに“オートポイエース”関連のファイルがある。このオートポイエースという概念、中国滞在中にアフォーダンスとともにわたしのもとに頻繁に降りかかってきたものだが。わかったつもりになると、するっとどこかへ消え去っていくやっかいな概念でもある。

ところでこの“わかる”という概念だがそもそもオートポイエースから“わかる”とは、「わかる」=「学習する」と言うことで、学習について一時的に知識の活用がうまくできても、それはコツの修得にどどまり能力そのものが開発されているわけではない。(河本英夫)

前置きが長くなったが、書籍整理で再会したコピーのファイルがトリガーとなりこれまで幾度も弾き飛ばされていまだ攻略できない概念オートポイエースに再び嚆矢を向けてみることにした。

さくっと、モードを変えた文章で。。。。
↓  ↓

オートポイエースというのは、デザイン言語の一つであるが、これまで使っている経験から語るのはなかなかむつかしい。しかし様々な多くの人間の可能性を生み出す考え方である。

ここに黒いモノがあるとしよう。思考実験的に、そのモノのカタチからその色だけを取り出し,持ち上げてみる。つまりカタチと色を分離してみよう。(※これはインドで龍樹の説いた『空の思想』か!?)

そんなこと、現実にはできるはずがないって。そりゃあ、もちろんそうだ。しかし、ゆ~っくりと、思考のなかで、行えば・・ほらイメージできるでしょう。

さて、持ち上げた色はどんなカタチをしているか?するとそこには、色とカタチがお互いを決定できない分だけ、その間隙にさまざまな可能性がすぐにでてくる。ここに何かを生み出すための隙間、かなり広い隙間があいていることがわかるでしょ?!。そこまで出来れば、こういう処、こういう経験に、つぎつぎと入り込んでしまおう。

入力や出力によってのみ制約されるシステム経験から、内部も外部もない、まったくちがうシステムにパッと飛び込んでみる。その『ツボ』がわかったとたん、さまざまな新しい経験がうまれでてくる。

う~ん、これは。。例えば、境界が先に存在してシステムを区切っているのではなく、その運動が境界をつくり、その運動が停止した瞬間にその境界も消滅するようなイメージだ。

つまり、『存在の裂け目』から『行為の裂け目』へ

あとはそれにテクニカルにカタチを与え、表現を与えていく。

ここにはいりこむと、アイデアはいくらでも湧き出てくる。

このトレーニングを続けて、ここに目覚めよう!

微笑みだけを残して顔を消す。そんなトレーニングをやってみよう。

内と外を裏返す、世界を裏返す。そうすれば、ほら、世界が倍に広がるはずだ。(参考:河本英夫 SFC講義)

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by ogawakeiichi | 2014-09-05 16:23 | 情報とデザイン